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最後のゲーム――後編――

咆哮が王都を揺らした。


人々は逃げ惑い、兵士たちは剣を構えるが、誰もその魔獣を止めることはできなかった。破壊の本能に支配されたシーリウスは、王都の中心で暴走していた。


『咎獣の咆哮、翼の剣が応える時』


 

「エミリウス!」

 


扉が激しく開かれ、部屋の空気が一変した。レオニスを先頭に、アジノ、メイアース、ガイアス、イザークが雪崩れ込むように駆け込んできた。


 

「王都の中心に現れたあの魔獣……あれは一体なんなんだ!?」


 

レオニスが叫ぶ。背には、伝説とされている魔剣『翼の剣』が光を帯びていた。


エミリウスは、静かに立ち上がった。濡れた髪をタオルで拭きながら、仲間たちの視線を受け止める。


 

「……あれは、シーリウスよ」


 

一瞬、空気が凍りついた。

 


「嘘だろ……あの化け物が、シーリウスだって……?」

アジノが呆然と呟く。メイアースは唇を噛み、ガイアスは拳を握りしめた。イザークだけが、目を伏せたまま何も言わなかった。

 


「彼は、自分の中に眠る魔王因子の覚醒を感じていた。理性が侵される前に、私に“終わらせる役目”を託したの」

 


「……そんなの、あんまりだ」


 

メイアースが震える声で言った。


 

 「もと恋人に、引導を渡すような役目をさせるなんて……」


 

「だからこそ、彼は自分で選んだのよ。誰かに殺されるより、わたしの手で終わることを」

 


エミリウスの声は、静かで、しかし揺るぎなかった。


 

「私は行く。彼を止める。……それが、私たちの“最後の約束”だから」

 


「待て、俺たちも行く」


 

レオニスが一歩前に出る。


 

 「お前一人に背負わせるわけにはいかない」


 

「そうだ。俺たちも、嬢ちゃんには世話になった。何より騎兵団の役目は王都を守る事だ」


 

ガイアスが力強く言った。


 

「僕も行くよ。あまり得意ではないが、いないよりマシな程度の魔術は使えるよ!」


 

 アジノも、前に出た。


 

「……ありがとう。でも、これは“決着”なの。彼の中の自我が保てるうちに、終わらせなきゃいけない」


 

沈黙が落ちた。だがその中で、レオニスが静かに剣を抜いた。

『翼の剣』が、まるで意思を持つかのように光を放つ。


 

「なら、俺達は“道を切り拓く”。お前がシーリウスに辿り着けるように」


 

「私にもお手伝いさせて下さい!エミリウスさん程強くなくてもに何かお役に立てるはずです!」


 

イザークがようやく顔を上げた。


 

 「……それが、仲間ってもんだろ」


 

エミリウスは微笑んだ。涙はなかった。ただ、胸の奥に熱いものが灯っていた。


 

「ありがとう。みんな……」


 

そして、彼女は剣を手に取り、仲間たちと共に王都の中心へと駆け出した。


その空の向こうで、咎獣が再び咆哮を上げる。

それは、理性の最後の灯火を求める、かすかな祈りのようでもあった。

 


「さぁ!行きましょう!シーリウスの元に!これが最後のゲームよ!」


 

エミリウスは、皆をしたがえて王宮の外に出た。


王都では、突如現れた魔物の咆哮に、民衆は騒然としていた。

その魔物――咎獣は、硬質なドラゴンのような皮膚を持ち、剣も魔法も通じない。

凪いだだけで衝撃波が生まれ、兵士たちは物の見事に吹き飛ばされた。

咎獣の暴れ方は凄まじく、王都は一瞬にして瓦礫の山へと化していた。


エミリウスは、崩れた塔の上からその姿を見上げる。

咎獣の瞳に、かすかに残る“彼”の面影を見つけて、そっと名を呼んだ。


 

「……シーリウス」

 


その声は、暴れる赤子をあやすような、穏やかな優しさを含んでいた。


 

「苦しいわよね?――今、終わらせてあげる」


 

その言葉を合図に、エミリウスは剣を抜き、咎獣へと駆け出した。

レオニスとガイアスがすぐにそれに続く。


 

「レオニス、ガイアス! 先に住人の避難を騎兵団と兵士に伝えて。なるべく王都から遠く離れた場所へ!」


 

「了解!」


 

ガイアスは即座に全騎兵隊へ命令を飛ばし、怪我人の救出と避難を徹底させた。

 


「騎士団は王族と貴族の救助、避難の護衛に回れ!」

レオニスも指示を飛ばし、『翼の剣』を背に、咎獣の動きを見据える。


 

「アジノ、メイアース、イザークは後方支援をお願い!」


 

エミリウスの声に、三人は頷いた。


 

「魔力障壁を展開する! 市街地の崩壊を防ぐ!」


 

アジノが桜色の染料を作ると目にも止まらぬ速さで、王都の城門前と、城門に通じる道にいくつもの描き出した。

 魔法陣は淡く光を放つと、それが防御壁になり、飛んでくる瓦礫や、衝撃波から、皆を守った。

 ついでに、自分の立ち位置と、メイアースのたってる場所に防御魔法陣を描いた。

 

 そして、エミリウスと、メイアース、イザークの体に赤い染料で魔法文字を描く。描かれた、魔法文字はひかると、三人の武器や衣服に吸い込まれるように光って消えた。


 

「攻撃力強化の魔術!ありがとうございます!アジノさん!私は雷撃で動きを止めます!」


 

 そういうと、メイアースは魔導書を広げ、杖を咎獣に向けて


 

 『命の息吹を呼ぶ風の精霊よ……雷雲を呼び、我が敵に降り注げ!”ユーピテルアロー”』



咎獣の咆哮が王都の空を裂いた。

黒炎を纏ったその巨体は、空へと舞い上がり、まるで破滅そのものが翼を得たかのようだった。


 

「くっ……雷撃でも止まらないなんて……!」

 


メイアースの放った雷撃は、確かに咎獣の脚を貫いた。だが、硬質な魔殻に弾かれ、動きを止めるには至らなかった。


普段なら落ち込む彼だったが、今の彼に迷いはなかった。

彼もまた、“覚悟を決めた一人”だった。


 

「防御を強化します!”セラフィムプロテクト”!」


 

彼の叫びとともに、見ど色の魔法陣が空中に浮かび上がり、仲間たちの身体に吸い込まれていく。

温かな光が全身を包み、魔力の盾が彼らを守る。


 

「攻撃強化と防御強化とはありがたいな」


 

イザークが静かに呟き、指先を咎獣へと向ける。


 

「俺は精神干渉を試みる……彼の“意識”を探る」


 

彼の詠唱が始まると、空気が静まり返った。

咎獣の奥底に残る“シーリウス”の意識を探るため、彼の魔力が深淵へと潜っていく。


その様子を見ながら、エミリウスはふっと口角を上げた。


 

「……みんな、ありがとう。これで、私も心置きなく、彼を送れるわ」

 


その瞬間、咎獣が再び咆哮を上げた。

黒炎が翼のように広がり、空を焦がす。

その姿は、かつての英雄の面影をかすかに残しながらも、今や破滅の象徴へと変貌していた。


 

「来たか……!」


 

地上では、避難誘導を終えたレオニスとガイアスが、ついに戦線へと合流した。


 

「住人の避難は完了した。王族と貴族も安全圏に移送済みだ」


 

レオニスが報告しながら『翼の剣』を抜く。その刃が、黒炎を裂く光を帯びる。


 

「ならば、全力で行くぞ」


 

ガイアスが拳を握りしめ、地を踏み鳴らす。


アジノとメイアースは、すかさず二人に強化魔法を施した。

魔法陣が再び輝き、彼らの身体に力が満ちていく。


 

「これで、準備は整ったわね」


 

エミリウスが剣を構え、咎獣を見据える。


 

「シーリウス……あなたの痛みを、私たちが終わらせる!」


 

仲間たちが一斉に駆け出す。

空を裂く咎獣の咆哮に、彼らの叫びが重なる。


 

「行くぞ――!」


 

そして、運命の戦いが、ついに幕を開けた。


仲間たちが一斉に駆け出す。

空を裂く咎獣の咆哮に、彼らの叫びが重なる。


レオニスが空を舞い、『翼の剣』で咎獣の翼を斬り裂く。

ガイアスが槍で地を砕き、咎獣の脚を封じる。



「障壁展開!”セラフィム・プロテクト”!」


 

アジノの声が響くと同時に、空間に幾重もの光の壁が出現し、仲間たちを包み込む。

咎獣の黒炎が襲いかかるが、障壁は軋みながらも耐え抜いた。

 


「補強魔法、継続!”アグニ・ブースト”!」

 


メイアースは息を切らしながらも、絶え間なく魔法を紡ぎ続ける。

仲間たちの剣が光を帯び、拳が雷を纏う。

さらに、咎獣の動きを封じるため、彼は『ディフェンス・ブレイク』を詠唱し、防御低下の魔法を放った。


だが――


 

「効かない……!」

 


咎獣の体を覆う魔殻は、魔力を拒絶するかのように、まったく反応を示さなかった。

その装甲は、かつて魔王が纏った“絶対防壁”の残滓。

通常の魔法では、傷一つつけることすら叶わない。


 

「ならば、意識の深層へ――」


 

イザークが静かに目を閉じ、詠唱を始める。


 

「”エイドロン・リンク”……精神干渉、開始」


 

彼の魔力が咎獣の精神へと潜り込む。

黒炎の奥、暴走する本能のさらに奥――そこに、かすかに残る“彼”の声を探す。


 

「……シーリウス……聞こえるか?」


 

闇の中で、声が返ってきた。


 

『……お前は確か……イザーク……?』


 

その声は、かすれていた。

苦しみに満ち、理性の残滓がかろうじて形を保っている。


 

『……俺は……もう……止まらない……』


 

「違う。お前はまだ“人”だ。お前の意志は、ここにある」


 

イザークの魔力が、咎獣の精神に光を灯す。

その瞬間、咎獣の動きが一瞬止まった。


 

「今だ、エミリウス!」


 

エミリウスが跳躍し呪文詠唱を始める

 

 『白き眼差し持つ氷の帝王よ。我が力、我が身となりて、我らに楯突くものを滅せよ!”ヴェルディネス”』

 

 エミリウスの魔剣の宝玉が光、『氷の帝王』の力が剣に宿った。

 黒炎の渦を突き抜けて咎獣の胸元へ剣を振るう。

だが、魔殻が再び硬化し、刃は弾かれた。


 

「くっ……!」

 


レオニスが空から急降下し、『翼の剣』で咎獣の翼を斬り裂くように衝撃波を飛ばすが、翼にはかすり傷程度の怪我しか負わせられない。

ガイアスが、大槍を揮うが魔力で、強化した彼の攻撃も弾かれてしまう。

 

アジノの障壁が再展開し、メイアースの補強魔法が再び仲間たちを包む。


イザークはさらに深く、精神の底へと潜る。


『……エミリウス……俺を……終わらせてくれ……』


その声が、確かに届いた。


 

「彼の意識が戻りつつある……! 今なら、届く!」


 

エミリウスは剣を握り直し、涙をこらえながら叫ぶ。


 

「高位魔族の黒魔法じゃ、倒せない!大技を使うから、アジノ、メイアース!協力して強固な防御壁を作って!」


 

 エミリウスは、指示を出すと二人は協力して、五重の魔法防御壁を展開する。

 その中に、仲間全員が守られてるのを見届けると、

 エミリウスは剣を抜き咎獣となったシーリウスと対峙した。

 破壊を繰り返すシーリウスの姿はまるで苦痛で暴れ回っているようだった。

 彼はエミリウス目掛けて、黒煙立ち上る炎を浴びせたが、すんでのところで、彼女は浮遊魔法で躱す。

 そして、悲しみを湛えた瞳で彼を見下ろした。


 

「おまたせ。シーリウス。あなたを解放してあげる……」


 

 そういうと、エミリウスは呪文詠唱を始める


 

 『黒の世界に佇む、黒の中の黒。闇の中の闇。五つの悪の根源たる者たちの王の中の王……裂け目にたゆたう闇の一つ柱……ノクス・ヴァル・アビスの御名において、闇の力の行使を願わん……』


 エミリウスの魔法詠唱を聞いてメイアースが驚愕の声を上げる。


「あの詠唱は……!」



  「何なんだ!?」


 レオニスと、イザーク、ガイアスが声を揃えて叫んだ。


「古の古代魔法、闇の1つ柱”ノクス・ヴァル・アビス”の力を借りて攻撃する黒魔法です。まさか、”闇の神”の力が使える人が、いたなんて…」


 

 メイアースはにわか信じられないという目でエミリウスを、見ていた。

 アジノは、ただ黙って彼女を見守っていた。



 『魔王顕現オブシディアン・エンペラー


 そうエミリウスが叫ぶと、彼女の宝玉が黒い禍々しい闇の炎を発した。

 その威力は大地を揺るがし、空気を震わせた。その場に居なくても、その魔力が莫大であることが分かる。

 黒い炎がその切先まで覆い尽くすと、エミリウスは、切っ先をシーリウスの心臓目掛けて突進する。


 彼女の瞳から、一筋の雫が宙に流れた。

 

 エミリウスが祈るように突進して行ったその時、咎獣の目に光が朧気に揺れた。そして、抱きしめるのを待つように僅かに醜く膨れ上がった腕を開いたように見えた。


 

『まだ――あなたの中に――シーリウス、あなたがいるなら!』


 

 ――ズブリ。


闇の炎を纏った剣が、切っ先から根元まで、咎獣の胸を貫いた。

刃は、確かにその心臓へと届いた。


その姿は、まるで――

咎獣とエミリウスが、抱き合っているかのようだった。


黒炎が静かに揺らぎ、咎獣の巨体が崩れ落ちていく。

 シーリウスの残骸からは、黒い黒曜石のような意思が残されていた。

 エミリウスは、それをそっと拾い上げると、銀の鎖に下がった涙型の石にそっと、シーリウスの残骸である石を押し付けた。

 すると、スーッと涙型の石は残骸の中にあった黒曜石と同化した。

 

そしてやっと、エミリウスはそっと目を閉じた。


 

「……おやすみ、シーリウス」



 そう言うと、彼女は力なく地面に倒れ込んだ。

 慌てて仲間が彼女を支える。

 彼女は膨大な魔力を使い切り、その反動で深い眠りについたようだった。

 支える彼女からは規則正しい寝息が聞こえる。

風が止み、空が静かに晴れていく。

王都に、ようやく夜明けが訪れようとしていた。


戦いが終わってから、すでに一ヶ月が経とうとしていた。


王都の空は、ようやく穏やかな青を取り戻しつつあった。

瓦礫に埋もれていた街は、人々の手によって少しずつ形を取り戻し、崩れた塔の跡地には仮設の広場が設けられていた。

そこでは、子どもたちの笑い声が、かすかに風に乗って響いていた。


だが、英雄はまだ目を覚まさない。


エミリウスは、レオニス執務近くの用意されていた客間で昏々と眠り続けていた。

魔力の枯渇と、咎獣との戦闘による深い疲労――それは、肉体だけでなく魂にも刻まれていた。


彼女の傍らには、常に誰かがいた。


 

「……少し顔色が戻ったな」


 

レオニスが窓辺に立ち、陽の光を調整しながら呟く。

彼は『翼の剣』を磨きながら、静かに彼女の呼吸を見守っていた。


 

「魔力の循環は安定してる。もう少しで目を覚ますはずだ」


 

イザークは、魔力測定の術具を手に、淡々と記録を取っていた。

だがその声には、どこか安堵の色が滲んでいた。


 

「……エミリウスさんがいないと、なんだか周りの空気が違う気がしますね」


 

メイアースは、彼女の枕元に花を添えながら、ぽつりと呟いた。

その花は、王都の再建地で最初に咲いた“希望の花”だった。


アジノは、あの戦いの場面を思い出しながら詳細にスケッチをして時折窓越しに彼女の姿を確認していた。


 

「……僕たちが守るべきものは、まだここにある」


 

ガイアスは、復興作業の合間を縫って、毎日短時間だけ彼女の部屋に立ち寄った。


 

「街は少しずつ元に戻ってる。嬢ちゃんが目を覚ましたら、きっと驚くぞ」


 

外では、騎兵団と市民が協力し、瓦礫の撤去と仮設住宅の建設が進められていた。

かつて咎獣が暴れた広場には、慰霊碑が建てられ、そこに刻まれた名の中には――“シーリウス”の名もあった。


そして、ある静かな朝。


エミリウスの指が、わずかに動いた。


その瞬間、部屋にいた全員が息を呑んだ。


 

「……エミリウス?」


 

レオニスがそっと声をかけると、彼女の瞼が、ゆっくりと開かれた。


 

「……おはよう、みんな」


 

その声はかすれていたが、確かに“彼女”の声だった。


そして、王都に本当の夜明けが訪れた。


――エミリウスが、目覚めて1週間後。


王都の復興が進み、街にようやく平穏が戻り始めた頃――

エミリウスに宛てがわれた城の一室では、異様な光景が広がっていた。


 

「お願いだよ、エミリウス!連れてってくれ!」


 

「君と一緒に旅がしたいんだってば!」


 

床に頭を擦り付けて土下座する二人――レオニスとアジノ。

一国の王子と、名高い貴族出身で、王室お抱え絵師たちが、まるで子犬のように懇願していた。


その様子を見ながら、イザークは椅子に腰掛け、くすくすと小さな笑い声を漏らしていた。


 

「……まるで、旅芸人の一座だな」


 

エミリウスは腕を組み、二人を見下ろすように立っていた。

その瞳には、呆れと微かな楽しさが混じっている。


 

「やーよ。めんどくさい」

 


そっぽを向いて、つまらなそうに言い放つ。

その一言に、レオニスが今にも足にすがりつきそうな勢いで叫んだ。


 

「そこをなんとか、エミリウス!俺ちもお前の旅に連れてってくれ!」


 

エミリウスは、ブーツを履いた足でレオニスを軽く蹴る真似をして、断固拒否の姿勢を見せた。


 

「……あんた、王都の再建指揮官でしょ?逃げようとしてんじゃないわよ」


 

「違う違う!これは“現地視察”ってやつだってば!」

 


アジノも負けじと食い下がる。


 

「君と一緒に旅がしたいんだよ!一緒に戦った仲間だろ?そんな邪険にしないでよ、エミリウス!」


 

「……ふーん。じゃあ、旅の荷物全部持ってくれる?道中の食事も全部作ってくれる?夜は私の髪、梳いてくれる?」


 

「えっ、それは……」

 


「やるやる!荷物持ちだって何だってやる!」


 

レオニスが即答する。


 

「髪も梳く!毎晩でも!」


 

アジノも勢いで乗っかる。


イザークは笑いを堪えきれず、肩を震わせながら呟いた。


 

「……これはもう、旅というより“エミリウス奉公”だな」


 

エミリウスはしばらく彼らを見つめていたが、やがてふっと笑みを漏らした。


 

「……じゃあ、気が向いたらね」


 

その言葉に、土下座していた二人は顔を上げ、歓喜の声を上げそうになるが――


 

「でも、気が向かなかったら置いてくから。あとレオン!

 約束通り、クエストが終わったから、あなたの防具一式と”風の剣”私にちょうだいね」

 


 エミリウスは、レオニスに片手を差し出し、ホレホレと、手のひらを曲げ伸ばしした。


「いや……この剣を取られたら、俺何も出来なくなるし……武具は王室の、財産だから、俺の一存で譲る訳には……」


 

 レオニスの反応に、エミリウスは半眼で彼を睨め据えると


 

「あらぁ?一国の王子が約束を反故にするの?有り得なーい」


 

 と皮肉たっぷりの言葉を浴びせた。


 

「まぁ、武具はしょうがないにしても、”風の剣”は、功労賞品として、王様にねだるのもいーわね〜」


 

 と、二人に背を向けて、背中で手を組みながら呑気に言い放つ。

 徐々に王都は活気を取り戻し、仲間も徐々に日常を取り戻していた。


 ――そして2日後


王都の復興が進み、瓦礫の街に再び人々の営みが戻り始めた頃――

王城の大広間には、かつてないほどの静謐と光が満ちていた。


天井のステンドグラスから差し込む陽光が、赤絨毯の上に五つの影を落とす。

女魔剣士エミリウス、王子レオニス、王室お抱え絵師アジノ、白魔法使いメイアース、そして国家隠密集団ヴェイルの統括官イザーク。

咎獣戦線を生き抜いた五人の英雄が、今、王と宰相の前に立っていた。


 

「……よくぞ、我が王国を救ってくれた」


 

王は玉座から立ち上がり、深く頭を下げた。

その姿に、列席していた貴族たちもざわめきを飲み込む。


 

「あなた方の勇気と犠牲がなければ、王都は今も闇に沈んでいたでしょう」


 

宰相もまた、胸に手を当てて敬意を示す。


王は一人ずつ名を呼び、言葉を贈った。



「エミリウス・レイヴェル!」


 

「はっ!」


 

 王に名前を呼ばれ、前に進み出る。


 

「そなたは、王国最高位の勲章《星冠の剣章》を授けよう。その剣は、闇を断ち、希望を導いた。そなたの名は、王国史に永久に刻まれるだろう」

 


さらに王は、彼女に「王国特命遊撃官」の称号を与えた。

それは、国境を越えて行動する自由と、王の名のもとに剣を振るう権限を意味していた。


 

「レオニス・アルセイン」


 

「はっ!」レオニスが前に進みでる。

 

 

「王子でありながら、前線に立ち、民を守ったその姿勢は、王族の誇りそのものだ。

あなたには《蒼翼の盾章》を授け、王国軍総帥補佐の任を与える」

 


王は微笑みながら言葉を添えた。


 

「……だが、旅に出るなら、せめて報告書は残していけよ、レオニス」

王の囁きにレオニスが破顔したのは言うまでもない。


 

「アジノ・ルクヴェール」

 


「はい!」アジノが、王の前に礼を持って立つ。


 

「そなたの絵は、戦場の記録であり、心の灯でもあった。

その筆は、王国の記憶を未来へと繋ぐ」


 

王は《銀筆の栄章》を授け、王立記録院の名誉筆頭画師としての地位を与えた。

さらに、王子付きのまま、旅の記録画家としての自由な活動も許可された。

 


「メイアース・セルフィア」


 

「はいぃぃ!」


 

 正式な場で初めて王に名を呼ばれたメイアースは緊張のあまり、声が裏返ってしまった。真っ赤になりながら、前に出ると

 


「そなたの癒しは、剣よりも強く、盾よりも堅かった。

その魔法は、民の命を繋ぎ、街を再び立ち上がらせた」


 

王は《白光の癒章》を授け、王都再建局の魔術顧問に任命した。

また、魔法医療の研究と普及のための資金援助も約束された。

 


「イザーク・カルデロ」

 


「はっ!」


 

 イザークは優雅な足取りで前に進みでると、統括官らしい毅然とした態度で礼をとった。


 

「そなたの働きは、表には出ぬが、誰よりも深く王国を支えていた。その沈黙の剣に、我らは感謝する」


 

王は《影の栄章》を授け、国家隠密集団ヴェイルの独立運用権を正式に認可した。

宰相は小声で付け加えた。


 

「……ただし、報告書の“黒塗り”はもう少し減らしてくれ」

 


イザークはわずかに口元を緩め、無言で頷いた。


王は最後に、五人を見渡し、静かに言った。

 


「そなた達は、王国の“希望の五星”として、永遠にその名を刻まれる。どうか、これからも――それぞれの道で、民を導いてほしい」

 


大広間に拍手が鳴り響き、ステンドグラスの光が英雄たちを照らした。

その光は、かつて闇に沈んだ王都に、確かな未来を告げていた。


――その夜。


 

「……やっぱり、誰にも言わずに出るのが楽ね」


 

エミリウスは小さく笑い、王都の北門をくぐろうとしたその瞬間――


 

「待てえぇぇぇぇぇ!」


 

 土煙を立てながら、レオン――レオニスを先頭に、アジノ、メイアース、イザークが追いかけてきた。


 

「不味っ!見つかった!」


 

 エミリウスは急いで城を出ようとしたが、必死の形相で追いかけてきたレオニスに肩を掴まれて、足を止めざるを得なかった。


 

「ちょっとちょっと離して!」


 

 叫ぶエミリウスをこれ、王子?と疑いたくなるような形相で、彼女の肩をがっちり掴んだレオニス。


 

「置いて……行くな……」


 肩で息をしながら、腰に下げたマジックバックから、高価そうな、武具一式と、アミュレット(魔具)を取り出して


 

「あの鎧とこの”風の剣”は、渡せんが、それに遜色ない、武具とアミュレットを持ってきたぞ。窃盗にならんよう父から賜ったものだ。これで、手打ちにして、俺を連れてけ!」


 

 鬼気迫る表情を浮かべ、ガッツリエミリウスを掴んで離さない。

 そんなレオニスの後からアジノと、メイアースと、イザークが追いついてきた。

 アジノは肩で息をしながら


 

「もう……レオンてば……足速すぎるって!」


 

アジノは疲労感いっぱいの顔で言うと、エミリウスのマントを掴み


 

「連れてくれるまで離さない!」


 

 と、こちらも凄い根性を見せてしがみついてきた。


 エミリウスはため息を、つきながら二人を見据えてから、視線をメイアースとイザークに向けた。


 

「こいつらが追いかけてくるのはわかるとして、何であんた達まで?お城での役目があるでしょ?」


 

 そう言うと、メイアースは、杖と魔導書を抱きしめるように胸の前で抱えると、前髪で隠れた目線を熱くして


 

「あの……エミリウスさんの魔法は魔道回路もさることながら、魔術への蔵子の深さ、実力……どれをとっても凄くて……今回の戦いでも、あんな魔術を使えるなんて……私!感動しました!」



 熱を込めて語るメイアース。


 

「だから……弟子とはいいません!私はエミリウスさんについて行って、もっと魔術師として、成長したいんです!お願いです!私も、連れて行って下さい」


 

 そう言うと、ガバッと頭を下げた。


 

「俺は王子として見聞を広める名目で、父王から旅に出る許しを得たぞ。」


 

 まるで『苦しゅうない』と言いたげな態度で胸を張るレオニスに、エミリウスは突っ込んだ。



「いや、あんたの理由なんてどうでもいいし。殴っても着いてくる気なんでしょ?」


 

 と、呆れながら言うと、今度はアジノが顔を出し


 

「はいはーい!僕は思うに世界はもっと美しくて素晴らしい!それを美しい君の元で描いたら作品がもっと華やかになると思うんだ」


 

 キラキラと、ビー玉のような透き通った栗色の瞳でエミリウスの目線まで屈むと『連れてってくれるよね?』と、愛嬌いっぱいのおねだりポーズで彼女を見つめた。

 これが、アジノファンの宮廷人ならイチコロなんだろうが

 


「だから、その手は効かないってば!」


 

 じとりと睨んで、返すエミリウスに、心の中で舌打ちしながら、マントを掴む手は緩めない。

イザークは、片手をあげ


 

「俺はこいつらの引率兼、護衛と、定期報告係で同行を、命じられた」


 

サラッといいのける。

 ガイアスは、城での立場と任務のため、それと家庭があるため、長旅は出来ず、今回の同行を断念したそうだ。


 四人に見つめられ、エミリウスは根負けしたように両手を挙げると

 


「どーなってもしーらないっ!」

 


 これが彼女流の同意なのだろう。

 レオニスから貰ったお宝を拾ってマジックバックに入れると、スタスタと城を出ようとして振り返る。


 

「あたしは足をとめないわ。付いてこれるもんなら、ついてらっしゃい」


 

 そう行って、再び『パーティ五人』は城を後にした。


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