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始まりの一閃

「えー!マジで言ってるの!?」


冒険者ギルドのカウンターで、肘をつき、そこに顎を乗せながら、女がギルド内に響き渡るほどの大声でダルそうに叫んだ。



「たかだか盗賊退治でしょ?それなのに国家資格を取って、しかもパーティで行けって言うの?バカバカしい!あんなの、アジト見つけて木偶の坊ども倒して、お宝回収して終わりじゃない。一人で充分よ!」



イラつきを隠せない様子で、左手の指先でトントンとカウンターを叩きながら、女は続ける。



「しかも国家資格なしで単独行動すれば国に罰せられるって?中央王都なのに、そんなケチ臭いこと本気で言ってるの?」



うんざりした口調で、女は顎を乗せた腕から項垂れた。


ギルドスタッフの男性は困り果てた様子で


「申し訳ございません。決まりですので……」 と、事務的ながらも恐縮した口調で返答した。



「で?その国家資格ってやつは、どこでどうやって取ればいいわけ?」



女は面倒くさそうに、深い青い瞳でじとーっとギルドスタッフの男性を見上げた。



「街の先にございます、天空城『セオリス城』の中にある王立アカデミーにて、ギルド登録試験を受けていただきます。合格された方には資格が授与され、それに応じたクエストをこなしていただく決まりとなっております」



女の態度にたじろぎながらも、営業スマイルを浮かべて事務的に答えるスタッフ。



「OK、わかったわ。要は”セオリス城”に行けばいいのね」



女は両肘をカウンターに置いたまま、クルッと体を反転させてカウンターに寄りかかる形でギルド内を見渡した。


屈強な戦士、ローブに身を包んだいかにもな魔法使い、法衣を着た僧侶、スカーフで口元を覆い鋭い目つきをしたハンターやシーフらしき者たち——ありとあらゆる人種が揃い、ギルドは賑わっていた。

その中でも、カウンターに身を預けた女の容姿は際立っていた。


卵形の輪郭に収まるアーモンド型の深い青い瞳。それを縁取る長いまつ毛と、ぽってりとした厚い唇。繊細な美を放つ顔立ちに、メリハリのあるボディラインを覆う、漆黒に近い深い紺色のライトアーマー。その胸元中央には六芒星が輝き、ひときわ目を引く。


腕を守る〈レイド・ブレイサー〉は黒曜石のような光沢を放ち、銀糸で編まれた魔法文字が彩られている。足元には、金属なのか革なのか判別しづらい材質の、黒光りしたロングブーツを履いていた。


そして何より、ソードホルダーに収められた、杖のように宝玉が嵌め込まれた長剣。

首から下げた涙型の宝石があしらわれたネックレス。瞳と同じ色をした大ぶりのピアス


——それらが、彼女がただの冒険者ではないことを雄弁に物語っていた。


こんな「わたし、金目のもの持ってまーす♪」な装備を、豊満な体に身につけていれば、嫌でも悪目立ちするだろう。


それを裏付けるように、目つきの悪い、いかにもまともそうじゃないポールアクスを背負った大男が、女に声をかけてきた。



「よぅ! おねーちゃん、よそ者だろ? なんなら俺が城まで案内してやろうか?」



下卑た笑いを浮かべながら、男はずかずかと近寄ってくる。


女は男の顔を一瞥すると、興味なさげにしっしっと手を振った。



「身の丈に合った相手、探しなさいな。まあ、あんた程度の男を相手してくれるのは娼婦くらいだろうけどね。あ、娼婦も嫌がるか。あんたみたいな、口の臭そうな男。」



男の逆上を煽るような、小馬鹿にした口調で言い放つ。



「なんだとぉ〜!」



男は頭から湯気が出そうな勢いで真っ赤になり



「大層な装備してるが、どうせ女だ! マトモに戦えるわけがねぇ!」



と叫びながら、女に掴みかかろうと襲いかかった——その瞬間だった。


女の深いタンザナイトのようなパープル色の長い髪が、ふわりと揺れ動いた。


同時に、バキッと嫌な音が響き、男の首が不自然な角度に曲がった。


女は軽く跳び上がり、男の首根っこに一発だけ蹴りをお見舞いしたのだった。

その一蹴りで、男は泡を吹いて倒れた。女の足首が、急所を正確に捉えていた。


場は騒然となったが、女は何食わぬ涼しい顔で着地する。



「……あの、ギルド内での私闘は禁止されておりまして……」



困惑した様子で頭を抱えるギルドスタッフの前に、小さな皮袋が置かれた。


中には古代金貨が三枚。価値にして銀貨三百枚相当。



「それ、罰金代に当てといて。残った金で、その男の治療費払ってやって。まあ、見た目ほど大した怪我じゃないけど。あと、ギルドへの迷惑料も入ってるから。」



「それだけあれば足りるでしょ?」


と言わんばかりの軽い口調で、女はその場を去っていった。


ギルド内は騒然としていたが、その騒ぎを見ていた一人の青年が、ワインカップを片手にくつくつと喉を鳴らした。



「おやおや。面白いものが見れた」



彼は二階廊下の手すりから、一階の騒ぎの一部始終を眺めていた。



「今、城に帰ったら……面白い物が見れるかな?」



そう言い残して、青年もギルドを後にした。



「ここが巨大島国”アルセノヴァ島”唯一無二の巨大王国にして、すべてを束ねる”セリオス王国”の王城ね。さすがに、ここまで大規模な王城は初めて見たわ。さて、あそこまでどうやって行ったもんか…」



エミリウスの視界には収まりきらないほどの浮遊島が、空に聳え立っていた。地上から城までを繋ぐ自動式階段が、王室の城門に向かってゆっくりと伸びている。



「空中浮遊魔法で行くか、あの階段に乗って行くしかないんだけど…どうしたもんか」



行き方をしばし考えあぐねる。だが、どう見ても空中階段は進行が遅く、乗って登っていけば日が暮れそうだった。


エミリウスは、空中浮遊魔法のほうが早いと結論づけ、正規の方法ではないが魔法で向かうことに決めた。


腰から、柄に宝玉がはめ込まれた長剣を取り出すと、


『ウィンデール』


と短縮呪文を唱え、長剣を杖のように振りかざした。宝玉が光り、ふわりとエミリウスの体が浮かび上がる。



「それじゃ、王城目指してしゅっぱー」



と言いかけたその瞬間――


ベショリ。


情けない音を立てて、地面に叩きつけられた。



「え!? なに!? どういうこと?」



「まさか…結界がかかってるの?」



唖然とした表情で天空の王城を見上げると、どこからともなく、ぱちぱちと拍手が聞こえてきた。



「いやー! 大正解。当たりだよ」



声のほうに振り向くと、そこには亜麻色の絹のような髪に、栗色の大きな瞳。髪が長ければ少女と間違えそうな風貌の青年が、笑いを噛み殺しながらエミリウスに近づいてきた。



「城全体はもちろん、あらゆる場所に防犯の結界が施されているよ。城に入りたければ、正規のルート…あの階段を登らないと王宮にはたどり着けないんだ」



青年は地面にへばりついている彼女を助け起こそうと、片手を差し出した。


彼は白地に銀糸の刺繍が施されたチュニックを、皮のベルトで巧みにまとめていた。

両手の指には五本すべてに指輪がはめられ、腰のベルトにはパレットホルダーと絵筆、染料入れが装備されている。青い細身のスラックスに、革製のロングブーツを履いたその姿は、身なりの良さと道具からして、宮廷関係の絵師と見て間違いないだろう。



「あんた、ずっと見てたんでしょ? どーせ。だったら先に教えてよ。性格悪いわね」



悪態をつきながら、彼の差し出した手を無視して、エミリウスは自力で立ち上がった。

そんな彼女を、青年は好奇心に満ちた眼差しで見つめていた。



「僕はアジノ・ルクヴェール。王室絵師をやってるんだ。よろしくね」



懐っこい笑みを浮かべながら、彼はもう一度エミリウスに手を差し出した。

エミリウスはそれも無視し



『なんだ。王室勤めの王族お抱えのお坊ちゃんね』



と心の中で毒づきながら、杖兼武器である宝玉付きの長剣をホルダーに収めた。

これだけ拒絶の態度を示しているにもかかわらず、アジノは人懐っこい笑顔を崩さず



「よかったら、僕が城内を案内しようか?」



と申し出た。



「ひとりで大丈夫だから。絵師様はおひとりで城に戻ってください。お仕事がおありでしょ?」



と、やや皮肉を込めて言い放ち、エミリウスは空中階段を目指してさっさと歩き出した。


邪険に扱われながらも、それすらも面白いと言わんばかりの口調で、アジノは



「僕は場内でウロチョロしてるから、困ったことがあったらいつでも言って」



と軽やかに言い残し、アジノはエミリウスから少し距離を取って空中階段に乗り込んだ。階段はゆっくりと城門へと近づいていく。


先に城門へ到着したアジノの顔を見た門番が、驚いたように声を上げた。



「これは!ルクヴェール殿、お帰りなさいませ!」



丁寧に頭を下げる門番に、アジノは気さくな口調で応じる。



「ただいまー。いつもご苦労さん」



ひらひらと手を振りながら、まだ階段に乗っているエミリウスににっこりと微笑みを向けると、そのまま門をくぐって城内へと入っていった。



(なるほど。顔パスってやつね)



彼の服装や所作からして、どう見ても一般市民ではない。証明もなく、妨げられることもなく城に出入りできるのも納得だ。


だが、アジノの妙に余裕たっぷりな笑顔が、なぜか気に入らない。エミリウスはその微笑みに鋭い視線を投げつけた。


ほどなくして、彼女も城門前に到着し、階段を降りて門の前に立つ。すると、両脇に立つ門番が槍を交差させて行く手を遮った。



「城に何の用だ? 身分を証明できるものはあるか?」



これもお決まりのやり取りだ。威厳を見せたいのか、ただ威圧したいだけなのか…。


どうして門番というのは、こうも高圧的なのだろう。


ため息をひとつついた彼女は、懐からギルドから渡された王立アカデミー資格申請書と通行証二枚を取り出し、やや投げやりに門番へ差し出した。



「何だ、王立アカデミー資格取得試験の受験者か」



証明書を確認した門番は、鼻で笑うように彼女を見下ろしながら、槍を開いて通行を許可した。



「アカデミーは、前庭を突き抜けて、突き当たりを右に行けば見えてくるだろう。まあ、頑張れよ」



その横柄な態度に、拳を一発入れたくなる衝動をぐっと堪え、エミリウスは城内へと足を踏み入れた。


初めて訪れる”セオリス王城”は、壮大で広大だった。前庭だけでも迷路のようで、なんとか抜けたと思った先は、石畳の廊下が続いていた。



「えーっと……確か、庭を出て突き当たりを右、だったよね?」



あのクソ門番(失礼)の言葉を信じて進んでみるが、それらしき場所は一向に見えてこない。

訳のわからない塔や建造物、オブジェが立ち並び、どれが『王立アカデミー』なのか、まったく見当がつかない。


気づけば、彼女は三時間ほど城内をさまよっていた。さすがに気疲れしてくる。曲がり角はいくつもあり


「庭を突っ切って右に曲がる」


だけでは到底たどり着けそうにない。



「あ゛ー! 喉乾いたー! ”王立アカデミー”って一体どこよーっ!?」



城内はしんと静まり返っており、これまで誰一人として道を尋ねられる相手に出会っていないのも不思議だった。


苛立ちに任せて髪をぐしゃぐしゃにかき乱すと、どこからかくすくすと笑い声が聞こえてきた。



「誰よ!? 笑ってんのは! 今、気が立ってるから、あまり私を怒らせない方がいいわよ!」



唸るように怒鳴ったその前に現れたのは、先ほど空中階段で出会った青年――アジノだった。



「いや、君、しっかりしてそうに見えるけど……空中階段のときもそうだったけど、結構間が抜けてるんだなって」



そう言って、彼の笑いは忍び笑いから、はっきりとした笑い声へと変わっていった。

その笑い声に、エミリウスの青い瞳が怒りに燃える。



「何がそんなにおかしいのか、教えていただきたいんですけど!? 初めて来た場所で迷うのって、そんなにおかしいこと!?」



苛立ちが怒声へと変わる。



「いや……ごめん……」



アジノは笑いを堪えながら口と腹を押さえ、身をよじるようにしてなんとか言葉を絞り出した。



「君、門番になんて言われた?」



ようやく笑いを収めた彼が尋ねると、エミリウスは苛立ち混じりに嫌味たっぷりで名を添えて返す。



「庭園を抜けて突き当たりを右に曲がれって言われましたけど、それが何か!? ルクヴェール様!」



「あー、なるほど」


と言わんばかりにアジノは手を打ち、また笑いを堪える。



「えーっと、ごめん。君の名前、まだ聞いてなかったよね」


「エミリウス・レイヴェルよ」



名乗り忘れていたことに気づき、嫌々ながらもつっけんどんに答える。



「エミリウス……エミイか。いい名前だね」



人懐っこい微笑みを浮かべながら、アジノはそっと手を差し出す。これで彼女に手を差し出すのは三度目だ。


だがエミリウスは応じず、腕を組んで目を細め、じっと彼を見つめた。



「エミイ」



「勝手に馴れ馴れしく愛称で呼ばないでくれる?」



「それは失礼。エミリウス」



悪びれる様子もなく、彼女の刺々しい態度にも気を悪くせず、アジノは手を引っ込めると腕を組み、顎に手を当てて考え込む。



「君が“突っ切った”と思った庭、実はまだ抜けきってないんだ。ここは前庭の敷地内だよ。」



その言葉にエミリウスは愕然とし、組んでいた腕が宙を彷徨う。



「は? ……って、え!? あんた今、何て……」



「ここはまだ前庭内だよ。」



「だって……石畳の廊下があって、建物があって、塔まであるじゃない!」



「ここは要塞も兼ねてる王城だからね。前庭に物見の塔や兵舎があっても、おかしくないだろ? 城の規模を見ても。」



現実を突きつけられ、エミリウスはその場にへたり込みたくなった。



「嘘……広いなんてもんじゃないわよ。なんて城なの……ここがまだ前庭内なんて……」



穴があったら入りたい心境で天を仰ぐ彼女に、アジノが慰めるように声をかける。



「まぁまぁ、最初は誰だって迷うよ。そういう構造でできてるし、門番の対応もひどかったから、君のせいじゃない。」



そう言いながら、彼は彼女の肩をポンポンと軽く叩いた。



「”王立アカデミー”なら、僕が案内してあげる。こっちだよ。」


そう言って、半ばショックで魂が抜けかけているエミリウスの手を、命知らずにもそっと取ると、彼女を連れて”王立アカデミー”へと歩き出した。



「もうすぐ着くよー!こっちだよー!」



「道、正確に教えてくれたら自分で行けるから、手を離してくんない?」



エミリウスは、手を引いて先を歩くアジノにうんざりした口調で言った。

するとアジノは不意に立ち止まり、くるりと体ごと振り返ると、先ほどのように腕に肘を載せて顎を撫でながら考え込む。



「うーん……悪いけど、エミリウス。君はどうやら方向音痴みたいだし、城はただでさえ慣れない人が迷う造りになってるから、効率的に考えても僕が連れてった方が早いと思うんだよねー。どうしても一人で行くって言うなら道を教えないでもないけど、どう考えてもそれは不効率な気がするんだよなー。」



アジノの言葉に、エミリウスは顔を赤くして叫ぶ。



「なっ……方向音痴ですってえぇぇ!?」



「だって、前庭でもう迷ってたじゃない?」



間髪入れずに悪びれもせず指摘するアジノに、エミリウスは閉口する。深くため息をつくと、左手を差し出して言った。



「じゃ、とっととその”王立アカデミー”とやらに連れてってよ。」



今度は別の意味で顔を赤くしながら、右手で頬をかきつつ言うと、アジノの表情はパァっと明るくなり、彼女の左手を取って言った。



「任せて!こっちから近道しよう!」



そう言って彼女の手を引いて歩き出した。

城内に入ると、エミリウスはアジノに手を差し出したことを少し後悔し始めていた。


一階層を行き来する女官やメイド、兵士や職員たちが小声で囁き、好奇の視線が一気に集まりだしたからだ。



「アジノ殿が、冒険者とご一緒とは珍しい……」



「ルクヴェール様が連れてらっしゃる女は誰なの?」



『コイツ……人たらしだとは思ってたけど、まさかここまでとは……』



特に女性たちの視線が痛かった。

エミリウスはおずおずと申し出る。



「ルクヴェール様、そろそろ手、離して頂けません?わたし、後ろから着いて歩きますから……」



するとアジノは軽く振り返り



「なんで?この方が離れることはないし、歩調も合わせやすいから効率的だよ。それに日が暮れる前にアカデミーに着いた方がいいからね。急がないと」



周囲の反応は意に介さないらしい。



「あ!僕のことはアジノでいいよ!アカデミー試験、良かったら見学させてね。君の戦いぶりをスケッチさせて欲しいんだ」



まるで面白いショーを見に行く子供のようなキラキラした高揚感を纏ったアジノを止められる者はいなさそうだった。


エミリウスはそれ以上何かを言うのは諦め、アジノのピエロよろしく、彼の後を手を引かれながらついて行った。



「はーい!到着!ここが”王立アカデミー冒険者登録所”だよ」



アジノに連れてこられたのは、細い長廊下の先にある城の外縁部に位置する巨大な石造りの建物だった。



「ここが、”王立アカデミー?”」



まるでコロセウムのような建物を見上げながら、エミリウスは怪訝そうに眉を寄せて尋ねる。



「正確に言うと”王立アカデミーの一部”だね。ここは冒険者が資格を取得したり、魔術師の検定が行われたり、剣士の階級試験が行われたりする”試験場”と思ってくれるとわかりやすいかな?魔法防御壁がしっかりしてて、安全面がかなり考慮された場所なんだ。一概に”王立アカデミー”は組織団体として考えてもらった方がわかりやすいかな?僕の所属も”王立アカデミー”だしね。」



アジノはエミリウスの手を離すと、入口に向かって歩き出した。エミリウスも後に続く。



「説明は必要と感じたら聞くわ。ルクヴェール様の宮廷の立場とか、正直どうでもいいし、興味ない。私は冒険者ギルドで依頼を受けられるようになればそれでいいんだから。」



素っ気なく言うエミリウスに、アジノは口を尖らせる。



「もー!僕のことはアジノでいいって言ってるのにー!」



「名前で呼び合うほど仲良い訳じゃないでしょ?知り合ったばっかりだし。まぁ、ここに連れてきてくれたことには礼を言うわ。」



懐っこいアジノの態度とは対照的に、エミリウスの態度はつっけんどんだった。


石造りの入口をくぐると、三段ほどの階段の上に巨大な円形状の舞台があり、舞台の中心には白い染料で描かれた防御壁の魔法陣が浮かび上がっていた。舞台を取り囲む石壁にも防御魔術が施されている。


審査員席だろうか?石壁の向こう側には扇状に客席が七層に配置され、まるでコロセウムのような造りだった。


念の入った魔法防御術に、エミリウスはなんとも言えない口調で呟く。



「これはまた念の入ったことね……」



入口のすぐ脇には、小さな魔法陣の中央に石造りのテーブルと椅子が置かれ、テーブルの向こう側には女性スタッフがにこやかに出迎えてくれた。

営業スマイルだろうが。


女性スタッフはアジノの顔を見ると目を輝かせ



「まぁー!ルクヴェール様!今日はどのようなご用向きですか!?」



と、声を一層明るくして尋ねてきた。

いつの間にかエミリウスの前を歩いていたアジノは、女性スタッフにエミリウスを示して言った。



「知人が冒険者登録試験を受けに来たんだよ。僕は見学兼付き添い」



すると、女性スタッフの目付きが若干厳しくなった。



「まぁ、お知り合いですのね?」



と、チクリと刺すような視線でエミリウスを見つめた。


『ここでも……? 勘弁してよ……この男、何人宮人をたらしこんでんのよ?』


先ほどから浴びせられる視線にうんざりしながら、エミリウスは愛想笑いを浮かべて女性スタッフに軽く手を振り、アジノから距離を取った。


しかし女性スタッフは、エミリウスの笑顔も挨拶も無視し、事務的な口調で説明を始めた。



「冒険者ギルドから受け取った登録資格申請書をご提示ください」



エミリウスは無言で懐から

『王立アカデミー冒険者登録資格申請書』

を取り出し、石造りのテーブルの上に置いた。

女性スタッフはそれを確認すると軽く頷き



「確かに申請書をお受け取りしました。では、冒険者ギルド登録のための試験についてご説明いたします。

まず、モンスターレベルを選択していただきます。その後、舞台中央の魔法陣内でモンスターと戦闘していただきます。モンスターを弱体化、または戦闘不能にすることで受験者の勝利となり、ギルドでの依頼受諾が可能になります。

なお、倒したモンスターのレベルに応じて、ギルド内でのクエストレベルが決定されますので、ご了承ください。

また、モンスターは王立アカデミー所有の使役モンスターですので、死なせてしまってはなりません。仮に戦闘不能ではなく死亡させてしまった場合、罰則および罰金が発生しますのでご注意ください。

以上をご承諾いただけましたら、記入事項にサインをお願いします」



「わかったわ」



エミリウスは、石造りのテーブルの上に置かれた書類に迷いなくサインした。



「モンスターレベルはどうなさいますか? 初級、中級、上級、特級とございますが、女性冒険者様でしたら初級か中級から始めていただき、クエストをこなしながら徐々にレベルを上げていくのがお勧めですが……」



「特級で」



女性スタッフが言い終わらないうちに、エミリウスははっきりと言い放った。



「……は?」



耳を疑うように聞き返すスタッフに、エミリウスはうんざりしたようにもう一度言った。



「特級で!」



女性スタッフはあまりに突飛な回答に目を丸くした。

目の前の女性は高価そうな装備を身につけてはいるが、屈強な筋肉もなければ、老練な魔導師にも見えない。


ただの若い女性にしか見えない。



「あの、試験中は内部での魔法攻撃は有効ですが、外部からの干渉は受け付けません。もし大怪我をされた場合、試験終了まで治癒魔法や治療はできかねますので……まずは中級レベルから挑戦なさっては……?」



あまりにも無謀な挑戦に、スタッフは冷や汗を止められなかった。万が一の事故でも起きれば、責任を負いかねない。



「試験において、万が一冒険者が死亡、もしくは著しい損傷を受け、後遺症を残したとしても、王立アカデミーおよび冒険者ギルドは一切の責任を負いかねない。ちゃんと読んだわよ」



エミリウスは、記載された書類をつまみ上げてひらひらと振ると、無意味と言わんばかりにそれをテーブルの上に落とした。



「あまり時間をかけたくないの。特級モンスターを召喚してちょうだい」



そう言うと、エミリウスは階段を上がり、魔法陣の中心へと足を踏み入れた。


途端、魔法陣が白く光り、見えない光のヴェールのようなものが舞台を覆った。


「なるほど。内部の魔法や障害物が試験場外に出ないようになってるのね。よくできてるわー」



感心したように魔法壁に手を当てる。


その様子を、アジノはワクワクした様子で見つめていた。パレットホルダーから鮮やかな緑に少し黒を混ぜた色を作り、石畳にちょうど一人分の魔法陣を描くと、その中央に座り、紙と木炭を取り出して舞台のエミリウスをスケッチし始めた。


その動作を見て、エミリウスも片眉を上げるが、すぐに前を向き直る。



「早くして!こっちは準備万端よ!」



スタッフに合図を促すと、泣きそうな顔でスタッフが叫ぶ。

「もぅ!ルクヴェール様まで!どうなっても知りませんからね!」



そう言って魔導書を取り出し、指輪を掌側に宝玉が来るようにはめ直す。



「それでは!冒険者登録資格試験を始めます!特級モンスター、召喚!」



魔道文字をなぞると、舞台の魔法陣が紫色に輝き、現れたのは――



「ヒドラね。いいチョイスじゃない。」



9つの巨大な首をもたげ、鼻や口から噴煙を上げる大蛇型のモンスターを見据え、エミリウスは不敵に笑った。



「ルクヴェール様!これは速攻勝負だから、絵なんて後で描いて。まずはその目でしっかり見てなさい!」

腰の宝玉付きの長剣を抜き、柄を掲げて叫ぶ。


『ウィンデール!』


ふわりと体が浮き上がり、風のような軽やかさでヒドラの首の最上部へと舞い上がる。

直後、彼女が立っていた場所にヒドラの首が突っ込み、石畳に大穴を開けた。



「まーだ遅いわよ!」



嘲るように言うと、ヒドラは9つの首すべてをエミリウスに向けて開き、威嚇する。



「お腹がすいたのね。今、美味しいものあげるわ!」

宝玉をかざし


『ヒエムステンプレス!』


猛烈な吹雪がヒドラを襲う。寒さに弱い蛇族のヒドラにはたまらない攻撃だ。動きが鈍る。



「で、もいっちょ!”グラシスランス”!」



俊敏に動きながら、氷の刃を次々とヒドラの顔面に叩き込む。口腔内から鼻にかけて氷が広がり、塞がれていく。

たまらずヒドラは巨体を横倒しにし、轟音を立てて倒れた。


そこへ鋭い一閃。


エミリウスが杖の鞘を抜き、目にも止まらぬ速さでヒドラの首を八本、落とした。

すっと舞台中央に降り立ち、音も立てずに剣を鞘に納めると、エミリウスはこともなげに言った。



「ほら。終わったわよ。」



王立アカデミーのスタッフは、あまりにもあっさりと地に伏したヒドラを見て、まだ自分が目にした光景を信じられない様子で唇を震わせていた。



「判定は? ヒドラは本体の首を一本残してるから、残り八本は再生するし、殺してないわよ。後で白魔法で氷を溶かせば自然治癒するんじゃない? 知らないけど」



肩をすくめながら、ものの数分でヒドラを倒した女は、まるで日常の一コマのようにさらりと言ってのけた。



「で! 呆けてないで早く判定下してよ!」



今度は強い口調で、エミリウスはスタッフに声をかける。

魔法陣の結界が解かれ、彼女が舞台から降りると、ようやくスタッフは我に返った。



「勝者! 冒険者エミリウス・レイヴェル! Sランク冒険者確定です!」



声高らかに宣言すると、スタッフはエミリウスに『王立アカデミー冒険者登録認定書』と特級Sランクのバッジを手渡した。


アジノはエミリウスの元へ駆け寄り、興奮気味に叫ぶ。



「すごい! 凄いよ、エミイ! 君は美しい! 特に戦う君は最高だ!」



そう言って、いつの間に描いたのか、10数枚にも及ぶ戦闘スケッチを取り出して彼女に見せた。



「アジノ……アンタも大概ね」



スケッチの枚数に思わず吹き出すエミリウス。彼女が初めてアジノに向けて見せた笑顔だった。



「エミイ……今、僕のこと、アジノって呼んだ?」



今度はアジノが驚く番だった。

エミリウスは照れくさそうにそっぽを向いて鼻の頭をかきながら



「え? そう? まぁ……いいじゃない」



と曖昧に答える。でもすぐにアジノに向き直り



「でも『エミイ』はやめて!」



と、彼の前で指を振ると、アジノは笑って頷いた。

「わかったよ、エミリウス!」



「さーて、”王立アカデミー”で冒険者登録資格は取ったし、早速ギルドに行って正式に登録しないとね。」



そう言うと、彼女はすっと左手を差し出した。



「帰り道が分からないから、城の外まで送ってってよ。」



笑顔を浮かべてそう言うと、アジノは嬉しそうに彼女の手を取った。



「喜んで!」



そして二人は、城の外へと歩き出したのだった。

 

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