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喋るガイコツが君を呼ぶ

作者: 秋犬

 僕の目の前に、死体が転がっている。死体、いやもう白骨化が進んでほとんど骨だ。


『やあ、そこの少年。ちょっと助けてはくれないか』


 骨が喋った。いや、海風を何かと聞き間違ったんだ。早いところジェイソンさんの帽子を探して帰らないと。全く、こんな危険な崖の下に帽子を飛ばすなんて間抜けなんだから……。多分この死体も上から落ちてきてこうなったんだろう。こんな滅多に誰も来ない場所に落ちて死ぬなんて間抜けだな。僕だってやっとの思いで降りてきたっていうのに……。


『こら、少年! こっちに気がついているだろう! 私を助けないか、私を!!』


 今度ははっきり声が聞こえてきた。間違いなく死体が喋っている。仰向けに転がってる頭蓋の眼窩がんかがまっすぐ僕を見つめている。


「今忙しいんですよ。後で誰か呼んできてあげますから、それで勘弁してください」

『いや、まずはもっと驚きなさい! うわ死体だとか死体が喋ったとか』

「そんな暇ないんですよ。早くジェイソンさんの帽子を見つけないと」

『帽子か? それなら先ほど落ちてきたのを見たぞ』

「本当? どこに落ちたの?」

『それなら、まず私を助けてくれないか。この私、受けた恩は忘れないからな』


 僕はおそるおそる死体に近づいた。成人男性と思われる死体は動かなかったが、頭の中にはっきりと声は聞こえてくる。残されている衣服は上着こそなかったものの、結構上等なものだったらしい。貴族か何かだったんだろうか。


「でも、助けるって具体的に何を? もう死んじゃってるのに」

『実は、ここに来る前の記憶を無くしているんだ。一体私は誰だったのか、思い出したい。もし天国があるなら、どこの誰かを思い出してから行きたいのだ』

「だから、具体的にどうするの?」

『それを考えるのが少年、君の役割だ』

「僕は少年じゃないですよ。トット・ランティっていう名前があるんです」

『そうかい、それじゃあトット君。この哀れなガイコツを天に返してやってはくれぬか』


 僕は悩んだ。最高に面倒くさいことになりそうだったが、今はジェイソンさんの帽子が最優先だ。それにガイコツと面倒な押し問答をして、こんなに危険な岩場に長居はしたくなかった。


「……わかりましたよ。それじゃあ、どうすればいいですか?」

『私の頭蓋だけ持って行けないだろうか。目と耳の部分があれば見たり聞いたりは出来るらしい』

「じゃあ、死体って結構いろいろ聞いてるんですね」

『ああそうだ。くれぐれも葬式で死者を前に失礼なことを言うでないぞ』


 僕はそいつの頭を持ち上げた。カラカラに乾いたガイコツは意外と軽かった。


「それで、ジェイソンさんの帽子はどこに行きましたか?」

『トット君。残念だが落ちてきた帽子は風に乗って遥か彼方の大海原だ』


 僕はガイコツを岩に叩きつけようかと思った。


『わあ待ってくれ! つまりだな、新しく落ちてきた帽子はいくら探しても見つかりっこないということだ! これで無駄なことをせずに帰れるだろう?』


 ガイコツは必死でまくしたてた。


『それに約束ではないか、私の身元を調べてくれるんだろう? 頼むよ、君に必要な情報は渡したんだ。今度は君が私の助けになるべきだろう!?』


 そう言われれば、そうかもしれない。探しても見つからない帽子を無駄に探すより、さっさとこの岩場から脱出したほうがいい。


「……そうですね。それじゃあ、帽子じゃなくて遺留品でも探しましょうか」

『恩に着るよ、トット君』


 僕は死体の周りに何か落ちていないかを探した。殺人事件の場合、遺留品というのが大事だと言うことは推理小説を読んで知っている。運が良ければ名前の入った何かが落ちていて調査終了、ということもできる。


 それにしても、妙だなと思った。死体が着ている服は明らかに上等なもので、そんな人が落ちたら大騒ぎになっていてもおかしくない。それなのにこの死体はずっとここにあったんだ。一体、何故?


「あ、こんなところに別の帽子が」


 岩場の陰から、ボロボロになった上等な帽子(シルク・ハット)が出てきた。それから死体の側にヒビの入ったモノクルと柄に魚の文様の描かれた錆びたナイフ、血まみれのズボンからは血の染みがついたシルクのハンカチが出てきた。それ以外は特に見当たらなかった。


「これで何か思い出しましたか?」

『わからない……私の物だったような気はするが、後はさっぱりだ』


 僕はため息をついた。


『それでは、この持ち物を持って帰って調べてはくれないか?』

「はいはい……どうせアナタも連れていけっていうんでしょう?」

『わかってるじゃないか。さあ出発だ!』


 こうして僕はワケのわからないガイコツとジェイソンさんのじゃない帽子、それから遺留品を抱えて岩場を後にすることになった。岩場から離れて大回りをして崖を登り、一度ガイコツを隠してからジェイソンさんに「これしかありませんでした」と例の帽子を見せると「俺のじゃねえじゃねえか」とぶたれた。


 何だい、こっちは命をかけて崖を降りていったってのにさあ……まあ、新聞記者見習いの小間使いの身分じゃ何にも言えないんだけどさ。


***


 その日の取材は、新しくクックソン岬に出来た土産物屋についてのものだった。


 崖の上で海を見下ろせる素敵な景色で評判の料理屋があって、客が来るから新しく店を広げて構えたということで僕は上司のジェイソンさんと一緒に取材に同行した。しかも本当の開店予定日はもっと前だったのに、料理屋でボヤが起きたからその始末だなんだでひと月以上開店が遅れたそうだ。それもあって、土産物屋は大々的な宣伝をしてほしがっていた。


 そんな取材が終わって崖の上の絶景を写真に収めようとジェイソンさんがカメラを構えたところで風が吹いて帽子が崖下に落ちて、それを僕が命からがら拾いに行ったというわけだ。


 まさか崖下で喋る死体に出会うとは思わなかったけどね。僕の頭がおかしいって言われそうだから持ってきたガイコツのことはジェイソンさんには言わなかった。もちろん崖下で誰か死んでいるということもまだ内緒だ。新聞社に帰ってきた頃には夕日が射していて、僕が荷物の片付けやジェイソンさんの夕飯に付き合ったりしているうちにすっかり日は暮れてしまった。


 住み込みで使わせてもらっている新聞社の屋根裏の自室に戻ってきて、ようやく僕は改めてガイコツと話をすることができた。こっそり鞄の底に隠してきたガイコツはまず不満を並べ立てた。


『まったく、なんて荒っぽい運搬なんだ!』

「しょうがないだろ、喋るガイコツを運ぶだなんて考えてなかったんだから」

 

 どうやらガイコツの声は僕以外には聞こえないようで、鞄にしまうと「目が回る」「揺れがひどい」「もっと優しく」など叫び声が聞こえてきたが、周りの人は知らん顔だった。僕はただガイコツが見つからないことだけを心配したけど、案外世の中うまくいくものだ。


 僕は誰にも見つからずに持ち帰ったガイコツを古いベッドの片隅に置いて、その隣に腰掛けた。ほとんど寝るためだけに帰ってくる僕の自室はどんなに掃除をしても埃っぽくて、お世辞にもきれいとは言いがたかった。


『ほう、随分といいところに住んでるんだな』

「ネズミが出る以外はなかなかの環境だよ」


 ガイコツは自分のことを覚えていないと言っていたが、服装や落ちていたものから推測すると金持ちか、かなり身分が高い人だったことは間違いないだろう。こんな最底辺みたいなところ、さぞ珍しいんだろうな。


『しかしトット君。わざわざ新聞社で働くだなんて、何か夢でもあるのかい?』

「別にないよ。兄弟も多いし、十五歳で都会に出てきてもうすぐ一年くらい。たまたまここの求人が出ていたから、それだけ。夢なんていうのは、恵まれてる奴が見るものだよ」


 しまった。思わずガイコツに愚痴を零してしまった。あんまりそういうことは言いたくないから言わないように気をつけていたけど、このガイコツ相手に油断してしまった。


『そうか……悪いことを聞いたな。私が君に迷惑をかけているというのに、すまない』


 ガイコツに真面目に謝られて、僕も居心地が悪くなった。


「いや、こっちもごめん。身の上がわからないあんたのほうが大変だものな……そうだ、何て呼べばいいかな? 名前だけでも思い出せるといいんだけどな」


 気まずい空気を変えたくて、僕は話題を変えた。


『それが、恥ずかしいことに自分のことは全然覚えていなくて……気がついたらあの崖の下で動けずにいた。鳥や虫に身体を食われて、誰か助けてくれと何度も何度も声を出した。とうとう肉がなくなって、このまま誰にも気付かれずに朽ちていくのかと思うと悲しかった。しかし、悲しみを理解してくれる者もいない。諦めかけたその時、君がやってきたのだよ』


 そうか……今度は僕の方が気まずく思う番だった。あんなところで骨になるまでひとりぼっちでいたんだものな。記憶もなくて、ただずっと、空を見つめて、ひとりぼっちで。別に同情したわけじゃないけど、せめて家族の元に骨だけでも返してやりたいなと僕は思った。


「それじゃあ、本当に何も覚えていないんだね? どうして死んだのかも覚えていない?」

『それも覚えていないのだ……おそらくあの崖の上から落ちたのだと思うが、一体どうして落ちたのかは覚えていない。私の不注意か、自殺か、それとも』


 そう言って、ガイコツは黙った。それは僕も少し考えたことだった。


「自分が殺されたって、思ってるの?」


 僕は遺留品の中のナイフが気になっていた。海の岩場にあったから錆び付いてしまっているが、随分と鋭利な刃物だったことが窺えた。


『いろいろ見渡して、身につけているもの以外ナイフしか出てこなかったら、ナイフも身についていたと考えるのが自然だろう』


 普通に考えて、裸のままナイフをあちこち持ち歩く人もいない。抜き身のナイフがそのまま落ちていたということは、これと一緒にガイコツは落ちてきたということだ。つまり、刺されて落ちてきたと考えるのが一番自然だ。


 そうすると、これは殺人事件ってことになるな。これはなかなか大変なことに首を突っ込んだのではないか?


 僕はジェイソンさんに相談することを考えた。でも、その前に僕がガイコツと話をしていることをジェイソンさんに言わないといけない。これは却下だ。今話をしても、やっぱり僕が頭のおかしな人間ってことで終わってしまう。


 そうすると、まずはガイコツの身元を確定させることが先決だ。実際にガイコツがどこの誰で、ついでに誰に殺されたのかを僕が調べ上げてからジェイソンさんに報告しても遅くはないだろう。


「とりあえず、このナイフとモノクルについて調べてみようか。モノクルは製造所が限られているから、これを見せれば何かわかるかもしれない」


 一緒に見つかったハンカチは刺繡が施されていて高級そうなものだったが、これだけで身元を特定することは難しそうだ。だけど、モノクルなら作っている人も使っている人もハンカチに比べてかなり限定されてくる。もしかすればガイコツの身元について何か手がかりが掴めるかもしれない。


「じゃあ本格的な調査は明日からにしよう。僕は寝るからね」

『ああ、おやすみ。いい夢を』


 そう言って僕はベッドに潜った。ガイコツと一緒に寝るなんて思ってもいなかったな。そう言えばガイコツって眠るのかな。死んでるから、眠れないのかな。何だかやけに胸の奥がじーんと痛い感じがしたけれど、取材で疲れ切った僕はすぐに眠りに落ちた。


***


 翌日から、僕のガイコツ調査が始まった。日中は新聞社の仕事があるから、あまり調査は進まなかった。新聞社は朝から晩まで仕事をしているので、僕の休まる暇がない。自室に帰るのは、月がてっぺんを目指している時間だ。


 それでも少しずつやるべきことはやっておこうと思い、僕は片っ端から尋ね人の広告を集めた。そして夜にガイコツに見せて、知ってる名前はないか尋ねた。ガイコツの話だと気がついてから数ヶ月くらいだと言うので、二ヶ月前から失踪している成人男性の名前を一応全部読み上げたが、ガイコツに心当たりはなさそうだった。


 何しろ、身につけていた者からなかなかの人物だということは推測できる。そんな人が尋ね人の広告なんかに出ているとはあまり思えない。いなくなったのなら新聞記事になるような大騒ぎになるはずだ。しかし、世間的にそういうことにはなっていない。僕は誰も探してくれないガイコツが何だか可哀想になってきた。


 それに話しているうちに、ガイコツが悪い奴じゃないこともわかってきた。基本的に礼儀正しくて真面目な性格で、尋ね人の広告を見ても名前が思い出せないことで僕に毎回謝ってくる。謝るのは探すのが下手なこっちなのに。


 ついでに、ナイフについて調べたら特徴のある柄のおかげで出所はすぐにわかった。クックソン岬に新しく出来た例の土産物屋で売っているもので、珍しいものではなさそうだった。


 そうなると、やっぱり唯一の手がかりはモノクルになってくる。僕はモノクルの製造所を調べて、取材がしたいとジェイソンさんに頼んでみた。


「なに、お前が記事を書くって?」

「はい。物作りをする人を取材して、僕も素晴らしい記事を書いてみたいんです」


 僕は心にもないことを並べ立てた。


「ははは。まあ、何事も練習だ。一本自分で書いてみなさい。出来が良かったら一面で取り上げてやろう」


 ジェイソンさんは僕が記事を書けるなんて本気で思っていないと思う。だから、僕の背伸びした取材日程を許可してくれた。つまり、僕はいてもいなくてもいい身分なんだ。たまにそれが嫌だなと思うこともあったけれど、今日はその存在感の軽さに感謝している。


「ありがとうございます!」


 よし、これで取材の名目で外出することが出来るようになった。後はガイコツを連れて製造所に行くだけだ。


***


 ガイコツを拾ってから一週間が経ち、とうとう取材の日がやってきた。僕はガイコツを底が深い大きな鞄に隠して出かけた。とりあえず目のところに小さな穴を開けてあげて、視界は確保してある。ガイコツは「狭苦しいが仕方ない」ってまだぶつぶつ言っているけど、これ以上どうしろっていうんだ。


 そうしてやってきたガラス工房で、僕はジェイソンさんに急遽作ってもらった名刺を出した。ガラス工房の人は「小さな記者さんだね、うちの宣伝をしてくれるのかい?」だって。すっかり子供扱いだ。まあ、まだ全然子供だし仕方がない。


 僕はガラス細工のやり方や腕利きの職人の技をたっぷり見学した。それはそれで楽しかったけど、本題はそこじゃない。一通りの取材を終えて、僕は例のモノクルについて切り出すことにした。


「あの、メガネのレンズも作ってますか?」

「作ってるよ。メガネの販売ならこの工房でやってるけど、必要かい?」

「それなら、このモノクルもここで作ったものですか?」


 僕はポケットから例のひび割れたモノクルを出した。


「坊や、これをどこで拾ったんだい?」

「あの、道を歩いていて、それでモノクルに興味を持ったというか、なんというか」


 僕がしどろもどろに答えていると、頭の中に「もっとしっかり話せ」とガイコツの声が響いてきた。


「ふうん……この鎖、見覚えがあるな。多分オルソー商会にやった特注品じゃないかな。でも旦那、モノクルを落としたなんて話はこの前してなかったな」


 オルソー商会。まさかこのモノクルの持ち主に心当たりがある!?


「あの、僕これ落とした人に返したいんですけど」

「ああ、そうかい。親切だね。きっと旦那も喜ぶさ。それじゃあ修理の際はいつでも持ってくるよう言づても頼んでおくよ」


 僕は震える手でメモしてもらったオルソー商会の連絡先を受け取った。それから礼を言い、素早くガラス工房から立ち去った。人通りのないところまでやってきて、僕は鞄の中のガイコツに話しかけた。


「モノクルの持ち主はオルソー商会だって。そこの関係者とかじゃない?」

『オルソー商会……オルソー、だって?』


 頭に響くガイコツの声色が変わった。


『オルソ-……間違いない。私はオルソー商会の者だ。だけど、名前は……』

「とりあえず、そこに言って詳しい話を聞いてみようか」


 ここまで来れば、行方不明の男の人がいませんかって話をしていいだろう。僕はその足でオルソー商会に向かった。入り口で門前払いをされそうになったけど、「落とし物を届けに来た」と粘って、何とか短時間だけ会長と話ができるようにしてもらった。


『間違いない、ここは私の家だった。どうして忘れていたんだろう』


 部屋に案内されて、ガイコツの声がちょっとだけ嬉しそうだ。僕は鞄にそっと声をかけた。


「まだ名前は思い出せない?」

『思い出そうとしているけど、どうにも……』


 ふうん、一回死ぬとそんなに自分の名前って思い出せないものなんだな。死ぬって大変だなあ。それから間もなく、部屋のドアが開いて偉そうなおじさんが現れた。


「君がうちの発注したモノクルを持ってきたという少年かい?」

「はい、トット・ランティといいます」


 僕は立ち上がってお辞儀をした。鞄の中から「父さんじゃないか!」という声が響き渡ったけど、それが聞こえるのは僕だけだ。


「私はここの会長をしているアーヴィング・オルソーだ。しかし、私のものはここに確かにあるのだが……その拾ったものを見せてくれないか?」


 僕がオルソー会長に例のモノクルを渡すと、会長は一気に険しい顔になった。


「君、これをどこで拾ったんだい?」

「クックソン岬の、崖の下です」


 僕は正直に答えた。この人はガイコツの身内に間違いないだろう。


「このモノクルは私の息子のものだと思われるが……」

「もしかして、このハンカチにも心当たりはありませんか?」


 僕は血の付いたハンカチを会長に差し出した。それから、崖の下に男性の死体があることも告げた。


「なんということだ! これは私の妻の形見のハンカチだぞ! トムティットは、私の息子は一体どうしたというのだ! 奴は私の代わりに貿易船に乗っているはずなのに!」


 そう言って、オルソー会長は崩れ落ちた。鞄の中からは商家の跡取り息子だったガイコツ――トムティット・オルソーが何かを叫んでいた。でも、その声は父親には届いていないようだった。


***


 崖下で拾ったガイコツの正体がオルソー商会の跡取り息子、トムティット・オルソーだということはわかった。僕はそれからオルソー会長に崖下の様子を詳しく伝え、すぐに残りの死体を回収しに行くことになった。新聞社のほうは……まあ、いいか。これで大事件が優先的に書けるんだから、僕に感謝してもらいたいくらいだ。


 馬車で現場に駆けつける前に、ガイコツのトムティットはいろいろ言いたいことがあるようで、僕にあれこれを「父さんに伝えてくれ」とうるさかった。そこで少し迷ったけれど、僕はオルソー会長にトムティットの声が聞こえることを正直に打ち明けた。


「オルソー会長、あのですね……びっくりしないでくださいね」


 いくらなんでも、肉親であってもいきなりガイコツが鞄の中から飛び出してきたら誰だって腰をぬかすだろう。しかもこのガイコツの声が僕にだけ聞こえるって言うんだから、始末に負えない。


「こちらこそ、息子が君を驚かせたようだね。しかしわざわざ、落ちていたものからここまで報告に来てくれて助かったよ」

「そのことなんですけど、息子さんが直々に助けてくれと声をかけてくれたので……」

「はて、先ほど息子は死んでいると言ったのは君だぞ?」

「ですから、どうやら僕にだけ息子さんの声が聞こえるんです……」


 オルソー会長に顛末を話したが、やっぱりガイコツを見せることは出来なかった。一気に怪しい者を見る目で会長は僕を見る。やっぱりそうなるよなあ。


「それでは、私の妹の名前は?」

『マリアンヌだ』


 僕はガイコツのトムティットの言うとおりに答えた。


「昔トムティットが飼っていた猫の名前は?」

『アレックスだ』

「私の大の苦手なものは?」

『鉄板をナイフでギイギイ言わせる音』

「トムティットの十歳の誕生日に訪れた場所は?」

『僕の大好物のイチゴ畑だ。たっぷりイチゴを摘んでたっぷりジャムを作って帰ってきた』


 本人しか知らなそうなことを僕がスラスラ答えるので、流石のオルソー会長もたまげた顔をした。


「ふむ、やはり君は本当にトムティットの声が聞こえているんだね」

『当たり前じゃないか。父さん、僕は確かにここにいるんだ』


 僕はトムティットの言葉をそのまま伝えて、鞄からガイコツを取り出した。


「おお、トムティット……こんな姿になってしまって……父さんを許してくれ……」


 オルソー会長はガイコツのトムティットを案外すぐに受け入れた。僕の頭にだけ、トムティットが泣く声が聞こえてきた。ああ、最悪な親子の再会だ。何だってこんなことになってしまったんだろう?


「あの……トムティットさんは貿易に出かけている予定だったんですか?」

「ああ。三ヶ月前にクックソン岬の近くの港から出港した。その船が帰ってくるのは、一週間後の予定だ」


 だから尋ね人の広告がなかったんだ。失踪したと思われていなかったら、捜索をしようなんて誰も思わないものな。


「でも、おかしくないですか? オルソー商会の船なのに、どうして責任者が乗ってないのに出航したんですか?」

「それなのだがな、トムティットは婚約者と一緒に乗船しているはずなのだ。奴に何かあれば、真っ先に心配しなければならない彼女が何も言わずにいるなんてあるか?」


 その話を聞いて、僕もオルソー会長と同じく疑念が募った。クックソン岬の例の料理屋は、港から近くて乗船する前に立ち寄ってもおかしくない。


「その婚約者は?」

「ステラ・ドレバナス。ドレバナス商会の会長の娘で、あそこの評判の料理屋もドレバナスが経営している」


 なるほど、一気に真相が見えてきた気がするぞ。


『……思い出したよ』


 ガイコツのトムティットが一段と低い声で教えてくれた。


『あの夜出航前にステラがうちで食事をしていこうと言うから、僕は彼女と食事をした。だけど、彼女が席を立ってなかなか帰ってこないから僕は彼女を探しに行った。そうしたら店の裏で、彼女が僕以外の男と抱き合っていたんだ』


 ……なんてこった。こんなことオルソー会長に伝えられないぞ。


『僕はそいつともみ合っているうちに、後ろから刺された気がする。そのとき、帽子と父さんからもらった大事なモノクルを崖の下に落とした。それから僕は彼女の顔を見て、急に力が抜けて……覚えているのはそこまでだ。後はどこまでもどこまでも続く空だけだ。ああ、どうして忘れていたんだ、いや、忘れたままの方がよかったかもしれない』


 トムティットの心境は置いておいて、事件の全容は見えてきた。トムティットを殺害したのはステラとその間男で間違いなさそうだ。クックソン岬の崖の下に落ちれば、まず誰も助けに行かない。現に僕がたまたま降りていったから見つかったようなもので、誰も何もなければ発覚はより遅くなっただろう。


 でも、まだ大きな謎がある。オルソー商会の跡取り息子を殺して、どうやって船は出航したんだろう? そしてどんな顔して帰ってくるつもりなんだろう。


「いずれにせよ、船はもうすぐ帰ってくる。その日に全てはっきりするだろう」


 オルソー会長も低く呟いた。それから僕たちはクックソン岬へ急行し、何とかトムティットの残りの亡骸を集めることができた。悲しみにくれるオルソー会長を前に、当のトムティットは何も語らなかった。何だってこんなに酷い真似ができるんだろう。僕はトムティットを殺した奴らが同じ人間とは思えなかった。


 その日の夜遅く、新聞社に戻った僕は「帰社が遅い」とジェイソンさんに怒られた。でもここが潮時と思って今までのことを報告すると、ジェイソンさんは「オルソー商会の船が帰ってくる日が待ちきれないな」と急にニコニコし始めた。流石にガイコツの声が聞こえるなんていうことはジェイソンさんには言えなかった。


 トムティットのガイコツはオルソー商会に置いてきた。毎日やかましいくらい話しかけてきたのに、急に何だか静かになったな。でも、よかったじゃないか。とりあえず愛する家族の元に戻れてさ。こっちだってせいせいした。ああ、未練なんかないぞ。よかったな、トムティット。


***


 それから一週間後、オルソー商会の船が戻ってきたという知らせが届いた。急いでジェイソンさんと港に向かい、到着したときにはまだ船は完全に着岸していなかった。久しぶりに帰ってきた貿易船を見に来た見物客や船員の家族らしい人で既に港にはたくさんの人が集まっていた。「オルソー商会の貿易船を出迎える群衆か、いいね」とジェイソンさんは写真を撮り始めた。


 そして群衆の真ん中で誰よりも船を待っているはずのオルソー会長は、僕を見つけて側に招いた。


「やあトット君、よく来てくれた」

『やあトット君、君も来たんだね』


 巧妙に隠されているけれど、どうやらトムティットのガイコツもここに来ているらしい。付き人の持っている鞄の中かな。親子揃って挨拶されて、僕はどちらに返事をしていいかわからなくなった。


「はい、今日は新聞社として取材のために来ました。それに……もちろん来るさ。君を殺した犯人をこの目で見てやらないと」


 僕はオルソー会長の手前、とりあえず挨拶をしてついでにトムティットにも返事をした。よく考えると彼は商家の跡取り息子で僕なんかと釣り合う身分じゃないからへりくだった方がよかったかなと思ったけど、何となく今更態度を変えるのも気が引けたので僕はそのままトムティットとは話すことにした。


『人がいっぱいいるから返事をしなくてもいいから、聞くだけ聞いてくれ。やっぱり僕の声は君以外には聞こえないみたいだ。何故だろうな』


 それは僕も知りたいよ。そのせいでこんな大事件に巻き込まれているんだから……もし声が聞こえなかったら、きっと僕は岩場でトムティットの死体を見つけて「誰か死んでる」ってなって、それっきりだったかもしれない……あれだけ骨になってたら誰かなんてわからないだろうからってろくに調べられないで、今頃トムティットは墓の下だ。もしかしたらドレバナス商会全部がグルかもしれないから、余計そうなっていたかもしれない。


『でも、僕は君に会えて良かったと思っている。あの岩場でどれだけ僕が心細かったか。君に声が届いたとき、どれだけ助かったかと思ったか。こうして再び父に会うことが出来た。本当に、ありがとう』


 なんだいガイコツのくせに。まだ別れの挨拶には早いぞ。死んでるっていうのに、全くせっかちだな。


「船長が降りてきました。ステラも一緒です」


 オルソー会長に付き人が囁いた。オルソー会長はトムティットのことをほとんどの人に伏せていた。この場にいる人で既にトムティットが亡くなっていることを知っているのはオルソー会長と、一緒にトムティットの死体を引き上げに行った付き人含めて数人と、後は僕とジェイソンさんくらいだ。つまり、僕らはトムティットが船に乗っているという前提でこの場に立っている。


「お久しぶりです、会長殿」


 まずは船長がオルソー会長に恭しく挨拶をした。そして僕の頭にはトムティットの声が響き渡っていた。


『こいつだこいつ! ステラと抱き合っていたのは! 畜生、船長だったのか! 最初からわかっていればこんな奴雇わなかったのに!!』


 なんてこった。そりゃ船長が共犯だったら、トムティットがいなくても出航できるのか……船員も船長の権限でどうにか丸め込んだんだろう。いや待てよ、もしトムティットが崖から転落しないでそのまま船に乗っていたら……もっと大変なことになっていたかもしれない。落ちたのがクックソン岬の崖で助かったな、トムティット。いや、死んでるけど。


「ところでうちのトムは一体どこにいるんだ? まだ船に乗っているのか?」


 オルソー会長が白々しく切り出すと、ステラが顔を押さえて泣き始めた。


「申し訳ございません。トムは物資補給のために立ち寄った島で、原住民に襲われて……私たちを逃がそうと最後まで戦って、それきりです……」


 そう言って、ステラはヨヨヨと泣き崩れる。周囲からは驚きの叫びが聞こえるが、こちらは呆れて物も言えないくらいだ。


「……そうか。船員を守るためにトムは勇敢な最期を遂げたのだな……」


 オルソー会長の目が泣いても笑っていない。この女も船長も嘘をついているのだけど、それをどうやってこの観衆の前で明らかにすればいいんだろう。


「そう言えば、君たちが出航した直後にクックソン岬の崖の下で遺体が見つかったのだが」


 さすがオルソー会長、切り込むのが早い。泣き真似をしているステラも船長も一気に顔面蒼白になった。


「そ、それが一体何の関係があるんでしょうか?」


 何とか泣き真似を続けているステラに、オルソー会長は続けた。


「いや、崖から転落死したのだろう。私の息子は船員を庇って名誉の死を遂げたのに、彼は誰にも知られず死んだのだから、さぞ無念であろうと思って」


 例の死体がトムティットだと気付かれていないと思ったのか、露骨にステラはほっとした表情を浮かべる。


「ところで、トムの捜索をしたいのだが一体どの島で行方不明になったか教えてもらっていいかな?」


 ほっとしたところで更に揺さぶりを掛けられて、また船長とステラは顔をこわばらせる。


「実は、航路が少し逸れまして……誰も知らない、未知の島なんです」

「未知の島か。そんな島を発見したのであれば是非出向いてオルソー商会の名前をつけたいものだ。それで、どこの島なんだ?」

「それは……」


 ついに船長は黙ってしまった。それを見て、周囲も様子がおかしいことに気がついた。


『嘘をつけば嘘を重ねることになる。一体どうして僕はこんな女と結婚しようと思ったんだろう』


 トムティットが嘆いている。それは君の見る目がなかったんじゃないのか?


「そんなの、今はどうでもいいじゃないですか。あとでゆっくりご説明しますから、今はステラと休ませてください」


 話を強引に切り上げようとした船長を、オルソー会長は逃さない。


「実は、君たちが帰ってくる少し前にここから一番近い港の貿易会社へ連絡を入れたんだ。この前うちの息子が世話になったようだと電報を打ったら、いやトムティットの姿は見ていないと言うんだ。一体トムティットはどこに消えたんだ?」


 オルソー会長に追い詰められて、船長とステラは一気に疑念の目を向けられていた。崖の下の死体はともかく、この二人がトムティットの失踪に関係していることは周囲も気がついたようだった。


「そんなの、トムが勝手にいなくなったのよ。勝手にいなくなったなんて心配すると思ったから、親切にそれらしいこと言ったんじゃないの」


 なんて勝手な女なんだ。トムティットじゃないけど、僕もすごく嫌な気分になった。


「何、トムのことを私が殺したって思ってるの!? 証拠はあるの!?」


 そう言われると、これと言った決め手はない。トムティットの死体の様子だって、何も知らないと言われたらおしまいだ。


『トット君。彼女は確かに僕を刺した。今から僕の言うことを彼女に伝えてくれないか』


 トムティットの声が僕の頭の中で響いた。


『これまで君にはいろいろ世話になった。骨になって動けない僕に代わって様々なことをしてくれた。だから、この女とのことは僕が蹴りをつけたい』


 僕はそっと頷いた。トムティットはきっとわかったと思う。彼は僕に言うべき内容を告げた。それから、僕は一気にオルソー会長とステラとの間に入った。


「ねえ。さっきから僕の話をしているけど、僕はこの通り生きているよ?」


 後ろで成り行きを見守っていたジョンソンさんが真っ青な顔をしたのが見えた。


「誰!? 誰かさっさとこの子をつまみ出して!」

「もしかしてお姉さん、そのトムティットって人を殺しちゃったの?」


 ステラはさっきまで真っ赤になっていたのに、今度は真っ青になった。オルソー会長は僕に何か考えがあることがわかって、黙って聞いている。


「何よ、私が刺したって証拠でもあるの!?」

「例の崖の下の死体のところに、ドレバナス商会の店で売ってるナイフが落ちてたんだ」


 するとステラは勝ち誇ったように、大きな声で笑い出した。


「何を言っているの。そんなナイフどこにでも売ってるし、たまたま誰かが買って崖の下に落としたのかもしれないじゃない。私が彼を刺した証拠なんてどこにもないわ」

「うん。君の言うとおりだ」


 僕は例の錆びたナイフを取り出し、正確にトムティットの声をステラに伝える。


『でも、このナイフはクックソン岬のあの土産物屋でしか販売していないし、ここまで錆びているから数ヶ月は前に落とされたんだろうね』


「だから、何だって言うのよ。」


『このナイフを崖の下に落とせたのは、ドレバナス商会のあの土産物屋の関係者でしか有り得ないんだ。何故なら、店が開店してからまだ一ヶ月も経っていないんだ。販売していないナイフをどうやってわざわざ崖の下に一本だけ落とす必要があるんだい? もしかして、カッとなって売り物にする予定だったナイフを持ったのかい?』


 一斉に辺りがざわざわし始めた。僕の口を借りて、トムティットはまだ続ける。


『それに、どうして君はトムティットが刺されて殺されたことを知っていたんだい? さっき会長は転落死した死体って言っただろう?』


 ステラは口をぱくぱくさせて船長を見上げた。船長はがっくりを肩を落とす。


「……だから俺は嫌だって言ったんだ。それなのに、こいつが勝手に」

「何よ! 崖の下に落とせば見つからないって言ったのはあんたよ!」


 あーあー、逃げられないってわかって罪のなすり付け合いが始まった。こっそり呼び出されていた警官によって、オルソー商会の船員たちは事情聴取ということで全員しょっぴかれることになった。詳しいこともこれで明らかになるだろう。これで一応、一件落着かな。


「ありがとう、トット君。何てお礼を言っていいのかわからないよ」


 オルソー会長の目には涙がにじんでいた。犯人は無事に逮捕されたけど、トムティットはもう帰ってこないんだよな。


「そんな、さっきの言葉は全部トムティットさんのものです。僕はただ、それを伝えたまでです」

「そうか、確かに私の息子らしい物言いだった。君は本当に私の息子と話が出来るのだな。今、息子が何て言っているかわかるかい?」


 目に涙を溜めて、オルソー会長は付き人に持たせている例の鞄を掲げて見せた。その鞄は、僕が取材に持って行ったガイコツ運搬用の鞄だ。僕の頭の中に響いた言葉を、また僕は素直に伝えた。


「……アーヴィング・オルソー会長、あなたを愛しているそうです」


 僕の言葉を聞いて、会長は鞄をぎゅっと抱きしめた。また僕の心が少し寂しくなったけど、もう事件は解決したんだ。僕はジェイソンさんのところに戻った。


「さて、明日の一面記事は決まったな。手伝ってもらうぞ、トット・ランティ記者」

「……え、僕が記者ですか?」

「当たり前だ。この事件を最初から取材していたんだろう? 責任を持って書いてもらうからな」


 ジェイソンさんは僕の頭をぐりぐりと撫でて、肩を叩いた。何だろう、なんかすごいことになってるんだろうけれど、実感がわかないや。これが「達成感」って奴なのかな。


「グズグズするな、さっさと帰るぞ!」

「はい!」


 それから僕は新聞社に帰って、ジェイソンさんと一緒に「トムティット・オルソー殺人事件」についての記事を書き上げた。どこの新聞よりも早く詳しく事件を取り上げたおかげで、うちの新聞は飛ぶように売れた。事件は解決したし、これで全てが本当にめでたしめでたしだ。


***


 トムティット・オルソーが亡くなって数十年が経った。オルソー商会の会長もとうに退き、経営陣も当時の人物は残っていない。ドレバナス商会はステラの一件でオルソー商会の悪質な乗っ取り計画がバレて、クックソン岬の料理屋も畳んで会長はどこかへ逃げてしまった。あの料理屋はおいしかったのに、勿体ない話だ。


「ランティ社長、車が着きました」

「わかった、すぐ行く。先に外へ出て待っていてくれ」


 そして新聞記者として上り詰めた僕は自分で会社を興して、今は社長として忙しくあちこちとやりとりをしている。目標もなくただ新聞社の小間使いをしていたあの頃からは想像もしていなかった世界だ。


『また随分忙しそうだな、トット君』

「ああ、おかげさまでね」


 僕の頭の中に、また声が響いた。トムティットのガイコツは、今や本棚にひとつ区画をとって大事に収められている。大抵の社員は社長の趣味の悪いインテリアか何かだと思って何も言わないけど、このガイコツがなかったら今の僕がいるかどうかよくわからない。第一、僕を社長にしたのは半分以上がトムティットのガイコツのおかげだ。何度彼の助言に助けられたかわからない。


 あの後、僕はトムティットの正式な葬儀に参加した。しかし、ずっと土に埋められるのは嫌だというトムティットの言葉をオルソー会長に伝えて、ガイコツだけをもらい受ける形になった。


 たまにトムティットを連れて僕はオルソー商会へ遊びに行ったり、その他にもいろいろ見物させてやっている。「ランティ社長はガイコツが友達なんだ」っていう人もいるけど、まあ、間違いじゃないんだから仕方ない。


「それに、僕をトット君と呼ぶのも君だけになったよ」

『君は僕の中ではいつまで経ってもトット君だよ』


 そうだ、どうして僕にだけ彼の声が聞こえたのか。僕は何となくわかっている。


「じゃあ、そろそろ行くよ。今夜はここに帰ってこないから」

『わかったよ、トムティット・ランティ社長殿』


 若い頃は仰々しい自分の本当の名前が嫌いで、いつもトットと名乗っていた。でもこうして社長になって、僕は本当の名前を表向きに名乗る決心が付いた。偶然同じ名前を持った男が来たから、神様が良い導きをしたんだろう。


 僕は社長室を出ると、上等な帽子(シルクハット)を被り直した。さて、迎えの者が待っていたな。これで僕の話はおしまいだ。喋る死体は大事にしたほうがいいぞ。では、またどこかで。


〈了〉



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