8.能口 央也
第2章開幕。
登場人物の名前を入れて、人物描写していくのですが、本作は本当に主要な人物以外は、ほぼ名前なし、ですね。
当時、何を考えてこんなの書いたんだろうとか思いますが、それなりの考えがあったのでしょうね、きっと。(自分の事だろう?)
今日は、調子がいい。
こんなに思った通りに投げられるのは、久しぶりだ。
肩を痛めてから、ずっと我慢して走り込みやウエイトトレーニングを重ねてきた効果か?
それとも、投げたくてうずうずしていたその反動か?
いや、違う。
この長くたくましい右腕のおかげだ。
1メートルを楽に超えるこの腕を、目一杯伸ばして投げ込む球は、思う所にどんどん決まる。
そら、こいつも三球三振に仕留めてやる。
ほら…
能口 央也は目を覚ました。
外はまだ暗く、朝というにはまだ早いようだ。
「…そうか、俺たち、負けたんだっけ…」
ふと気になって、自分の右腕を布団から引き抜いた。
左腕と同じ、普通の長さだった。
「そうだよな。腕の長さのせいで負けた訳じゃないよな」
アイツに、海浜のピッチャーに投げ負けたわけじゃない。
自分の失投が、たった一球の失投が、敗北を招いたのだ。
仲間のナインも、いつもは目茶苦茶に厳しい監督も、何も言わなかった。
だれも、お前のせいで負けたとは、言わなかった。
10回を投げぬいて、30奪三振、四死球1という記録だけをみるなら、誰も文句のつけようはなかっただろう。
味方打線も、アイツ一人に完全試合を食らい、誰一人塁に出る事すら出来なかったのだ。
それでも、現実にサヨナラホームランを打たれたのは俺のミスだ。
この、腕のせいだ…
~ ・ ~
「報告します。帝立海浜高校、今年できたばかりの新設校なので、二、三年生は全員転入生です。野球部も、未経験者か、中学でちょっとやったことがある位のもので本格的な部活動として認められたのは、つい先月ですね」
「素人の、集まりなのか?」
サード四番の、キャプテンが尋ね返す。
「ええ。発足の動機も“クラスの親睦を深めるため”とかで、部員全員が3-Aのクラスメイトですね」
「俺たちは、そんな奴らに負けたのか?」
「…事実ですから」
はあぁ…
南洋第一の野球部は、そろってため息をついた。
夏の甲子園出場を悲願として、今まで過酷な練習に明け暮れてきたのである。
それが、わけも判らないようなジャージ姿の新設校に負けてしまったのである。
他校の偵察に回っていた部員も、とりあえず自分たちを負かした学校の偵察や調査に当たっていた。
来年も、再来年も自分たちの行く手を阻むかもしれないのだ。
戦いは、もう始まっているのである。
とはいえ、向こうはそんなつもりは無さそうであるが…
「で、あの隻腕のピッチャーはどうなんだ?」
はっきりいって、あのピッチャー一人に負けたようなものである。
自分たちの打線を、あれだけ完璧に押さえ込んだのだ。
野球選手として、今まで名前が出てこなかったのが不思議な位である。
「えー、未確認ではあるんですが、少年野球とか、中学でも野球の経験はないようですね。誰も、あの格好で野球をするとは思えないですし」
「そりゃ、そうだろうな」
「守れないし、打てないからな」
事実、九番バッターとして打席に立った彼だけは、バットを構える事さえ危なっかしく、当然振り回すなど論外だった。
守るにしても、グローブを最初から嵌めていないのだから、到底無理な話だった。
「だが、投げる球は超一級品だぞ」
「噂を聞きつけて、プロのスカウトがくるかもな」
「俺たちを負かした学校だからな。少なくとも偵察校の数は増えてるだろうな」
「で、あいつの名前は調べたのか」
「ええ、それはすぐ。えっと、“乾 火馬”と書いてイヌイ ヒウマと読むそうです」
「イヌイ、か…」
能口は、その名前を脳裏に刻み込んだ。
クラスの親睦を深めるための“野球部”に負けた方の身にもなってくれ…