6.完全試合 対 完全試合
息詰まる投手戦、では、ないのですよね。
バッターの力の差がありすぎますので。
でも、その力のあるバッターが文字通り手も足も出ない。
そっちの方がはるかに「完全試合」ですね。
このまま負ける訳には行かない。
そんな忸怩たる思いをよそに、ゲームは投手戦のまま、回は順調に進み、延長戦に突入した。
相手ピッチャーの球威は、全く衰えなかった。
いや、むしろ、回を増すごとにスピードが増していくようにすら感じられた。
まるで、肩が温まってきたかのようである。
片腕で、動きも鈍そうで、泣き虫で、野球のなんたるかも判っていないのに、である。
それに反比例して、味方のエースピッチャーの球威は段々衰えてきていた。
絶対に先に点をやれないというプレッシャーと、相手バッターがことごとくホームラン狙いのようにバットを振り回してくるので、迂闊なボールを投げられない事が、消耗を早めていた。
それでも、際どい所は全てボール球にして空振りを誘っていたので、思ったより球数は投げていないことが幸いだった。
延長戦に入る前に記録を見ると、なんと完全試合、それも全員を三振に討ち取っている。
相手ピッチャーも完全試合を達成しており、まだ一塁ベースを踏ませていない。
南洋第一のピッチャーは、確かにいままで、野球エリートな人生を真っ直ぐに進んでいた。
しかし、こんな記録に残る投げ合いを演じたのは始めてである。
それも、相手のピッチャーがあまりにも凄かったからであろう。
実の所、こんな素人臭い打線を完封するのは、自分にとっては当たり前である。
しかし、味方打線は打率四割を誇る強力打線である。
それを、全員三振に切ってとり、点どころか一塁ベースさえ踏ませないとは…
負けたくない。
相手が凄いピッチャーだからこそ、負けたくないのである。
決意を胸に、10回の表のマウンドを踏んだ。
が、この回になって、突然相手バッターは、バットを振らなくなった。
いくら際どい所を投げても、一度も振り回さないのである。
ノースリーになって、思い切って投げた外角高めが、僅かに外れて初めてのランナーを出してしまった。
キャッチャーがマウンドに近寄ってくる。
「記録が気になったのか?」
「ああ、それもあるが…」
名門校のエースピッチャーである。
自分がつい力んだのかも知れないと、認める度量は持ち合わせていた。
もともと、やる気はあっても迫力は感じない相手打線である。
とにかく振れば当たるだろうなどと考えている連中に、一点もやるつもりはなかった。
ただ、今まで全て三振に討ち取ってきたのは出来過ぎである。
普通なら、あれだけ振り回せば少しは掠ったりするものだが、鍛えられた鉄壁の守備陣を信頼していた。
今まで、その鍛練の成果を見せる機会はなかったが…
「あのトップバッター、今までブンブン振り回していたのに、急に振らなくなったからな。こっちのボール球を見透かしたのかと思ってな」
「…そうだな。ストライクを、少し混ぜていくか?」
「ああ。配球は任せるよ」
実際、二番バッターもバットを一度も振らないまま、三振に終わった。
三番バッターも、釣り球の臭い所をついたボールにも手を出さないまま、一度もバットを振らなかった。
負けたくない、緊張感。
何かの拍子にリズムが崩れる。俗に言う「魔が差す」というヤツです。