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短編

私無害な魔女だもの

作者: 猫宮蒼



 ある日突然前世の記憶を思い出した。

 それは、たまたま買い物に出た先で、お店のおっちゃんがお嬢ちゃん可愛いからオマケしちゃう、とか言ってリンゴを一つオマケしてくれた矢先の出来事だった。

 やったぁありがとうおじさまー、なんてニコニコしながら有難く受け取って、そうしてそのままルンルンと弾む足取りで帰宅――するように見せかけて。


「なんっでだよおおおおおおおぃ!?」


 途中の森でそりゃもう打ちひしがれた。

 私の叫びで森の動物たちが逃げたり鳥さんたちが飛び去ってったけど、ごめんな。ここらで一度シャウトしておかなかったら、きっと心が限界を迎えるところだったんだ……


 もらったリンゴをしゃくしゃく齧りながらも、どうにか現状把握に努めるのであれば。


 前世でプレイしたゲームとほぼ同じ世界である。

 そんな世界に私は転生したのだ。


 と、まぁ、これだけなら絶望するにはまだ早いし、何だったら原作知識的なものを活かしてイージーモードで人生過ごせるじゃん? とか思うかもしれないでっしゃろ?


 ところがどっこい。

 転生した私、ゲームの登場人物であったとしても、味方サイドではないのよ。

 そう、敵。

 主人公たちと敵対してぇ、バチバチにバトルしてぇ、そうして最後に倒されちゃうんだよぉ。


 冗談じゃねーぞ!!


 オマケされたリンゴが美味しいから正気を保っていられるけど、そうじゃなかったら今頃血の涙流してたところだったわ。



 まぁ待て落ち着け。

 まだ慌てる時間じゃない。


 敵対するにしてもまだ当分先の話だと思いたい。

 悪役令嬢に転生しちゃったー、みたいなやつよりまだ猶予はあるはず。



 主人公たちはまぁ、ざっくり言えば勇者とかそういう世界を救う感じの連中なんだけども。

 私は別にラスボス側の人間というわけでもない。確実に敵対することが確定しているわけではないのだよつまりは。なのでまだ慌てる時間ではない。



 と言っても、このままだとそれも時間の問題かもしれない。


 今の私、魔女なんだよね。

 魔法を使ったりしてこう、あれこれやらかすタイプの。

 魔女っていっても別に全部が全部邪悪な存在でもないし、だから私も普通に町で買い物できたりしてたわけ。お尋ね者みたいな感じだったらそもそも町に入れない。入った時点で兵隊さんがすっ飛んでくる。


 ただ、ゲームでの私は、悪い人の依頼だろうと対価をきちんともらえばどんな仕事でもやる、っていう嫌な方向にアクティブな魔女でして。

 そう、つまり、魔法を使える便利な奴が対価次第で頑張ってくれるんだもの、そりゃあ悪い人だって利用しようってなるわけよ。

 対価を払わなくてもいいように、なんだったら上手い事自分の陣営に引き込めないか、とか画策してたりもしてたはず。

 そうやって、悪い人達のネットワークで有名になって、あちこちから引っ張りだこだったわけ。


 今の私から言わせてもらえば、悪党の人気を稼いでどうするって話よ。いらんしがらみ増えまくってんじゃん。気軽に足抜けできないやつ。


 で、悪い人達のお願い事を対価次第で叶えていくうちに、主人公たちに悪い魔女の情報が伝わって、善良な人を脅かすその存在、最早許せぬ……! という形で倒されるのである。


 倒したら魔女の拠点のお宝もがっぽりでしたからね。美味しいイベントでしたわ……

 隠しボスみたいな感じでそれなりに強かったけど、レベル上げて戦略しっかり頭に叩き込んで立ち回り間違えなかったら勝てる戦いだったからね。倒した後で手に入るアイテムとかも沢山だったからね。倒した方がお得だったからね……!



 救いは現時点、私はまだ悪い人達と繋がってるわけではない、というところだろうか。

 ならばまだ主人公たちに目を付けられる事はないと言ってもいい。


 って言ってもだ。

 だから悪い人からの依頼は受けないようにしーよお、って思ってもさ。

 まず、生活していく上で必要になるものってなーんだ、ってなるとまぁお金じゃん?

 お金なくても自給自足で頑張れば生きていけなくもないけどでもそれってとても大変なわけで。


 そうなると普通に働いてお金稼いで人間社会の中で生活した方が暮らしは楽なんだよね。

 いくら魔女だからっていったって魔法でなんでもできるわけでもないし、ましてやなんでも魔法で済ませようとしたら早々に魔力枯渇して倒れかねないし。

 言っちゃなんだが魔力だって体力とかと同じで限界は普通にあるからね。精神的なものなら、気合でどうにかならんの? ってたまに言ってくる奴いるけど、気合でどうにかなったら世の中の大半ほぼ気合でどうにかなってんだわ。

 でも別に世の中気合でどうにかなってるわけじゃないから、お察しである。


 いい? 気合でどうにかなるのなんて、一時しのぎ的な何かであって、気合で世界が良くなったりすることはないし、王様の政治が良くなるわけでもないし、税金が下がったりするわけでもないからね。治安が気合だけで良くなるわけも当然ないわけ。


 根性論掲げてる奴とは仲良くなれないタイプの魔女です。どうも。


 で、私魔女だから、お仕事をしてお金を稼ぐにしても、自分の得意な事で稼いだ方が効率いいじゃん?

 そうなると、魔法とかを使うような事とか、魔法のお薬作って売ったりとかなのよ。


 でもそうなると、悪い人に目を付けられちゃうのよね……なんて世知辛い世の中なのかしら。


 他の魔女みたいに人里から離れたところで隠遁生活、ってのも考えたけど、間違いなく早々に暇を持て余す。ある程度年とってから人との関わりが面倒であるだとか、自分の身の回りの生活をどうにかできる目途が立ったとかなら人里から離れた山の洞窟だとか森の奥に小屋建てたりだとかで暮らしていけるかもしれないけど、この年からそれやっちゃうと早々にボケそうで。


 生まれた時から人と関わるのが苦手だとかであれば、まぁ、そういう孤独な生活も有りだったのかもしれないけれど、私普通にそこらの人間社会に馴染めるだけのコミュ力はあったからね……

 それが突然引きこもって誰とも話をしない生活にしてみろ。独り言は増えるしそのくせ話し相手はいないから孤独拗らせてわけわからん方向に捻くれそうな気しかしないんだわ。


 前世だったらゲームとか、動画だとか、まぁ無駄に時間を潰せるものは沢山あった。

 ソシャゲとかな。下手すると時間が溶ける溶ける。

 だがしかし、この世界にそんな物は無い。


 あったらそもそも私魔女としてやってないで別の仕事とかやってた可能性。


 こっちの世界に娯楽がないわけではないんだけど、チェスだとかのボードゲームとかでして。

 生憎私、チェスに面白さを見いだせる以前にルールが覚えられぬ……ッ!!

 そもそも一人だったらチェスもままならんわ。一人二役? 勝敗見えてるだろ既に。

 カードゲームもあるけれど、トレーディングカードとかではなく普通にトランプとかそっち系。いやそれでもないよりマシだけど、一人で時間を潰せるものか、と問われるとちょっと微妙。

 無いわけじゃ……ないんだけどね。


 というわけで、寝食削ってまでのめり込むような娯楽は生憎とないのよ私にとって。

 じゃあそうなると何するか、っていうとね?

 魔女としての知識を学んだりするんですよ。お勉強ですよ。前世だったら考えられぬ。

 課題を終わらせなきゃ、とかレポート……だとかで必死こいてやってた記憶はあるけれど、必要に駆られて仕方なくだった前世と比べて今はやる事がそもそもないから、暇を潰すためにじゃああの魔法薬作るための材料でも集めてくっかー、とか、何かあの薬、まだまだ改善できそうだし色々手を加えてみよっかなー、とか。


 そういうノリでやるのが割といい暇潰しだったんだわ。


 これ身近に親しい異性がいたら性行為とかも暇潰しに含まれてた可能性よ……


 魔女として活動してたからそういった相手はいなかったので、あくまでも可能性なんだけどね。



 ともあれ、自分が何か仕事をするなら、となるとどうしたって魔女としての活動になる。

 こっちも生活がかかってるので勿論慈善事業なんぞではない。

 なのでまぁ、ちょっとすごいお薬とかをですね、作ってほしいと言われたらそりゃもうべらぼうなお値段になるわけなんです。

 お店で売ってるポーションは怪我を治すけど、欠損だとかは治せない。でも私の作る魔法のお薬はそれが可能ってわけ。

 ……まぁそれくらいすご~いお薬なので、当然値は張る。

 そうなると善良な庶民の手には到底手出しできないわけで。

 悪い事してお金持ってる奴らの依頼になっちゃうわけよ……


 ある程度仕事の選り好みができるだけの実力と人脈があればいいんだけど、生憎私にそんなものはない。

 実力はさておき人脈はからっきしである。

 悪い人じゃなくても、下手に権力者と関わるとそれもそれで面倒な事になるからなぁ……


 魔法のお薬じゃなくて魔法関連でお仕事しようにも、そういうの大抵呪殺とかそっち系統だもんなぁ……


 報酬を一切気にしなければ善行もできるだろうけれど、労働の報酬がないとか流石にちょっと。

 えっ、だって好きになれるわけないでしょ。ただ働きとか。サービス残業とか。休日出勤とか。


 ちなみに魔女仲間にはあえて低めの報酬で人助けをしているのもいるけれど、あれは後からまとめて報酬を徴収する感じなので、親切な魔女さんだなぁ、とか思ってると大体後になって泣きを見る。気をつけろ。



 あまり悪い魔女としての悪名を広めたくはない。

 けれど、魔女として仕事をするなら恐らくどうしたって悪い人とのつながりができてしまう。

 お金を稼がなきゃなので、金払いの良い客ってなると……うん。どうしたってそうなるよなぁ……

 だがしかし、悪い魔女として名が売れるとそのうち主人公たちがやってきて悪い魔女を倒してしまえとなるかもしれない。


 今から主人公たちを先駆けて倒してしまえば、という考えも浮かんだけれど。

 でも、主人公たちを倒すタイミング次第ではこの世界を後々脅かす存在を倒す相手がいなくなるかもしれない。早すぎても駄目だし、遅すぎると手も足も出なくなる。だって私別にラスボスの後に出てくる隠しボスとかじゃないもの。

 ある程度ストーリー進んでフラグが立った時点でいつでもチャレンジできるタイプの魔女だもの。チャレンジできる時点ですぐ挑んだらまぁ余裕でこっちが勝てるけど、ラスダン攻略したどころか一度ゲームをクリアした後で挑んだらそりゃもうあっさりこっちが負ける。


 今から私も魔女としての修行をいっぱいして強くなれば……! と思わないでもなかったけど、そのためにお仕事を疎かにするのは本末転倒。


 自分の今後の人生がかかっているので、私はとても必死に考えた。


 考えて考えて考えた結果、ふと思ったのである。

 何も全力で魔女としての仕事をやらなくても良くない? と。


 主人公たちを早期に私が倒して代わりにラスボスを倒すとか意味が分かんないし、主人公たちに敵とみなされなければいいわけで。

 そりゃあ確かにやるなら全力、という気持ちはあるけれど、でもそのせいで自分が死ぬフラグをバンバン打ち立てるのもイヤ。


 考えてみたら、確かにお仕事を全力でやればお金はバリバリ稼げるけど、そのせいで目をつけられたって部分もある。

 じゃあ、多少そこら辺をセーブしてゆる~く程々をキープして稼げばよいのでは?


 そういう結論に至ったのである。



 なので早速私はそんな自分の考えを正しかったのだと思えるようにするべく活動に移った。


 ゲーム内での魔女のお仕事は呪殺もあったけれど、殺すまではしない。

 そういうの確かに稼げるんだけど、悪い連中に目を付けられるし下手に関わったら中々縁も切れないし、かといって悪い連中を皆殺しにしてとんずらも面倒。



 そんなわけで私は魔女としての仕事を始めた時、まずこんなお仕事はじめましたよー、って感じでお知らせする相手に悪そうな人は省いた。ゲームの魔女はきっと金払いの良さで目をつけただろう相手をあえてスルーして、私が顧客として狙ったのはいいとこのお嬢さんであった。



「――魔女、でしたか。そのような方が何故わたくしの元に……という疑問はあるのですが」

「お仕事の売り込みにきました」

 ぺっかぺかの笑顔でもって私はお家の中に入れてくれた貴族のご令嬢に告げた。


 そう、ゲームでもこのお嬢さんは一応登場していたので知っている。

 このお嬢さん、なんとお家の政略結婚でもって望まぬ相手と結婚しないといけないのである。

 家同士のあれこれなら、他人が口を挟む事ではない。ない、のだが……


 この縁談、相手の家からどうしてもとごり押しにごり押され、こっちの家にはロクに旨味もなんもないのに向こうの家のが立場的にも上で断り切れず泣く泣く結ばれたものなのであるッ!!

 そのくせいざ相手が自分の婚約者になったなら、もう手に入ったも同然とばかりに相手の男はこのお嬢さんを蔑ろにして、他の女と浮気をする始末。


 許せる? 許せないよねよし吊るそ、ってなる気持ちは仕方がないと思うの。


 相手が浮気してるのもわかってるけど、こっちの家からだと婚約を破棄も解消も言い出せない。かーっ、身分ってこういう時クソよな! と思うのは仕方のない話。

 こういう一部の身分を自分の私利私欲に使う奴のせいで権力者は皆クソ、みたいな認識が発生するんだぞ。まったく困ったものである。ぷんぷん。


 まぁ、そんなんだから時として下克上って発生するわけで。

 上に文句なんてなかったらそもそも謀反も反乱も……ねぇ?


 確かに中には下の者の我儘としか言えないやつでやらかす場合もゼロじゃないんだけどさ。



 ともあれ、お嬢様に私は自分を売り込みにきたわけだ。

 呪殺とかはしちゃうとほら、婚約者が呪われて死んだとかそれはそれで醜聞になっちゃうから。下手するとお嬢様が呪われていたせいでその呪いがお相手にも~なんて噂が出るかもだけど、私は呪殺を持ちかけたりしていない。

 もっと平和的な呪いを思いついたのである。


「相手の社会的地位がちょっと下がるかもしれないけど、多分確実に婚約はなかったことにできると思うんですよ。お試しでどうでしょう? 一応料金設定こんな感じになってるんですけれども」


 言いながら事前に作っておいたパンフレットを取り出せば、お嬢さんはとても訝しげな顔をしながらも受け取って、そのパンフレットをパラ、と捲って目を通してくれた。


「ふ――ふふっ……」


 そしてお嬢様は崩れ落ちた。ついでに依頼をしてくれる事に決めたようだった。やったぜ初仕事☆ イェイ!



 私がお嬢様に持ち掛けた呪いは基本的には無害である。基本的には。

 相手の命が危険な事になったりしないし、怪我をする事もないし、健康被害はない呪いだ。


 まぁ、ただちょっと世間体とかが犠牲になる可能性はあるんだけど。


 浮気をするたびにアフロになるとか、鼻毛が伸びるとか、そういうのも考えた。

 暖簾のように下睫毛だけが延々伸び続ける呪いとかも考えた。

 でも、それだと相手の悪い部分がハッキリしない。冤罪で呪われている、とか言われたらさ、こっちの商売にも関わってくるっていうか……


 だから、それなら最初から自白させてしまおうと思ったのである。


 私は愛してもいない女をごり押しで結婚させてその身体を好き勝手扱ってその後でごみのように捨てるつもりだった、とかそういう本心を曝け出させる事にしたのである。

 本人の口から自白させてしまえば、言い逃れなどできようはずもない。


 まぁ、その、自白の魔法って実のところ私ちょっと苦手で、余計な副産物もついてきちゃうんだけどね?

 でも、命に別状はないから……



 実際私が呪いをかけたクソ野郎な婚約者男性は、まんまとその呪いの効果によって自爆した。それはもう盛大に。


 とある社交パーティーにて、私の依頼主であるお嬢さんは婚約者からのエスコートもないままに会場入りする事となった。そして婚約者の男性は浮気相手の娘さんを引きつれて堂々の登場。


 その時に、私は呪いを発動させたのである。

 その結果がこちら。


「ふぅん、私に相手にされないからと惨めにも一人でやって来たのか、ぁっ……はぁ、無様だなぁ? どうせこれから先も、んんっ、お前は私の、あぁはっ、機嫌を窺って生きていかねばならないわけだ。精々愛を乞うがいい……あぁんっ。

 ……なんっだこれはあっはあああああん!?」


 ドン引きである。


 ハートマークが乱舞してるようなものではなかったし、別にエクスタシー感じたりはしてないけれど、とにかく言葉の合間合間で喘ぐのである。


 いい年した成人男性が衆人環視の中喘ぐとか、まぁ、うん。引くよね。引いた。

 えっ、何? まさかこんな状況下でその服の下に何かすけべな道具とか仕込んでらっしゃいます? と聞きたくなるような喘ぎ方だった。


 喘ぎ声を抜きにすれば、一応この婚約者男性、お嬢さんの事を嫌ってはいないようだけどその愛情がどうにも歪んでいる。

 嫉妬させたいから他の女に言い寄ってるのかわからんけど、まぁそんな喘ぎながら言われてもさぁ……って話ですよ。


 一緒にいた女性は突如喘ぎだした男性にドン引きしてそっと距離をとってフェードアウトしようとしていた。


 あと、あとな?

 自分でやっといてなんだけど、ぶっちゃけて言うとな?


 野郎の喘ぎ声の需要ってどこなんだろう……?


 そう思っても後の祭り。


 その後も彼は喘ぎの合間でとんでも暴露をしてくれた。


 喘ぎ声がうるさいのでそこを端折るとだ。


 お嬢さんの家はこの男の家より家格が下。

 だからこそ、多少扱いが雑になろうとも文句を言えようはずもない。

 そもそも婚約だって断れなかったのだ。結婚した後の事を考えればそこら辺は言わずもがな。


 なので、そこそこに可愛がりつつも、ついでに他の女にも手を出して愛人についての文句も言えないようにして、それはもう好き勝手やらかそうと思っていたらしいのだ。


 ……最低だな。


 とはいえ、本来ならば白い目でうわこの男最低……ッ!! という感じで見なければならないところを、「あんっ」「はぁんっ」「ひんっ」「ふっ……ぅあっ」とか、まぁバリエーション豊富に喘いでくれるものだから。

 白いついでにとってもなまあたたか~い眼差しを向けられていたのである。


 いくらなんでも相手の家にも不誠実が過ぎる事を堂々と白状した時点で、男だっていい加減己が身に起きた事をわからないはずもなく。

 一体何事だと喚き散らすのだ。喘ぎ声とともに。


 なのでまぁ、名乗り出たよね。お嬢さん以外にもお仕事依頼してくれそうな人は欲しいし。


「はいどうも。お嬢さんの依頼を受けて、婚約者の本心が知りたい、という事でしたので一時的に本心をそのまま自白する呪いをかけた魔女です。

 呪いは命に別状はありません。なおずっと呪われっぱなしというわけでもないので解けます。

 解く方法は簡単です。ある程度喋れば解除されます。

 えぇと、他に依頼がある方は是非」


 あ、こちらパンフレットとなっております、と周囲の人たちに配れば、皆さん貴族なのに案外気さくに「あ、これはどうも」なんて受け取ってくれた。

 あんまり大量に用意できなかったので、受け取った人たちはそれぞれ友人だとか身内あたりで固まってパンフレットを覗き込んでいる。



 ちなみにパンフレットにはさっき自分で言った事以上に詳しい事は別に書かれていない。

 呪いの強さとかを決めるとか、それに伴う料金表とか、そんなものだ。



 喘ぐ事が恥ずかしいから喋らない……となると、困ったことに呪いはいつまで経っても解けない。他の魔女に解呪を頼もうにも、そもそも解き方がわかっていて自力解呪が可能であれば他の魔女もわざわざ自分に頼む必要ないんじゃない? とか言うだろう。

 それでも解呪を頼むのであれば、それに伴う依頼料とかがとんでもない値段になるだろうなとは思う。

 だって解呪ってどちゃくそめんどくせーから!


 明確にどれくらい面倒かっていうのは難しいけれど、個人的な感覚で例えるならば。


 真っ白い床の上に塩と砂糖がぶちまけられたのを、それぞれピンセットで一粒ずつ丁寧に取り分けて分別しろ、とか言われている程度の面倒さだろうか。

 ね? 面倒でしょ?


 自力解呪できるならわざわざそんな面倒な事頼んでこないで自力で解呪しろって言いたくなる魔女の気持ち、ご理解いただけたでしょうか?

 それでも解呪頼んでくるならその面倒さを料金にたっぷり上乗せしてやろうという気持ちも、ご理解いただけるんじゃないかなぁと思われます。

 ちなみに呪い返しというものもあるにはあるんだけど……命に別状のない呪いって呪い返しするのこれまた面倒なのよな。人を呪わば穴二つ、と言うものだから、相手を死に至らしめるような呪いであれば呪い返しも効果を発揮するんだけどさ。

 こういう……人としての心が死ぬかもしれないけど実際命は無事で五体満足元気ピンピンな状態の呪いになると、呪い返しって基本悪意の強さによって成功率変わるものだから……えぇと、はい。私のこの呪いだと呪い返ししても最悪効果がない、なんてことも。何故って基本的には無害だから。




 ――ちなみに。


 この男とお嬢さんの婚約は無事に破棄される形となった。勿論、男側の有責で。

 まぁそうだよね、大勢の前で曝け出しちゃったもんね、本音。今更取り繕おうにも、家の力だけで全てを無かったことにできるはずもない。

 男とお嬢さんの家だけならともかく、他の家にまで醜聞がお届けされたも同然なのだから、そりゃまぁ、なかった事にしようったって土台無理な話なのよ。


 屑男との婚約がなくなって、お嬢さんからはとても感謝されたしお嬢さんの両親からも追加報酬だ受け取れぇい! とばかりに追加ボーナスを頂けた。ひゃふぅ!



 そんなわけで、他にも似たような望まぬ婚約を無理矢理……系のところからいくつか依頼を頂いたよ! ありがてぇありがてぇ。


 その結果、お嬢さんのところと同じように屑だったのが発覚したのが二件。

 本当は相手の事が好きで好きでどうしようもなかったんだけど、どうやってその「好き」を伝えればいいのかわからない、とかいう恋愛初心者未満だったのがなんと四件。

 ちなみにこの四件の中、女性が呪われた側に回ったのが一件である。


 拗らせてんだなぁ……っていうのが素直な感想だよ。



 呪われた以上はさっさと色んな事を喋らないと、呪いがいつまで経っても解けないからまぁ色んな暴露が出たけれども。婚約破棄された件数と同じくらい実は好きだけど言えなかったの……! みたいな案件も増えてたから最終的に雨降って地固まる、みたいな感じに落ち着いたところもそれなり。


 ただ、まぁ。


「本当はずっと前からぁん、貴方の事が、んんぁっ、好きだったのだけれどぉんっ、どうしていいかわからなくっ、はぁ、あぁん、てぇ……」


 とか、喘ぎながら告白されるわけなので。


 まぁ、うん。

 女性の場合はまだしも、野郎の喘ぎ声付き告白はね……まず間違いなく男性が今後尻に敷かれる未来が見えちゃったよね……


 でもさ、こういうお仕事はじめましたっていうパンフレットまで配布したんだからさ。

 その手の連中は呪われる前にさっさと愛を告白しておくべきだったのでは? と思うわけで。


 いやまぁ、うん。

 ちょっと一時期そこかしこでやたら喘いでる人ばっかってなったのはどうかなって我ながら思ってるんだけどさ。でもお仕事もらっちゃったら仕方がないよね。


 政略結婚する予定の王太子と公爵令嬢がお互い依頼してきた時はどうしようかと思ったけれど。

 両片思いであった事が発覚したので、最終的に丸く収まったよ。うん。


 お値段リーズナブル設定だったものだから、お貴族様以外でもちょっと裕福な平民層からの依頼もあって、当初思っていた以上に稼げる形となった。

 まぁそのせいで喘いでる人をしょっちゅう見かける事になったんだけども。


 ある程度喋らないと解呪できないのはそうなんだけど、誰もいない部屋で一人で延々喋り続けるにしてもその場合自白するような事もないから中々解呪が進まないのよな……結局誰か話を聞く相手がいないと呪いが解ける速度が段違いっていうね……ここら辺は今後改善が必要かもしれないなぁ……がんばろ。



 なんてやっていくうちに、気付けば私はゲームで言われていた呪いの魔女としてではなく、真実を明かす魔女として名が知られるようになってしまったのである。

 うーん、露骨な悪事はしてないから、主人公たちに討伐されるような事にはならないと思いたいんだけど……


 なんて思っていたのがフラグだったのか。


「貴方が巷で噂の白日の魔女ですね」


 主人公に声をかけられました。

 えっ、死亡フラグ……!?

 私の死がやってきちゃった感じ!?


 なんて思っていたら。


 曰く、彼らの旅の同行者として参加してほしいとの事。

 えっ?

 いやあの、えっっっっっ!?


 改めて驚き直すくらいに衝撃だったんだよ。

 話を聞けば、彼らの旅の目的でもあるラスボスさんとかその他諸々にこの呪いをかけてほしいとの事。

 あっ、あぁ~、そういえば、彼らの旅の目的ってあいつら倒すのもそうだけど、奴らの企みも暴かないといけなかったんだったっけ……?

 前世の記憶を思い出してからそこそこの年数経過してたものだから、そこら辺の詳細すっかり忘れてたわ。

 自分が主人公さんたちの経験値&所持金ガッポガッポのための礎になるくらいしか覚えてませんでしたわ。むしろそこだけ覚えてるだけでも褒め称えろってなものよな。


 とはいえ私は、確かに一応ボスとして彼らとゲームでは戦う立場だったけれども。

 正直強さに関してはそこまでではない、と言い切れる。


 だからできれば危険な旅にはいきたくないなぁ~と言葉をやんわり濁しつつ言えば、彼らは一体どこで修行してきたのか、何かもうラスダンも余裕でクリアできそうなレベルに至っていた。冒険者としての情報が記されてるギルドカードの彼らの情報というかステータスがえげつねぇ……

 今戦おうものなら確実に負ける。

 戦うつもりがなかったからそうならないために極力善良な魔女としてやってきたわけなんだけど。


 えっ? 善良でしょ? 精々自白ついでにやたら喘がせるだけだもの。

 社会的生命は死のうとも五体満足で生きてるんだから魔女界隈の中ではやってる事とっても善良な方。



 そんな私がこいつらの旅に同行……?

 いや一人だけレベル低すぎて足手纏いになるの明らかじゃん?

 てかこんな状態でのこのこラスダンに行ったら私だけ死ぬんじゃね?


「むりです」


 だからこそ。


 私は全力で断った。

 だが向こうもそう簡単にはいそうですかと諦めてくれる気がしなかったので。


 思わず空間転移魔法で逃げ出したのである。こんなことを想定していたわけじゃないけど、全財産は基本自分の周囲の空間にこっそりと隠してあるから着の身着のまま無一文での逃亡という事にはならなかった。



 ところがだ。


 主人公さんは一体何がお気に召さなかったのか、その後私を諦める事もせずになんと世界各地をあちこち移動して探していたらしい。いやそんな事に時間割いてないであんたの宿敵のラスボス倒してきなよ……


 なんて突っ込んだらもうとっくにラスボスは倒してきたとの事。

 なんと知らんうちに終わっていた。


 では、なんでまだ私に執着してくるんだ。断られたのムカつくから殴らせろとかそういうやつなの……?

 そんな感じでガクブルしていたら、主人公さんとんでもねぇ事を語りだした。


 なんでもあの日。

 そう、私が前世の記憶を思い出して打ちひしがれていたあの日。


 森で叫んだあの日の事だ。


 あの時、実は少し離れた場所に主人公さんはいたらしい。


 そして私があまりにも絶望に満ちた叫びを発していて、その後死んだ目でリンゴをかじりどうにか森から出て行ったのを見送って思ったそうだ。


 あまりにもあまりな姿に、できる事なら助けになってあげたい……と。


 けれどもその時の主人公さんはまだロクに力もなくて、しかもすぐ親に呼ばれて別の場所に移動する事になっていたようなのだけれど、私の事を忘れた事はなかったらしい。

 今は無理でもいつか、貴女を助ける事ができたなら……と。


 あと多分初恋ですとも言われた。多分て。

 お前……絶望した叫び上げた後死んだ目でリンゴ無心でかじる女に惚れたって事? 女の趣味悪いな。引くわ。


 主人公としての困った人を見捨てておけないムーブと圧倒的人を見る目のない恋愛観がミックスされた結果が今だ。


 その後私が魔女として活動を開始し始めて、そうして白日の魔女だとか真実の魔女だとか、まぁ色々言われるようになったのも主人公さんうまい具合に勘違いしていた。


 あの日、私が絶望したと思われたあの日。

 私は何かとんでもない裏切りにあったと思われている。

 言えねぇ、言えねぇよ……前世の記憶思い出したなんて。

 でもその結果私は誰か、大切な人に裏切られて慟哭の叫びをあげた事になっている。


 いたたまれない。誰か……誰か心にも効くヒールとか使える方はいらっしゃいませんか……!?

 下手にそんな事言えば間違いなく主人公さんが名乗りを上げる。お前回復魔法使えても精神的な癒しにはならんだろう。魔法がなくても誠心誠意貴方の心の傷が癒えるのをお手伝いしますとか言い出しかねん……!



 裏切られた結果、私は真実を明かす事に執着するようになったと思われている。完全なる誤解だ。

 主人公さんの中の私、なんだかとんでもない悲劇のヒロインに仕立て上げられている……!

 やめろ私はお前に倒されるのを恐れてなるべく悪事に手を貸さないようにしつつ金を稼ぎたいだけだったんだ……! あっ、普通に理由を述べると割と最低な感じがしてくるなこれ。


「とにかく貴方の助けになりたいんです! 人生の名実ともに!」

「怖い怖い、押しが強い……! 間に合ってます助けとか必要ないですから、私一人で大丈夫なので」

「ですが!」

「私基本的に人畜無害な魔女なので! 特に何かに狙われるような事もないはずなので!!」


 そうだよ別に主人公さんにもこの悪い魔女め退治してやる! なんて言われるような悪事は働いてない。だから、別に、何かに狙われる事だってないはずなのだ。

 ラスボスを倒した後の主人公さんレベルの強敵が私を狙う事とかないはずなので!


 今現在私を狙ってるのはあんただけだよ主人公さん!


 というわけで私は再び転移魔法で逃げた。

 お前から逃げ切れば私の人生は安泰なんだ! そういうわけでオサラバなんだぜ主人公さん!!



 そんな気持ちでもって全力で逃亡した私は気付かなかった。



 主人公さん目線だと私、頑なに人の良心を信用しないで孤独であろうとしているマジ悲劇のヒロインだという事に。


 かくして私は、この後も主人公さんに追い掛け回される事になるのであった。

 私を脅かすのはやっぱり主人公さんだけだよこんちくしょう!

 次回短編予告

 聖女もの。恋愛とかないので安定のその他ジャンル。

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― 新着の感想 ―
喘ぐの草 久しぶりに笑いましたwww 依頼者の婚約者がクズじゃないパターン、夫婦になってからもたまにからかわれつつ仲良く過ごしそう 勇者くんの勘違いも納得の展開でしたw善意とは言え立派なストーカーよ.…
[良い点] 話の進め方がとても楽しかったです [気になる点] 最終的には追い詰められて結婚するのかな?
[良い点] ・雰囲気が明るく、楽しく読める ・魔女の行動にも主人公の勘違いにもちゃんと納得できる理由がある ・文章のテンポや言葉回しがよくて、この長さの短編とは思えない程一気に読めた。 [気になる点]…
感想一覧
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