第七話 前触れ
ヤーボン狩りをしていた場所からさらに奥へ進み、本格的なフロンティアに足を踏み入れたペドルら冒険者。小さな山を一つ越えて、山間の行軍に苦労しながらも大きなアクシデントなく分水嶺を跨いだ。異常事態に見舞われたのは小さな川を辿っている時だった。
そこは陽が差し込む小さなギャップになっていた。酷い腐乱臭が漂っていて、ペドルたちがそこに来た時には群がっていた小動物が散っていった。その惨状のそばには輓獣のいない幌馬車が横たわっている。それは明らかに冒険者の遺体であった。
「スノー、こいつらの死因が分かるか?」
「少なくとも餓死とかじゃないわね。雨で消えかけているけど血痕が飛び散っているし、馬車の食料はまだ余裕があるわ。酷い食い荒らされようね。死体から死因を特定するのは難しそうだけど、こっち、馬車には弾痕がいくつか見られるわ」
彼女は馬車の方へ行き、帆布に空いた小さな穴を指でなぞった。
「じゃあ、身内で殺し合ったとか、他の冒険者パーティーとの戦闘とかか?」
「たぶん、それも違うわね。ケニー、ヘイルヴィルどう? 弾は見つかった?」
幌馬車とその周囲を見て回っていた二人は、呼びかけられて首を横に振った。
「弾がないか、なるほど」
「『ミズダメ』ですネ」
「だな」
ペドルは号令をかけて、全員を集めた。
「この冒険者をやった犯人は『ミズダメ』っつう原生生物の可能性が高い。ミレーニャ、ミズダメの説明を頼む」
「ミズダメはリクガメのような手足を持つ大型の原生生物デス。ダーツバードの脅威から身を守るために、背中には雨水や自分の排泄物を貯める窪みがあり、危機を察知した時は水たまりの水を散弾銃のように前方へばら撒きマス。銃弾が見つからなかったのは、これのせいでショウ。ただ、ミズダメはとても温厚な性格をしているので、普通は攻撃されることはないのデスガ、もしかしたら彼らはミズダメにちょっかいをかけてしまったのかもしれまセン」
「ということだ。ミズダメを見かけても絶対に攻撃をするなよ」
ペドルはミズダメについてのことをパーティーに周知させた。
その後、放棄された馬車の荷物を自分たちの馬車に積み込み、再び川に沿って進み始める。そうすると目指す方向に太陽が沈んで、辺りを暗闇が包む。それを目安に彼らは行軍を止めて一晩逗留の準備をする。逗留地を確保するために鉈で藪を切り開き、そこへアンスロ式のテントであるティーピーを二基立てる。一端を結束させた支柱に帆布を被せ、杭で固定する簡単な工程で立つそれは冒険者に重宝されている。ティーピーの内部では火を焚くことができ、スノーとミレーニャが夕食の支度をしていた。
ペドルがティーピーの外の焚き火の前で何やら作業をしていることに気がついたヘイルヴィルは、スノーたちの手伝いを中断して彼の横に腰を下ろした。
「それってさっきの冒険者の徽章か?」
ペドルは数枚の銀色の金属板を焚き火の光に照らして、そこに目を落としている。
「ああ、ヘイルヴィルか。徽章は死んだ冒険者の遺灰代わりみたいなもんだ。回収してやらないと可哀想だからな」
彼は明滅する炎に苦労しながら、プレートを注視しているようだ。プレートに何か刻印されているのだろうかとヘイルヴィルは疑問に思った。
「何か書いてあるのか?」
「ん? なんだ知らないの? プレートにゃあ自分で名前を彫るのが結構ポピュラーなんだぜ。ど素人が彫るからどれも蛇みたいなふにゃふにゃの字体で名前を読み取るのに苦労するんだよな」
「……俺も彫ろうかな」
「いいのか? ヘイルヴィルは本名じゃないだろう?」
「もうそう呼ばれるのも慣れたよ。本名が違くとも、冒険者としての俺の名前はヘイルヴィルだ」
「ハハハ、なんだか嬉しいね。やるなら、焚き火の近くとかの明るいところで彫れよ」
ペドルとヘイルヴィル、横並びに座ってそれぞれの作業に没頭する。ペドルは一通りプレートに刻まれた名前を確認すると、盛る炎に投げ込んだ。それらは炎の中で淡いオレンジ色に輝き、冒険者として命を賭した彼らを讃えている。この炎が消沈すると、灰と共に灰燼として黒変したプレートが残るのである。彼らの夢はそこで潰えたことを告げるように。
いつしか手持ち無沙汰になったペドルは、ビーズで首かけの装飾がなされた自分自身のプレートを撫でる。それはマウンテンマンと冒険者、両方の彼の性を表す象徴であった。
その横でヘイルヴィルがプレートにうまく名前を刻み込めたと歓声を上げた。