第六話 新天地へ
冒険者の主たる活動はフロンティア・ライン以西の冒険であること。これは探検・冒険会社が定める冒険者のあるべき理想形である。
しかし、人類の足跡が一切ない未踏の地での生存はSランク冒険者ですら保証されない。故に多くの冒険者がローリスク・ローリターンなクエストの受注を生業としている。しかし、冒険者が大いなる名誉と財産の潜在的な価値を含むフロンティアの危険な冒険に憧れを抱いているのもまた事実である。ある冒険者は金鉱を発見したことで一夜にして何千万という大金を獲得し、ある冒険者は最初の到達者としてあらゆる地に名前が残っている。
ペドル・ショショーニはそんな冒険者の理想たる大志に想いを馳せる一人だった。彼は冒険者パーティーのリーダーとして次なるフロンティア入りの目的を『新天地到達』と銘打った。
ペドルたちは長期行に耐えうる物資を、新たに購入した二台の幌馬車に積み込んだ。食料品、医療品、道具類、テント、馬車が故障した時の予備パーツなどが主である。皆はこのフロンティア入りに希望や情熱を抱いて、獅子奮迅の勢いで準備していた。ただしヘイルヴィルを除いて。彼はこのフロンティア入りに漠然とした不安を抱えていた。だから、準備に積極的に参加することなく、砦の比較的に人が少ない西側に腰を下ろして、フロンティアの山々を呆然と眺めていた。
「よっ、心配か?」
そこへそんなペドルの声が割り入ってきた。
「たぶん、そうかもしれない。何なんだろうな、この不安は。全然、正体が掴めない。ずっとあるんだ、最初から」
ヘイルヴィルは右腕を掲げる。乾いた空気を貫く陽光が、刺青の周りを赤く染めた。
「それはお前が記憶喪失だからに決まっているだろう? 西部にわざわざ自分から来る連中は、もっと原始的な欲望に忠実な目標を持っているんだ。金持ちになりたい、有名人になりたい、女にモテたい。下品だがそういうのが健全な人間っていうやつだろうな」
「……そっか。俺はこの右腕の言葉に従っただけだもんな」
「お前はもっと健全になったほうがいいと思うぜ。どうだ? 今くらいパーっと欲望を解放してきたら。怖いならついていってやってもいいぜ」
ヘイルヴィルは真顔でそんな馬鹿げた提案をするペドルに思わず噴き出してしまった。
「な、何がおかしいんだよ!」
「リーダーにはいつも助けられる。今も緊張が和らいだ」
ペドルは心底不思議そうに首を傾げている。
「俺は西部で記憶を取り戻して、必ず家族の元へ帰る」
彼は言い聞かせるように、フロンティアの方へ向かってそう宣言した。彼の清々しい横顔を見て、ペドルは安堵した。
「やっぱりオレの勘に狂いはなかったな。お前は優秀なガンマンだった。お前にこれを渡しておく」
ペドルはヘイルヴィルにライフルを渡した。それはごく一般的なレバーアクションのものに似ていたが、従来のものと若干異なっていた。本来銃身の下にあるはずのチューブ型の弾倉が見当たらないし、重量もかなり感じる。普通あるはずの検査官の名前や製造番号も刻印されていなかった。あるのは『アドベンチャー・シューター』という銃器名らしい刻印だけだ。
「それなんだが、ツテで入手した試作品なんだ。特殊なカートリッジを使うらしくてな、そのせいで弾倉を箱型にせざるを得なくなったらしい。これがそのカートリッジだ」
彼はポケットから黄金色に輝く中指ほどの大きさのものを取り出した。
「.30-M1オリハルコンスピッツァー弾。弾頭が虹金で火薬も相当な量入っている」
それは普通の銃弾とは全く異なっていた。先端が尖った流線型の弾頭に、大きな薬莢。弾頭は虹金らしい構造色に似た魔術的な色合いに輝いているが、それは魔術師にしか知覚できない。彼らにはただの銀白色に見える。
「見た目通り貫徹力に重きを置いた新型のカートリッジだ。詳しいことは分からんが、虹金の速度に比例して硬度が増す特性を活かして鉄板くらいなら貫通させられるらしい。この先、フロンティアにはヤバい原生生物が山ほどいる。普通の銃火器が通用しない奴とかな。これは対原生生物を見越して作られた最新型。弾もその一発だけだ。お前だから任せられる、ヘイルヴィル」
「ああ、任された。行こう、フロンティアへ」
遂にペドル冒険者パーティーは名もなき砦を出立し、新天地を求めてフロンティア冒険にチャレンジする。