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GO! WEST!  作者: tarorin
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第五話 暖かな記憶

 それからヘイルヴィルはペドル冒険者パーティーのガンマンとして様々なクエストに参加した。今日も彼らはヤーボン討伐のためにフロンティア入りし、その樹海を手分けして探索していた。ヘイルヴィルはスノーと行動を共にしている。その道中、彼女は目ぼしい草木を見つけると、それに関する蘊蓄を披露し、ヘイルヴィルは一々それに関心を示すのだった。


「この花はシャクアサゲ。匂いを嗅いでみて」


 ヘイルヴィルはスノーに差し出された鮮やかな赤色の花に鼻を近づけた。すると、スーッと紅茶に似た爽やかな匂いが香ってきた。


「良い匂いだ」

「この花弁を乾燥させると、かなり良いお茶を淹れられるのよ」


 ヘイルヴィルは匂いにつられて、花の蜜を吸おうと口を近づけた。


「あ、蜜を吸うのはやめといた方がいいわよ。強力な毒だから」

「え!?」

「この毒で起きた暗殺事件をアタシはいくつか知っているわ。養蜂場の近くにこれを植えるとミツバチはこの花の蜜も集めて、簡単に毒蜂蜜が作れるの。それを要人の食事に混ぜることができたら……」


 ヘイルヴィルは乾いた笑いで湧き出た恐怖を誤魔化した。その時、彼はなんらかの動く気配を感じ取った。ジェスチャーで彼女にそれを伝えると、彼は気配の近くへ移動した。茂みの隙間から覗くとそこにはヤーボンがいた。それは樹木の根本にピッタリと着き、樹皮に身体を擦り付けていた。彼はこれをチャンスと見て、ピストルでも狙える場所まで近づく。振り返ると少し離れた茂みにスノーも待機していた。この時、彼女が何か怪訝な顔をしていたことに彼は気がつくことができなかった。


 ヘイルヴィルはホルスターからピストルを抜き、一気に茂みから躍り出た。染み付いたガンスキルが彼の身体を突き動かし、一秒にも満たない刹那でヤーボンに一発の銃弾を浴びせた。それから一拍だけ遅れて、後方のスノーが叫んだ。


「ヘイルヴィル! すぐに離れて!」


 彼はかろうじて逃げ出すための右足を踏み出すことができたが、遅かった。彼の頭上に空気を切り裂くような風切り音が鳴ったかと思うと、次の瞬間には彼の左ふくらはぎを三本の『槍』が貫いた。


「—————!」


 ヘイルヴィルは声にならない悲鳴をあげる。それでも気合いでスノーの元まで走り切った。彼女はすぐに彼を楽な姿勢に寝かして、ふくらはぎに目をやった。


「まずいわね……。まさか『ダーツバード』なんて」


 彼のふくらはぎを貫通していた槍は『ダーツバード』と呼ばれる原生生物だった。その直線的に鋭く尖った嘴が肉を貫き、脛にまで及んでいた。三羽の鳥は今も抜け出そうと羽をばたつかせ、患部をかき回している。それが苦悶となってヘイルヴィルの表情に現れていた。彼女は手早く刺さったダーツバードを締めると、丁寧に抜いた。溢れ出す血液を止めるために麻布を重ねる。


「近くにあったシャクアサゲ……、蜜を吸っていたかもね」


 彼女は薬箱から鎮痛薬を取り出し、彼に飲ませた。そして脂汗の滲む彼に、言い聞かせるように落ち着いた声音で現状を説明する。


「よく聞いて。ダーツバードは基本的に虫や木の実しか食べないけど、ときどき蜜を食べることもあるの。もしかしたらシャクアサゲの蜜も吸っていたかもしれない。それが嘴に付着していたら、あなたの身体の中では毒が回り始めているわ。手遅れになる前に患部から瀉血をする。いい、これは死ぬかもしれない治療よ。死にたくなかったら気合いをいれて」


 彼女は鮮血で重たくなった麻布を剥がし、指圧によって血液を押し出し排出する。それには酷い激痛が伴った。ヘイルヴィルの意識は瞬く間に遠のいていった。


————あなた、あなた。生まれたわよ。私たちの子。あら、泣いているの? ウフフ、ありがとう。ほうら、あなた手を出して……


 ヘイルヴィルは微睡む意識の中でそんな断片を夢見た。人肌の揺籠に包まれて穏やかな陽光のもとにうたた寝をしているかの如き暖かな記憶だった。

 彼が目覚めたのは砦内にある宿泊施設の一室、そのベッドの上だった。あれからスノーが意識のない成人男性をペドルたちの元へ運んだのだ。さぞかし辛かっただろう。ヘイルヴィルはスノーらに感謝してもしきれなかった。だから、怪我が完治したあかつきにパーティーメンバー全員にご飯を奢ることにしたのだ。


「うめぇ、悪いねヘイルヴィル」


 ペドルはテラテラとした肉汁が溢れるロングホーンのステーキにかぶりついていた。


「怪我はもう大丈夫なんデスカ?」

「ああ、この通り」


 ヘイルヴィルはミレーニャの前で飛び跳ねてみせた。


「この前までびっこ引いてたんだから、あんまり無理しないことね。痛みがぶり返すわよ」


 スノーはヘイルヴィルに見向きもせずにステーキを頬張っている。


「ヘイルヴィルさん、聞きましたよ。毒で意識がなかった間、昔の夢を見てたんですって? 奥さんとお子さんの」


 ケニーの問いかけにヘイルヴィルは頷いた。


「僕、思ったんですよ。ヘイルヴィルさんはその奥さんとお子さんのために西部(ここ)に来たんじゃないでしょうか? 僕は故郷の国に家族を残してきました。あっちでは農業をしていたんですけど、それだけじゃあきっと、子供達に僕と同じような貧しい思いをさせるばかり。だから、こっちで広大な土地を手に入れて大農場を経営して、あいつらを迎えにいってやりたいんです。この手付かずの大地なら希望があるって、そう思ったんです。記憶を失う前のヘイルヴィルさんも、もしかしたら僕と同じように家族のため……なんて根も葉もない推測ですけど」


 ヘイルヴィルは右腕の刺青に目を落とした。あの暖かい記憶が思考にこびりついて取れない彼が、ケニーの妄想に近い推測を自然なものとして思い込むのも無理はなかった。彼は冒険者としての活力に家族を当てはめ、いつか家族の元へ帰らなくてはならないという使命を芽生えさせた。『GO! WEST!(西に行け!)』という言葉を胸に刻んで。


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