第四話 ガンマンの記憶
ペドル冒険者パーティーは山麓の樹海に足を踏み入れた。
「リーダー、これ」
スノーはペドルを手招きして呼んだ。幌馬車の後ろを行く彼女が何かを発見したようだった。ペドルは彼女の指さす先を凝視する。そこには爪が特徴的な動物の足跡が泥濘に刻まれていた。
「ああ、『ヤーボン』だ。近くにいるな」
「渓流の水音が僅かに聞こえマス。もしかしたら巣があるのかもしれまセン」
頭の耳をちょこまかと動かして集中していたミレーニャがそう報告した。
「早々の遭遇に期待できそうだ。みんな、あまり音を立てないように行こう。馬も一旦ここに係留させておく」
馬をつないで身軽になったパーティーは周囲を警戒しながら、さらに奥へ進む。
今回のこのフロンティア入りの目的は『ヤーボン』と呼ばれる原生生物をターゲットとする討伐クエストの報奨金である。クエストとは探険・冒険会社が斡旋する民間ないし政府もしくは探検・冒険会社を依頼主とするフロンティアに関する仕事のことである。討伐クエストとはその中でも商業的に有用な原生生物の狩猟や、西部開拓に邪魔になる危険な原生生物の駆除などを内容とするクエストのことだ。受注は冒険者ギルドのクエスト掲示板から可能である。手軽な金策のため、多くの冒険者がこれを生業としている。
「ありました、ヤーボンの毛です。ほら、ここの木の根本」
ケニーはヤーボンの手がかりを報告する。
ヤーボンはその毛皮が防寒、ファッションとして優秀なため高値で取引されている。彼らは水流の穏やかな水辺に巣穴を掘って生活をしている。寄生虫を振り落とすために、樹皮の粗い木や岩に体を擦り付ける生態を有しているため、その手がかりがあるということはここに彼らの生活が根付いている証拠であった。
それと同時に斥候として先行していたミレーニャが戻り、渓流の存在を知らせた。パーティーはミレーニャの知らせた場所へ急いだ。
そこは木々の間を縫うようにして流れる糸のような細さの沢であった。茂みの影から観察していると、川の脇に動く影があった。短い四足をのっそのっそとさせて、茶色い毛玉の塊が動いている。特徴的な平べったい尻尾はその動物がヤーボンであることを示していた。
それを見て、ペドルは無言でケニーとミレーニャに手振りで合図を出す。そして、ヘイルヴィルには耳打ちで指示を出した。
「ヘイルヴィル、ケニーをよく見ていてくれ。これからヤーボンを仕留めるためにライフルを撃つ」
指示通りにヘイルヴィルはライフルをぎこちなく担ぐケニーの横に立った。彼の握る銃は機関部が真鍮製の黄色であることによって奇妙な上品さを醸し出している。その雰囲気はそのライフルが比較的新しくて良いものであると、記憶のないヘイルヴィルにも感じとれた。
ケニーは立ったまま、沢のそばで動きを止めたヤーボンに銃口を向ける。その腕は筋肉の強張りからか震えていた。その構えを見て、ヘイルヴィルの中に沸々と古めかしいようなイメージが湧き上がってきた。それは明確な映像ではなく感覚、指を動かすために一々筋肉の動きを意識しないように生来から本能に刻み込まれているかのような一種の習慣であった。次第に手に残る金属の冷たさや激しく揺れる馬上の光景などが、後から尾を引くように付いてきた。それはまさしく『ガンマンの記憶』であった。
ヘイルヴィルは古い記憶に従い、ケニーの震える両腕を後ろから支える。
「膝をついて、立つ必要はない。左膝は立てて皿に左肘を乗せるんだ。頬はストックに押し付けるようにして照準を覗き込む。中心にターゲットを捉える」
ケニーは言われるがまましゃがみ込んだ。
「呼吸を整えて。一発で済ませるんだ。二発目はない。ここを意識するんじゃない、決して」
ヘイルヴィルはチューブ型の弾倉をケニーの意識外に追いやるために手で覆う。
「君の右手指にかかった引き金を引けば撃鉄が起き、弾頭があいつ目掛けて飛んでいく。その軌道は直線ではなく沈み込むということを忘れるな。呼吸がまた乱れている。戻すんだ」
ヘイルヴィルの落ち着いた声はケニーを集中の園へと誘った。今や彼の筋肉は完全にリラックス状態にあり、一糸も動いていない。ヘイルヴィルは彼を補助していた手を離した。発射のタイミングは彼に一任することにしたのだ。
彼は引き金を引いた。硝煙と破裂音が一緒になって同時にヤーボンの頭を撃ち抜いた。銃声が森の中で木霊して、雲散霧消した。
「ナイスショット!」
ペドルの歓声が響いた。
初めにヤーボンを仕留めてから、極めて順調に計七匹を狩ることができた。そこから得られる毛皮の収入だけで五人の一ヶ月分の生活費を賄うことができる。ゆえにこの夜の夕食は宴の様相を呈していた。
もちろん立役者たるヘイルヴィルは話題の中心にいた。
「ありがとうございました! ヘイルヴィルさん! あなたのおかげですよ、全弾命中なんて偉業!」
ヘイルヴィルはケニーが鼻息を荒くして称えてくれるのを照れくさそうに受け流した。スノー手製のヤーボン肉のシチューを照れ隠しに啜る。それから鼻に残る獣臭をラム酒で洗い流した。
「でも、本当に何者なんですか? ヘイルヴィルさんが耳元で囁いてくれるだけで、なんだかスッと身体が動くんです」
「そういえば、あなたどうして西部に来たのよ? 記憶喪失なんでしょう?」
スノーは鍋から器によそう手を止めて、ヘイルヴィルに質問した。それに答えるためヘイルヴィルは袖をめくる。皆が彼の右腕に注目した。
『GO! WEST!』
そういう文字の刺青が彼の右腕に描かれていた。華やかさの欠片もないダサいフォントのそれは到底オシャレのために入れられたとは思えなかった。
「俺は気がついたら西部行きの汽車に乗っていたんだ。この墨はその時には入っていたよ。俺はこの言葉が過去の記憶の手がかりになるんじゃないかと思って、言葉の意味通りにここへ来たんだ」
「記憶喪失前のお前が、記憶喪失後の未来のお前に宛てた言葉……ね。なんだか面白いな、謎解きみたいで」
「リーダー、デリカシーがないわよ」
「ヘイルヴィルさん!」
その時、ケニーがグッと彼に近づいて両手で彼の手を握った。
「僕に記憶を取り戻す手伝いをさせてください! 銃法を教えてくれたせめてものお礼がしたいんです!」
その熱き視線にヘイルヴィルは思わず笑みが溢れた。記憶の中ですら孤独だった自分にも味方ができたのかと安心したのだ。
「ケニー、お前だけじゃない。パーティーは助け合いの掟でまとまった集団だ。パーティーメンバーが困っていたら助ける。それは平等に公正にもたらされる。新人にもな」
ヘイルヴィルは皆の顔を覗いた。誰もが穏やかな表情で彼を迎えていたのだ。
「ありがとう……」
彼の口からそう溢れた。