第二話 ヘイルヴィル
「給仕の姉ちゃん! こっちにエールを二つと、なんでもいから飯!」
彼は冒険者登録を済ませた後、助けてくれた男に誘われて階下のサルーンの一席に着席した。
男は遠くの方にいるウェイターに声を張り上げて注文している。しかし、その叫びはサルーン内を包む客たちの喧騒でかき消されてしまっているようだ。ウェイターの女性はピクリともこちらに反応しない。
男は注文を諦めて彼に向き直った。それを好機と見た彼は会話を始める。
「さっきはありがとう」
「構わねえよ。オレが助けたくて助けたんだからな。っていうか、やっぱり言葉は通じるんだな」
「なあ、なんで助けてくれたんだ? 俺ってここの人らからすれば余所者なわけだろ」
「ここはありとあらゆる危険が跋扈する西部だ。人と人が助け合わねえで生き抜けるわけがない。案外、そこら中の強面も優しいモンだぜ。ま、オレは打算でアンタを助けたけどな」
『打算』という言葉に彼は首を捻った。男は続ける。
「アンタのそのナリ、オレの勘から言わせて貰えば相当腕の立つ『ガンマン』に見える。違うか?」
男は机越しに彼の腰を指差した。彼は意識して腰のホルスターに手を添えた。そこにはくすんだ銀色のリボルバーが納められている。
「悪人顔には見えねえし、名の知れた保安官か? そういや、アンタの名前は?」
「……すまない。俺はこの拳銃の名前すら分からないし、自分の名前だってそうだ。俺は何も憶えていないんだ。その……たぶん俺は『記憶喪失』ってやつかもしれない」
男は彼の言葉にぽかんと口を開けた。少しの間を置いて納得したかのように手を叩いた。
「なるほど。だから冒険者登録で手間取ってたのか。じゃあ、とりあえずオレはアンタのことを『ヘイルヴィル』と呼ぶことにするぜ。ちなみにヘイルヴィルはオレの実弟の名前だ。あんまり気にするな。ところで、オレがアンタを助けた理由だが……」
「エール二つと、蒸かし芋お待ちどう。ごゆっくり」
ここでウェイターの女性が忙しない動きで食べ物を運んできた。どうやら先ほどの注文が通っていたようだ。彼女はヘイルヴィルたちを一瞥することもなく、隣で叫ぶ客の元へ飛んで行った。
「まあ、食え。貧相だがまずかない。薄いエールにはピッタリのつまみだ」
二人はエールと芋に一口ずつ手をつけた。男は会話の続きを思い出したかのように口をひらく。
「助けた理由は、アンタをオレの『パーティー』に招待するためさ。冒険者なりたてとしては悪くない提案だぜ、マジで。冒険者が一人でフロンティアに入ることはほぼない。なぜなら、一人だと知識不足と武力不足ですぐに死ぬからだ」
「『パーティー』っていうのは、なんだ?」
「複数の冒険者で構成された小隊みたいなもんさ。数十人で組む大所帯もあるが、うちはオレ以外に三人の少数パーティーで緩くやってる。オレのパーティーなんだが、みんな銃に関しては初心者でな、見よう見まねでやってるんだが、そろそろ限界で経験者が欲しかったところだったんだ。どうだ? オレと一緒に冒険者をやってくれないか?」
男は右手を差し出して、握手の形をとった。しかし、ヘイルヴィルはそれに応えられない。
「俺は記憶喪失だから、自分がガンマンかは分からない」
「いいや、アンタは優秀なガンマンだ。オレの勘がビンビン唸っている。間違いない。だから、アンタはオレの手を取るだけでいい」
ヘイルヴィルから見た男の瞳に曇りは一切なかった。心の底からその言葉を発しているようだ。自分が何者か知りたいヘイルヴィルにとって、男のその清々しい断言は心揺るがされるには十分だった。
彼は男の右手を握る。
「分かった。俺も期待に応えられるように最善を尽くす」
「ありがとう。オレはペドル・ショショーニ。Bランク冒険者だ。よろしく頼むぜ、ヘイルヴィル」
男は熱い笑顔で彼を歓迎した。
「なんて呼べばいい? 隊長とかの方がいいのか?」
「『リーダー』で頼む」