第十話 踏み越えた先に
ヘイルヴィル、いやウェストかもしれない。その男の見る世界は揺れていた。彼は全てを思い出した。
「俺は…俺は! 西部へ死にに来たんだ……」
右腕の言葉が震える。『GO!WEST!』と。彼は右手を拳銃に伸ばす。それを止めたのは死に体のペドルだった。
「……ヘイル…ヴィル……頼む…夢を……西へ…西へ…持っていってくれ!」
「もう嫌なんだ……あの時から死ぬために生きていた…」
彼は血の染みる地面に顔を押し付けた。
「…思い…出したのか……最悪だった…らしい」
ペドルは苦しそうに吐血した。
「ハッ! リーダー!」
彼は反射的にペドルを心配して体を起き上がらせた。それを見てペドルは安堵したような顔を見せる。
「……なんだ…ヘイルヴィルは…死んじゃいなかった…のか……今のお前は…『ヘイルヴィル』…なんだろう? これを…」
ペドルはヘイルヴィルに自分自身の冒険者徽章を渡した。それは高価なビーズで装飾された首かけに提げられ、ペドル・ショショーニの名前が丁寧に彫られていた。
「みんなのも…どうか…持っていってくれないか? オレの…夢…なんだ…みんなで新天地に…行こう…ヘイル…ヴィル…頼んだ……ぞ………」
「リーダー? リーダー!」
ペドルの心臓はとっくに止まっていたのだ。薄れゆく意識の中で『夢』をヘイルヴィルに託して去っていった。彼はペドルたちの遺体を安置すると、立ち上がった。
「行かなければ」
彼の右手にはペドル、ミレーニャ、ケニー、スノーのプレートが握られている。ヘイルヴィルという男は夢を持って西へ進む。
彼の左腕の怪我は日に日に悪化していった。西へと進むごとに傷口は化膿し、三日後には肩から先が動かなくなった。それでも彼は進むのを止めない。意地だった。ヘイルヴィルとして、まだ死ぬことはできなかった。
彼の執念が功を奏した。遂に到達する。ペドルが望んだ新天地へと。
山麓の森が途切れた瞬間、左腕の痛みで息も絶え絶えのヘイルヴィルの視界に雄大な景勝が飛び込んできた。遥かなる蒼穹のもとで大気によって霞む秀峰が聳立し、背景まで遠大に続く若草色のカーペットが大地を覆っていた。空を鏡のように映す広大な湖が峰々のお椀に満ちていて、それを科戸とする冷涼な風が心地よくヘイルヴィルを叩いた。明るい植物たちは葉擦れの合唱をし、疲れ切ったヘイルヴィルを包み込んだ。
彼はこの大地に身を預ける。そうすると視界は限りない蒼一色に染められて、その単調なキャンパスを時々、たなびく白雲と自由に飛び回る鳥たちが横切った。生きている、そんな匂いがした。
ヘイルヴィルはみんなのプレートを掲げる。
「ケニー、スノー、ミレーニャ、リーダー……着いたよ」
ヘイルヴィルは掲げた右腕に刻まれた言葉に目をやった。妻と子供、その顔をはっきりと思い出して。
「今、帰るよ……ただいま」
ヘイルヴィル、そしてウェストはここに眠る。フロンティアに吹く風が彼を天まで運んでいった。
——エピローグ——
「おーい! ガザンバラ! 何か見つけたのか?」
その男はたった一人のパーティーメンバーである大男に声をかけた。大男はこの『新天地』に到達した瞬間から、嬉しさを我慢できずに走り回っていたのだが、その途中で何かを発見したらしくピタリと足を止めてしまった。
「フン! どうやらオレらが初めてじゃないらしい。先駆者様や」
大男の指差す先には、白骨化した冒険者らしき遺体が原型をとどめて転がっていた。大男は骨の下に埋まっていたプレートを見つけ出すと、その名前を確認した。
「ヘイ…ル…ヴィルか? 錆びてて読みづれえな」
「先を越されてしまったということか」
「チェ、砦つくんのに絶好の場所だから『ガザンバラ砦』っつう名前にしようとしてたのによ」
大男は先ほどとは一転、不機嫌となってしまった。
「仕方がない。そう気を落とすな。とりあえず、彼を埋葬したら丸太小屋の建設から始めよう。新たな砦の建設だ。フロンティア冒険とはまた違った困難がある。お前の力を頼りにしているぞ」
「へいへい」
その出来事から数年後、『ヘイルヴィル砦』と名付けられたそこを含めた一帯はセシル準州として自治が認められるようになり、極西部と東部を繋ぐ中継地点として繁栄していくのだが、これはまた別のお話。
このお話は前日譚となります。気が向いたら本編を執筆するので、その時はどうぞよろしくお願いします。




