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第一王女アテナ・ネレウス ②

 

 こんがりと焼けた肉の香ばしい匂い。

 甘酸っぱい果実とほのかに香る香辛料。

 目に映る光景はまさに絵画のように幻想的。

 街を歩く人たちは獣耳、エルフ耳、ヒレのような耳など種族は異なっているのに違和感を感じない。

 賑やかな雰囲気、笑顔溢れる風景。

 スマホの画面越しでしか見えなかった景色が歩けばそこにある。とても綺麗な写真の一枚のように。


「どうですか? 我がネレウス王国は」

「え? え、あっ、まぁ、その上手く言葉が見つかりません」

「答えを急いでるつもりはありませんよ。ただこの王国を見て、よく知っていただきたいのです。あなたが守ったモノを」


 王女と二人、馬車に乗って整然された道を進んでいく。

 車輪で揺れることはほとんどなく車内の温度も一定してるらしく、ほんのり暖かい。

 着慣れない洋服、王女と二人っきりの車内。

 会話をしようにも弾ませる話題があるわけがない。

 ───それなのに僕に気を遣って話しかけてくる。


「あのっ、そのことなんですけど、僕は罪人だったんですよね? いいんですか? このまま外へ出て逃げてしまうかもしれませんよ?」

「それについては不問になりました。戦場において如何なることが起こり得る、ましてや魔獣に襲われたのに証拠もなく殺人と断定した。全く許されざる行為です。なので、それも兼ねてです」

「怖くないんですか? もしかしたら、って思わないんですか?」


 疑い深く、その瞳の奥を見つめる。

 僕には信頼すべき上司も先輩も友人さえもいない。

 だからこそ疑うことを覚えた。信じるために。


「私は私が見たモノを信じます。どんなことやどのような出来事であっても、高みの見物では足元に気づかない。つま先を弾く石ころでさえも一つの欠片(カケラ)。それを疑うのも信じるのも、私の判断です。シエル様がどんな殿方かはまた別ですがね」

「……ずるいですね。そんな言い方をされては反論できません」

「勝っちゃいました! では、シエル様。勝った私のお願いとして呼び方を統一してくださらない? 私のことはアテナ、と呼び捨てで」

「えぇっ!? いけませんよ! 僕みたいな人間が呼び捨てしていいわけないじゃないですか!?」

「あら? 嫌ですか? 私の騎士様には一番呼んで欲しいのですけど」

「な、なんとか努力しますっ」


 呼び方を強制されるのは好きじゃない。

 ましてや自分よりも年下なのに立場が上なら特に。

 こういうときは話題を逸らしておこう。


「ところで、話が変わりますが一体どこへ向かわれているのですか?」

「ギルド協会です。騎士という肩書きであっても他国や遠征する際に身分証が必要になります、多少の時間はかかってしまいますが」

「なるほど───あっ、すみません。こういうときに言うというか、失礼を承知でなんですけど、お金を持ってなくて」


 身分証を作ろうにも手数料を払うお金がない。

 目覚めたときのボロい家に金銭があったとも思えないし、せっかくのご厚意なのに申し訳ない。

 昔読んだ漫画本で得た知識がここで役に立つとは。


「心配ありませんよ。ギルド協会へ到着した際にメアリーから渡すように伝えてありますので」

「すみません。何から何まで頼ってしまい」

「いいえ、あなたは私の騎士様ですから。不自由なことなんてさせたくありません。私を頼ってください」

「ありがとうございます」


 気の利いた言葉は上手く思いつかない。

 "お気持ちだけいただきます“と余裕ある発言も見栄を張るだけでは誰だってできる。

 学生から就職しても、すぐに即戦力になるのがごく僅かなのも納得してしまう。

 この世界にはこの世界なりのやり方がある。


『アテナ様、目的地へ到着しました』

「ありがとう。さぁ、シエル様。行きましょうか」

「はい」

「それと、もう一つお願いがあります。せめて敬語ではなく素で構いません」

「わかり……わかった」


 これも慣れれば簡単。慣れるまでが大変。

 しかも相手は王女。下手すれば、また牢屋か。

 馬車が止まり外から扉を開けたのはメアリーさん。

 王女アテナの手を取って馬車から下ろし、次に僕へ。


「どうぞ、お手を」

「自分で降りられるので大丈夫ですよ?」

「急な段差ですから、決して甘く見ないでください。どうぞ私の手を」


 表情筋一つ動かず、受けの姿勢で待っている。

 なんだかカッコつけたみたいで恥ずかしい。

 左手をメアリーさんの右手に乗せて右足のつま先からゆっくりと地面に降りる。


「すみません、助かりました」

「痛み入ります」

「シエル様、ここがギルド協会です」


 和風な瓦屋根に四角い窓、横に広がる平屋のような建物、白い暖簾に描かれた絵柄。

 泉に向かって祈っている女性の頬に一筋の涙が流れている。

 雨乞いとは違う気がするが、不思議と気になった。


「この絵柄は?」

「これは『ウルズの泉』です。シエル様は初めてでしたね。ネレウス王国に伝わる伝説で、かつてこの世界が魔狼によって滅ぼされ生命の水さえも枯れ果てそうになったとき、一人の女性が泉に向かい祈りを捧げた。すると、湧き水が溢れるばかりに大地を潤し海を作り世界樹を誕生させたと伝わっています。また世界の《運命》を作った女性として『ウルズ』と名づけられました」

「女性は神様だった?」

「それには諸説あるそうで詳細は不明なんです。何せ実在するのかどうかもわからないモノですから」


 実在するモノかどうかは信憑性に欠けるのか。

 伝説も時間が過ぎれば御伽話のように改変され、都合の良い物語にもなると聞いたことがある。

 真実を知る人もいずれ「かつて」と語られる。

 なんとなくその伝説の真相が気になってしまう。


「長話が過ぎましたね。ギルド協会に手続きを……あっ、メアリー! シエル様に例のものを」

「はい、すでに準備してあります。シエル様、こちらを」


 話の途中で用意していたのか、メアリーさんの両手には金属音がする巾着と鞘に入った剣があった。

 片方はお金として、もう片方は一体なんだ?


「少々拗らせた性格ですが、話し相手にはなりました」

「え?」

「こちらのお話でございます」

『ふんっ、私を放って呑気にお出掛けとは随分と偉くなったなあ、シエル?』


 ────訂正。鞘に入った魔剣(リゼット)だった。

 顔を見れば一目散に怒っているとわかる。

 まぁ、魔剣だが僕にはなんとなく理解できる。

 積もる話は後にしよう。手続きを優先したい。

 鞘を腰のベルトに付けて巾着袋をポケットに仕舞う。

 王女アテナを先頭にギルド協会内へ入っていく。

 外側から見た和風建築と同様に畳がある座敷、襖を挟んだ個別の部屋、仄かに香ってくる緑茶の匂い。

 昔遊んだゲームに似たところもあり、不思議と気分は高揚感で満ちている。


「手続きは正面の受付で済ませることができます。手続きをしている間、私とメアリーはあちらの和室で待ってますので」

「うん、ありがとう」

「行きましょう、メアリー」


 受付なんて、あんまり体験したことないな。

 学生時代と社会人になっての確定申告以来か。

 異世界の手続きって考えると宙に浮かぶ書類や羽ペンが自動に書いていくイメージ。

 でも、意外と見たことある光景と似てて安心してる。


「すみません、登録をお願いしたいんですが」

「はい。お客様はギルド協会は初めてですか? それでしたらこちらの紙に……ッ!? こ、これは失礼しました! ただ今作成して参りますので!!」


 手続きをしに来ただけなのに、なんか悲しい。

 周りがジロジロと見てるのが肌でわかる。

 建物内だけに刺さる視線もわかりやすく怖い。


『何をキョロキョロしてるんだお前』

「なんだか視線が刺さって」

『私が代わればもっと楽になるが?』

「ややこしくなりそうだからやめとくよ」


 仮にリゼットに任せたら、もっと厄介者になる。

 そうなればこの王国の外へ出されるかもしれない。


「お、お待たせ致しました! こちらにサインをお願いします!」

「手数料っていくらぐらいですか?」

「ウルズ銀貨一枚になります!」


 相当慌てて作成したらしく額に汗が浮かんでいる。

 渡された紙に羽ペンで名前を書き込んでいく。

 ……あっ、この世界の文字の書き方を知らなかった。

 既に書いてしまったが大丈夫なのか?


「あれ? 文字が違う?」

「すみません! 実は文字がわからなくて。えっと、辺境の田舎から来たばかりなので書き方がわからないんです。なので────」

「────なら、アタシが教えてあげよっか?」


 左隣で頬杖をつく一人の少女。

 白いインナーとネイビーのショートジャケット、大胆なヘソだしスタイルに加え紺のデニムキュロット。

 明るい茶髪のロングに垂れ目、整った顔立ち。

 腰には小さめのショルダーバッグを持っていて可愛らしい兎の刺繍がされている。


「あんた名前は?」

「シエルです」

「シエルね……よし、と。受付のお姉さんお願いね。ほらっ、教えるからこっち」

「あ、これ手数料ですお願いします! ちょっ、ちょっと待って!」

「こっちに座ってるからね〜」

「あ、あの、登録完了しましたのでこ、こちらギルドカードを」

「ありがとうございます!」


 受付の女性からギルドカードを素早く受け取り小走りに追いかける。

 座敷のほうへと手招かれ向かい合うように座った。


「先ほどはありがとうございます。助かりました」

「いいのいいの! アタシが好きでやってることなんだしさ。それでさ、あんた新米なの?」

「新米、というかなったばかりでして」

「そうなんだ。じゃあ教える代わりにさ、ほら」

「え?」

「文字や書き方を簡単に読み書きできるように短く教えてあげるから、あとはわかるでしょ?」


 なるほど、授業料という対価を受け取りたいと。

 頬杖をついて綺麗にウインクまでしてきた。

 ポケットに仕舞った巾着袋の中身を見ずに手掴みで一枚、いや紙幣についても聞きたいから二枚か。

 ゴソゴソと取り出すと銀貨というより金貨だった。

 それもピカピカと光沢の付いた汚れ一つない。


「ちょちょちょちょちょちょっとあんたわかってる!?」

「文字や書き方、あとお金のこととか聞きたくて二枚かなって」

「いやいや、ありえないって!? ……あんたアタシ以外に渡してないよね? ねぇ?」

「はい、初めてですよ?」

「はぁ────わかった。お姉さんが一から教えてあげる。だから、その金貨は仕舞いなさい」

「でも、お金とか」

「仕舞いなさい、いい?」


 無言で頷くしかなかった。

 さっきの悪戯っ子みたいな顔からしっかりとしたお姉ちゃんみたいな。

 とにかく、お金のことを教わることに変わりはない。

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