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追想と目的

 

 目に映る景色はキラキラとした明るく眩しかった。

 新品のように柔らかなシーツとふかふかなベッド、モダンのタンスにクローゼット。

 床はヒビ一つないピカピカ、材質とか気になるな。

 会社員だった僕にとって驚愕な光景。

 学生の頃に泊まったホテルより豪華すぎる。


「着替えは後ほどご用意させていただきます。お食事はどうされますか?」

「……い、いただきます」

「かしこまりました。お部屋までお持ち致します」

『緊張してどうすんだ! こんな狭い部屋で私たちを招いておきながら貴様の主とやらはまともに説明もしないのか!?』

「我が主人、アテナ様は準備しておられます。暫しお待ち下さい」


 助けてもらってなんだけど少し不満がある。

 説明がない。この後に詳しく、ぐらいもない。

 親しい間柄であっても熱が冷めてしまうほどそっけない。

 これを警戒と取るべきか、歓迎と取るべきか。


『私はともかく、コイツには説明しておいてもらいたいものだな王族よ。高みの見物をしてきたお前たちに私を扱えるとでも?』

「それについてはメイド個人として何も申し上げることはありません。ですが、それは主人への侮辱と捉えてもよろしいのですね?」

『どう捉えるか、なんてのは人間の匙加減だろ』


 メイドと魔剣(リゼット)の間にバチバチと火花が散っているように見える。

 これが俗に言う修羅場というものなろうか。

 あまり人間と接していなかった僕でさえ理解してしまうのは怖い。


「え、ぇっと、落ち着いて? 二人とも」

「これは失礼致しました。シエル様」

「リゼットもっ」

『ふんっ』


 リゼットが臍を曲げてしまったとなんとなくわかる。

 出来れば王族に敵を作りたくない。

 そして出来ることなら、もう少し和風がある室内のほうが落ち着く。

 口にしづらい言葉たちを腹の底へ押し込む。


「少しだけ休ませてもいいですか? そのっ、あまり休めてないというか」

「かしこまりました。では準備が出来次第お声がけさせていただきます」


 軽く一礼して素早く部屋から出て行く。

 やっと落ち着ける。

 肩から力を抜いて後ろ向きにベッドへ倒れる。


「はぁ〜、疲れた」


 今日一日がとても長く感じる。

 仕事をしていたときとは完全に違う疲労感の重さ。

 この両手で剣を握って、人狼(ひと)を斬った。

 辛くも苦しくも勝ち取った代償なのかな。


『感傷に浸ってる場合ではないぞ、シエル。お前にやってもらうことは山ほどある』

「そういえば『契約』するときに言ってたけど、なんで『身体』が必要だったの?」

『……私はかつて人間だった。どこにでもある田舎の村で親はいないが、幼い妹だけが私の家族で肩身が狭くても妹のために一生懸命に働いた。村の小さな小屋で季節を凌ぐのに精一杯なのに妹は文句の一つすら言わず、いつも笑っていた。だが、突然村で『魔狼病』が出始めた。最初は数人程度で次第に増えていき、やがて私の妹まで感染した……まだ九歳だぞ? どうして、どうしてなんだ、私たちが何をしたって言うんだ────』


 魔剣(リゼット)の姿や顔は見えないしわからない。

 けれど、聞こえる声音は弱々しく淡々とか細い。

 上体を起こして寄り添うようにベッドに腰掛けて耳を傾ける。

 数秒の重い沈黙を自ら割くように言葉を紡いだ。


『やがて、村の人間は生贄を捧げようと考えた。このまでは全滅すると思ったんだろうな、今でこそ同情に苦しむことないが不条理極まりない。後悔することがどれだけ優しいモノかを私は身をもって知った。村の人間は私を、魔獣共に喰わせることにしたんだ。唯一感染しなかった私を魔獣に喰わせることで逃れられると何よりも妹のために、なのにッ……魔獣になった妹を私はっ、わたしは───ころしたんだっ』


 啜り泣くように魔剣(リゼット)が震えている。

 どこか重たい空気を破るような話題もなく、励ます言葉も思い浮かばない。

 理由を聞いたのは僕だ。

 何か言葉をかけないといけない、変な使命感が背中を押してくる。


「ごめん、あんまり聞いていい話じゃなかった」

『───謝るな。私がとうの昔に決めたことだ。お前に同情される筋合いはない』

「その、僕もっ、なんというかわかるって言ったら誤解してもおかしくないんだけど、すごく似たようなことがあって────』


 言葉を言いかけた途端、扉をノックする音が響く。

 返事を返す暇もなく扉が開き部屋の中へと入ってきたのはアテナ・ネレウスとメイドのメアリー。

 ニコニコと笑う王女と無表情のメイドの両手には綺麗に畳まれた衣服を持っていた。


「突然申し訳ありません。シエル様とお話がしたいと強情でして」

「ふふっ、ごめんなさい。寝ているかもしれないとメアリーから言われたのだけど居ても立っても居られなくて、つい」

「いえ、大丈夫です。それでお話とは?」

「こほんっ────シエル様、()()()()()なりませんか?」

『はあ!? 貴様、何をほざくかと思えば』

「はい、なります」

『シエル!? お前、自分が何を言ってるのかわかってるのか!?』

「わかってる。けど、こうしなきゃって思った」


 ───魔狼病の治し方を探したい。

 自分の言葉が足りないのは自覚してる。

 リゼットに説明しないのは悪い気がするけど、きっと理解(わか)ってくれる。


「まぁ! 即決で答えてくださるなんて嬉しいですわ!」

「アテナ様。横入りで申し訳ございませんが、国王様にご報告がまだでございます。他にも王国騎士団、()()公爵様も」

「大丈夫よ、メアリー。心配することなんて何もないわ! だって、シエル様は『大天使』ルシフェルだもの!」

「『え?』」


 僕が、『大天使』? それにルシフェルって誰だ?

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