右翼の光
眩い光がシエルを包み込み白い右翼が空を舞う。
短い髪は真っ直ぐと伸びて銀色に染まっていく。
肩から背中が露出した白と水色のラインが入ったドレスが形成される。
足にはヒールの付いた靴、両手に握った魔剣は眩しく刀身は神々しく輝きを放つ。
やがて、光が収束していった。。
「あ、あれはっ!?」
「まさかっ」
「予想通りだね、坊や」
外野はガヤガヤと騒ぎ、人型の『獣』たちは睨む。
満を持して現れたか如く見えてきたその姿は『天使』と呼ぶに相応しい美しさだった。
「あっ、あれ、なにこれ」
『どういうことだ? 私と『契約』をしてるはずなのに私ではなくシエルが、それにその姿はまるで、ルシフェルだ」
「ルシフェル? 誰のこと?」
自分の身体の変化に驚くシエル。
中身は男で今の姿は少女そのもの。
理解が追いつかないシエルよりも、リゼットはそれ以上に驚いていた。
(シエルが、ルシフェルになった?)
憎悪していた存在が目の前にいる。
だが、ちっともそういう感情が湧き上がらない。
認識の違い? 否、そう簡単に説明できない。
リゼットの心には複雑な感情が渦巻く。
(……なんか、すごくスースーする)
対してシエルは背中やドレスの裾を摘んで自身の格好に羞恥心を抱いている。
普段着であってもこのような格好はしない。
ましてや、こんな露出の多い服装は初めて。
『いや、今はそんなことは重要じゃない。おい、シエル! 目の前のことに集中しろ!』
「目の前のことって言われても」
♢
着慣れない服装、両刃の魔剣に人型の『獣』。
おまけに身体まで変わって頭の整理が追いつかない。しかも、声が高すぎて余計に落ち着かない。
その場のノリでなんとかするより難しい。
騎士や民衆の視線が痛いしテトムはニヤついてるし、余計に腹が立ってくる。
『手短に説明するぞ! ヤツら──魔獣は並の攻撃だと簡単に再生する。弱点は赤く光ってる心臓部を的確に狙わないといけない! 今のお前ならヤツらを倒せる! 思いっきりやれ!!』
赤く光ってる心臓部────アレか!
右足で地面を蹴って間合いを詰める。
両手に持った魔剣を魔獣の心臓部を目掛けて力強く振り下ろす。
『ッ……!?』
切り裂いた痕から遅れて黒い血が溢れる。
一瞬、驚いた拍子もあったが攻撃がなんとか命中。
魔獣はそのまま起き上がることなく灰となった。
────なんだ、呆気ない。
静かに響く心の声が苛立ちを募らせる。
『シエル! ボサッとするな! まだ敵が残ってる!』
「わかってる!」
心の感情を抑え込み、次の敵へ向かって行く。
間合いを詰めて剣先を振り上げ一気に振り下ろす。
「ぐっ!? デヤァァッ!!」
再度、力を込めて畳み掛ける。
慣れないことが一番だ。こういうことに慣れたくない。
相手は元人間。躊躇いも勿論ある。
けれど、意味を探すのはまた後でいい。
「これで二体目。終わった?」
『いや待て、なんだ、この気配は!?』
リゼットの言葉に周囲を見渡す。
物凄く汚い咀嚼音が聞こえてくる。
口に運んでは咀嚼し、また口に運び大きな咀嚼音を立てている。
音は近い。どこだ、どこにいる?
『シエルっ、後ろからくるぞ!』
「っ!?」
咄嗟に後ろを振り返り、魔剣を盾にする。
真上から叩き落とされた石が石にぶつかって弾けたかのように魔獣の攻撃で吹っ飛ばされた。
そこから後方へ地面を転がって壁に背中から当たる。
痛みこそないが、口の中に石が入った。
「ぺっ……リゼット、さっき驚いてたようだけど?」
『あの魔獣は死体を食べて強化したんだ。気をつけろ、さっきの二体と比べて遥かに強い。恐らく弱点も狙いづらい』
「頭でも狙う? 簡単じゃないけど」
『いや、私に考えがある。時間を少しくれ』
なんとか立ち上がり魔剣を構え直して魔獣を睨む。
本当に睨みたい相手が思考中だから、悪いな。
倒した二体と比べて明らかに雰囲気が違いすぎる。
獲物を仕留める狩人の瞳だ。
リゼットに何か策があるらしいが、このままだとただの村人より酷い終わり方になる。
「おりゃッ!!」
作戦も、考えも、何もない。
こうやって動けるのが不思議なくらいだ。
避けるのも精一杯で弱点は狙いにくい。
自分が一番得意なことが『喋らない』こと。
許されたいことも『喋らない』こと。
動かなくなった死体みたいになれば楽なのか?
「違うっ」
魔獣の爪を弾き、乱雑な太刀筋で攻撃を凌ぐ。
素早い動きに重量の乗った鋭利な爪は迷いがない。
防戦一方である僕の関節が痛みを上げている。
かすり傷程度で済んでいるのが奇跡なくらい。
まともに攻撃を受ければ終わる、終われるんだ。
「でもっ、やっぱり死にたくないや」
リゼットに契約したから。
『理解者』になるって、カッコつけたけど。
僕は僕だ。
絶対に生きる! 負けたくない!
『シエル、聞こえるか?』
「考えはまとまった?」
『あぁ。かなり無茶苦茶だが、やってみる価値はある────ろ。タイミングは任せる』
「……は?」
さっきまでのことが嘘のように風に飛ばされた。
真面目に考えたことがほとんど真っ白に。
リゼット、まさか本当にそれをやるのか?
「僕に出来るかな?」
『出来る。私とお前なら、絶対に』
ありがとう。
そう言われてスッキリした。
「行くよ、リゼット」
『あぁ!』
刀身に白銀の光が集まっていく。
右足で地面を蹴って左足でさらに前進させる。
魔獣に目掛けて一直線に突き進む。
距離はほんの少し。迫る鋭利な爪がゆっくり見える。
両手に力を込めて、歯を思い切り噛み締めて。
お腹から息を吐くように言葉を一気に吐き出した。
「『ルナティックルシファァァ─────ッ!!」』
上から下へ振り下ろす一撃。
白銀の光と共に魔獣の皮膚を切り裂く。
断末魔さえも呑み込むその輝きは次第に大きくなり、天へと届かんほどに。
同時に魔獣の最期の表情が人間と重なる。
「はぁ、はぁ……」
僕が倒したのは魔獣? それとも、人間?
静寂だけが目の前にあるかのように何も響かない。
疑問と不安が重くのしかかり、その場に膝をつく。
『土壇場ではあったが上手くいけたな』
「そう、だね」
さっきリゼットから言われたこと。
『一撃必殺の技を決めるぞ。名前は決めろ』。
深く考え込んでいた僕が馬鹿らしいくらいだ。
『それにしても、意外とネーミングセンスがダサいな。るなてぃっつ?』
「ルナティック。なんかカッコいいと思ったんだ」
『独特の感性ということか。まぁ、タイミングが合えばなんでもよかったがな』
「案外、上手くいけた感じはする。ありがとう、リゼット」
『ふんっ、礼を言うなら次はもう少しマシな名前を考えろ!』
結構、気に入った名前なんだけどな。
とりあえずは一件落着────いや、まだだったか。
思考を遮るように騎士たちが駆け足で僕を囲む。
鎧越しで表情は見えないが敵意を向けられているのは丸わかり。
事が済んだから用済み、胸糞悪い。
「普通に考えて当然か。一応僕、罪人だから」
『チッ、この期に及んでもか』
「同意見だ」とは口に出せない。印象が悪化する。
しかし、確かに都合が良すぎる。
僕が考えても無駄なのは百も承知だよ。
どう言い分を通すべきか考えないと、
「─────お待ちなさい!」
どこからか甲高い声が響く。
静寂なこの場所にカツッ、カツっという足音。
周りに並ぶ騎士たちが慌てて道を開けていく。
その足音が段々と近づくに連れて見えてきたのは頭にティアラをつけた水色のドレスの少女だった。
「どんな事情であろうとも、子を助け民を守り悪しき魔獣から我が国を助けた恩人を無碍にすることは私が許しません」
「で、ですが、姫様といえどもこの者は騎士を殺した罪人で」
「えぇ、知っています。でも、私自身はこの方を知りません。私は私が感じたことを第一としています。あなたの意見や尊重も大事、勿論この方にとってもそれは同じこと。王女である私が心を見ずして虚ろだけを見ることはできません」
長い髪をハーフアップにした髪型で瞳は凛々しく顔は幼い、完全には遠く中途半端に近いと感じる容姿。
一応、察するに話は聞いてくれるみたいなのか?
「し、しかしっ」
「下がりなさい。私はあの方とお話があります」
「姫様が自ら赴く必要はありません! ですので、どうかっ」
「しつこいおと……殿方は嫌われましてよ?」
近場ではなく遠くからだが、すごい圧だ。
騎士が二人がかりでも怯まず逆に押し返した。
見た目はともかく、中身は芯があるように見える。
すっかり項垂れてしまった騎士を背にゆっくり歩み寄ってくる王女。
相手は丸腰でこちらは魔剣を持ってるのに怖くないのか?
「初めまして。私はネレウス王国第一王女アテナ・ネレウスと申します、あなたのお名前をお聞きしても?」
「シエル。こっちはリゼット」
『はっ、王女様自ら足を運んでくれるとは粋な計らいだな』
「リゼット、皮肉な発言は侮辱行為だ」
『高みの見物をしてた奴らが今更何をしてくれるんだ? 私は信じられないがな』
「リゼット!」
「構いませんよ。言葉が荒くなるのも何か境遇があるからかもしれませんから仕方ありません」
意外と身の丈に合わないほど器が大きい。
怒りを顕にするかと思ったが、予想外だ。
リゼットのせいで僕が恥をかいた気分になったじゃないか。
「少し場所を変えましょうか────メアリー!」
「ここに」
王女の隣に影のように現れた黒髪のメイド。
違和感もなく音や風すら感じなかった。
顔を俯かせていて表情は見えず、両手は前に。
何やら耳打ちで会話してるみたいで当然会話の内容は聞こえない。
「かしこまりました」
「それではシエル様。どうぞ、お手をこちらへ」
差し出された左手、小さく微笑む王女の顔。
周りの騎士たちの重い視線が降り注いでくる。
あんまり注目されたくないんだけどな。
渋々、右手を伸ばすと指先が触れた途端に手首ごと強引に掴まれた。
「それでは皆さん、ごきげんよう。メアリーお願い」
「はい、アテナ様」
「ぇ? ど、どういう」
足元に突如として魔法陣が現れる。
困惑する僕に対して表情が変わらない王女。
考える暇もなく、真っ白な光に包まれた。