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白き翼、翻して

 

「何か意見を聞くよ? 坊や」


 蝋燭一つの暗い牢屋の中で静かに響いた。

 手には拘束具と鎖、足には鉄球が繋がっていて目の前には鉄格子、木製の机と椅子に座るテトムと、


魔剣(これ)が気になる? さっきまで握ってたから名残惜しいのかもしれないけどさ、せめて女性と話をしてるんだ。目を見て欲しいな」


 僕は騎士甲冑の男たちによって拘束されていた。

 原型を留めないほど損壊していた何かと転がる死体に魔剣を持った男。

 状況証拠からして疑わない余地はなく抵抗も出来ずにこの牢屋の中へ入れられた。

 それと牢屋に連れられてくる際、誰かが『王国』と口走ってた気がする。


「ここはどこですか?」

「北の『ネレウス王国』さ。ちなみに私は医療と魔獣の研究を同時に行っていて、それなりの地位だってある。キミが一年働いても私の一年分の給料には遠く及ばない。あっ、結婚するなら話は別だよ?」

「僕はこれからどうなるんですか?」

「ふんっ、お察しの通りだよ。キミはこれから処刑される。公然の面々で堂々と行われる。良かったね、痛みも一瞬だ。私と逃げていればこうならなかったのに────でも、あの時のキミは魔剣(こっち)だったかな?」

「やっと、救われたと思ったのにっ」

「甘いね、キミ。そんなことで救われるなんて。救いや助けを簡単に求められるのは幼少期までだよ。大人になったら、責任ばかり背負うから救われたいと思い始める。キミはその大人と変わらない」

「だったらっ、どうすりゃよかったんだよ!」

「そうやって人に当たることしか自分を守れないのに人には理解しろって押し付けるつもり? 益々、甘いんだよ」


 テトムの顔に闇が差し込み、僕をまじまじと睨む。

 鉄格子を掴む両手が震えるほど力んでいる。

 目尻に涙が溢れて抑えきれず冷たい床に落ちていく。

 やっぱり、僕なんて結局は変わらなかったんだ。


「────でも、そんなキミでも一つ良いことをした」

「えっ?」

「自己犠牲。私なら簡単に見捨てるくらいだ。けど、キミはそれをしなかった。少なくとも自分を守るために傷つけるんじゃなく誰かを守るために自分が傷つくことを選んだ。誰かを助けるなんて立派じゃないか」


 ────誰かを守るために。

 あの仮面の少女を庇ったときは終わりを悟ったけど、同時に『助けたい』って感じたのか。

 後付けだろうと、あの時に感じたモノは確かにそう思える。


「そこでキミに取引をしようと思うんだ」

「取引?」

「うん。私はそれなりに偉いからキミを自由の身にできる、数日かそこらは警戒されるけどね。代わりにキミは私の研究に付き合ってもらう。いい取引だろ?」


『契約』の次は取引か。

 疑問を確かめるのにも生き残る必要がある。

 リゼットのこと、魔獣や黒い甲冑の女のことも。


「さて、そろそろお迎えが来る頃かな」


 ────バァン!!

 勢いよく扉が開かれる音が響く。

 ズカズカとわざと足音を立てて近づいてくる足音。


「ドクター! ()()意地悪く嫌味を吐いてるんですか!?」


 見覚えのある白いインナースーツの少女。

 身に纏った鎧は青い稲妻がバチバチと火花を散らし鉄格子を伝う。

 右手には威嚇をする狼の仮面を持っているのが見え、だんだんとその正体が明らかになってきた。

 ややタレ目な瞳と頬を膨らませた顔立ちはいかにも怒ってます、とわかりやすくどこか可愛らしい。


「おぉ〜、素晴らしい! 時間通りだ」

「何が時間通りですか!? 勝手な行動が多すぎて騎士団長から何度釘を刺されたか! 私の言葉が通じないなら騎士団長に直談判しますからね!」

「セシル、せっかくの可愛い顔が台無しだよ? ほらっ」

「気安く触らないでください!」

「おっと、怖い怖い。不機嫌になるところ悪いんだけど彼に自己紹介をお願いできるかな?」


 鉄格子越しに少女と目が合う。

 込み上げる怒りを抑えて必死の作り笑顔を浮かべ僕に視線を合わせてくれた。


「初めまして、ではないけど私はセシリア・トオロルス。気軽にセシルって呼んでいいよ」

「僕はシエル、です」

「よろしくシエル!」


 いきなり呼び捨て、というか距離感近いなこの子。

 たじろぐ僕とセシルの後ろで笑みを隠すテトム。


「あの時はありがとう。私のミスで怪我して魔獣(リヴィオン)にまで噛まれて────ごめんね、命の恩人なのにまだ何も返せてないのに」

「気にする必要性はないんじゃないのかな?」

「ドクターは黙ってて! シエル、話は聞いてる。魔剣と『契約』を交わしたんだよね。詳しく話をしてあげたいけど、ちょっと事情があって」


 セシルの言葉を遮るように重々しい足音が響き渡る。

 蝋燭の火に照らされこちらに近づいてきたのは中肉中背の男だった。

 上司を思い出させるような怖い顔と鋭い目つきが僕を突き刺すように見つめる。


「セシル・トオロルス、面会は終わりだ。職務に戻りたまえ」

「公爵様! 今一度考え直してください! この子は、シエルは悪くありません!」

「考え直すだと? ふんっ、吾輩から言わせてみれば罪人ごときに貴重な時間を割り振る暇はない! 自らの手でその罪人を裁くのであれば手間が省けるが、どうするかね?」

「横槍で申し訳ないが公爵殿、彼は私が引き取ることにしたんだ。悪いが、裁判も処刑もなしにしてもらいたい」

「何を言うか貴様ッ!? よりにもよって吾輩がこうして出向いてくることこそ処刑が決まってるという証拠! それをわかっていながらの愚行か!? 貴様共々、処刑にすることもできるのだぞ!」

「あれ〜? 私が居なくなったらこの国は潰れてしまうな〜、残念だ〜」

「ぐぬぬ……! 言わせておれば好き勝手に言いおって! おいっ、セシル・トオロルス! 早く罪人を連れて行かないか!?」

「で、でもっ、シエルはホントにっ」

「セシル、お願い」


 これ以上、セシルの悲しんだ顔を見たくない。

 震える掌を上に向けて薄らと笑みを作る。

 まだ出会って数回だけどこんなに心配されたのは初めてだ。


「貴様、罪人にしては潔いな。おい、わかったならあまり吾輩を待たせるな! ふんっ!」


 公爵は納得したのか、牢屋から足音が遠ざかっていく。

 扉が乱暴に閉められる音が聞こえ牢屋の中は静寂に包まれた。

 半分くらい勢いで発言してしまったが、どうしたものか。このまま処刑台に送られてしまうのか。


『私は反対だぞシエル!』

「えっ!? だ、だれ!?」

「へぇ〜、直接喋るのは初めて聞くね。魔剣(これ)


 驚きと関心が空気に混じるなかで僕は魔剣を睨む。

 周りに人がいる状況で喋れるなら話して欲しかった。

 寝てたのか、タイミングをミスったのかは定かじゃない。とにかく言いたいことがある。


『おい、シエル! 聞こえてるんだろ!? 私がお前の代わりに喋ってやる! 早く私を持て! そして代われ!」

「嫌だ」

『そうかそうか、素直だ────え?」

「僕の身体で、僕の手で、あんなことをしたくない」


 原型を留めないほどに広がってた鮮血。

 転がる死体と手に付いた血が物語っていた。

 感じたことのない感覚、恐怖に抱きしめられている感覚。


「答えてくれ。リゼット、あれは(おまえ)がやったことなのか?」

『そうだ。私がやった』

「そっか、わかった。僕が殺したんだな」


『仮想敵』の次は『加害者』か。

 はぁ、とため息すら軽く口から漏れていく。


「さて! そろそろ坊やを連れて行かないと私も処刑されちゃうからね〜!」


 施錠された牢屋を開けてセシルが両腕に繋がれた鎖を持って外に連れ出す。


『おい! シエル、早く私に代われ! このままだと本当に殺されてしまうぞ!」


 壁にかかって置いてある魔剣が叫んでる。

『契約』の内容も聞いてない僕が悪かったんだ。

 おかげでこの有様だからホント。

 リゼット、君に会えて良かったよ。

 改めて僕は『仮想敵』なんだって実感できた。

 そのまま光が見える方向へと連れて行かれた。


 ♢


「これより行われるのは────」


 上には透き通るくらいの青空。

 下には見学に来た民衆の数々、冷たい視線と軽蔑する声が耳障りになるほど聞こえてくる。

 木材で作られた処刑台の上に立たされて目の前には輪っかが作られた縄が一人分。

 背後には騎士甲冑の男が二人、逃げ場はない。

 勿論、逃げる理由もない。


「この罪人は封印されていた魔剣を使って若き騎士を手にかけた! 無念の死である! 若き騎士に安らぎを与えんが為に、今ここで罪人を処刑する!」


 ───夢、だったらと思えば楽になるのかな。

 それで償えるなら誰も罪を増やしたりしない。

 それが本当にできたとしても繰り返す。

 なら、せめてここで報いを受けるべきなのか。


「何か言い残すことはあるか?」

「何もありません」


 縄を通され首の後ろで固定される。

 このまま落下する勢いでもがいて息絶えるわけか。

 でも、不思議と気持ちは軽いな。

 やっと静かになるというのはこういうことか。


「お、おいッ、お前なにやって」

「た、たりない、たりないンだ」


 見下ろす形で不意に民衆の声の方向へ目線が行く。

 なんだかヨロヨロとした騎士甲冑の男が千鳥足で動いている。

 お酒を飲んだ様子もなく体調不良の可能性も感じず顔は俯き下向きにぶら下げた両腕。

 その指先からは()()()が滴り落ちていた。


「ね、ねぇ、この人おかし────」


 女性が言葉を言いかけた刹那、赤い血飛沫が跳ねる。

 宙を舞う物体と周囲の空気は静かり返った。

 地面に転がったそれを見た民衆は叫びながら走り出す。

 周りにいた騎士たちは避難誘導するも遅く、鮮血が飛び散り倒れていく。

 そして吊るされた人形の如く死体が動き始める。

 騎士たちがなんとか食い止めようと必死に対処していても事態は困難を極めていくばかり。

 目を見開くほどの驚愕な光景は地獄絵図そのもの。

「助けて」「死にたくない」と飛び交う言葉。

 怒りを通り越した同情が沸々と心に渦巻いてくる。


「おい! そこの二人! 罪人はこのまま放置するとの命令だ! 早く持ち場へ急げ!」


 後ろの騎士二人が駆け降りてくのが聞こえる。

 首に縄を固定されていて、さらに両手も拘束状態。

 これじゃ、まるで生き餌になった気分だ。

 このままだと本当にヤバいよな、きっと。


「おーい、聞こえるか〜い」


 こういうときに一番聞こえたくない人間の声だ。

 また僕に何かしらを任せようとしてるに違いない。


「何の用ですか、今更」

「あっ、まだ生きてたか。じゃあ、好都合だ。そのままの状態で聞いて欲しいんだけど、キミにやって欲しいことがあるんだ。キミに戦って欲しい」

「はぁ?」

「このままだと壊滅的、王国として機能しなくなる。そこでキミの出番だ! キミは罪人、私は証人、敵は十分すぎるほどだから役者は揃ってる。さぁ、早く」


 正気じゃない。使い捨てにされるのがオチだ。

 第一にメリットがない。今度こそ本当に殺される。


「動かなくていいのかい? セシルは有無を言わず避難誘導してる頃だろうけど襲われてたりしないかな〜? ほらっ、あの子どもが危ないよ」


 テトムの指差す方向に視線を向ける。

 そこには子どもが泣き崩れていて必死に親を呼んでいるが誰も声を掛ける余裕すらないのか素通り。

 このままだと、あの子どもは見殺しにされる。


「よし、解けた。あとは、ってちょっと!?」


 背後でテトムが縄を解いたと同時に飛び降りる。

 素足でありながら固い地面を蹴り気づけば子どもの傍へと駆け寄る。

 幸いにも怪我もない、逸れただけかもしれない。

 近くにいた騎士に声をかけ子どもを預ける。


「おーい! 忘れ物だよー」


 同じく走ってきたテトムが何かを投げ渡す。

 咄嗟に掴んだそれは魔剣だった。


『この気配はシエルか!? おい、私と『契約』を交わしたのを忘れたとは言わせないぞ! さっさと私に『身体』を渡せ!』

「なら、僕はその『契約』を破棄させてもらう」

『はぁ!? 何を言っている!?』

「説明不足だったのはお互い様、こうなってしまうことも理解できていたのに気づけなかった。だからこの『契約』を無効にして僕と改めて『契約』してもらう」


 このまま進めばまた同じ結末になる。

 現実から目を背けた僕が『異世界』を求めるだけの弱い自分に戻ってしまう。

 この魔剣は、リゼットは僕と似ている。


『はっ、何を抜かすと思ったら知れたことよ。私はお前の理解者になれば』

「僕が君の『理解者』になる。何も知らず何も理解しないままで勝手に押し付けることで満足する僕でいたくない。だから少しずつでいい、リゼット。僕に君を教えて欲しい。これが僕からの『契約』だ」

『ふざけたことを言うな! やはり貴様も他の権力者ではないか!?』


 リゼットは己を守るためだけに相手を傷つけてる。

 心に踏み入って欲しくない、関わるな。

でも、それは距離感がわからなくて相手との間合いが上手く測れていないだけだ。


「これが飲めないなら僕はこれから単身であの群れに飛び込んでく。勿論、君はここに置いていくけど」

『正気か!?』

「どうする? 僕は本気だ」

『ぐぅっ……わかった、『契約』してやる! これでいいだろっ』


 なんとか説得することは出来た。

 問題はこれから。どうやって戦うか。

 最早、死体というより『獣』に近しい存在になりかけてる。迷ってる場合じゃない。


「リゼット、教えて。どうやったら戦える?」

『まず剣を両手で持って天に突き上げろ。次に腹から息を吐き出すように、こう叫べ。《輪廻天生》と』


 お腹に力を入れ大きく息を吸い、大きく息を吐く。

 両手で握った剣を空に向けて足の軸をしっかりと。

 そして、大きな声でその言葉を叫んだ。


「《輪廻(りんね)────天生(てんしょう)》ッ!!」

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