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《輪廻天生》──不完全な覚醒──

 

 ────身体がふわりと浮かぶみたいに軽い。

 眠気もなく、疲れもなく、重量もなく、浮遊してる感覚。


(眠ってるのか? 僕は)


 上手くいきすぎたことが多すぎる。

 それ故の抑制とでも言うべきなのか?

 指先の感覚はあるのに足先が地面に触れていない。

 意識ははっきりとしてるのに身体が動かない。

 理由もなく自分がこのような状況になるとは思えない。

 ────否、思い当たる節がある。


(確か、『契約』を交わしたんだ)


 リゼットと交わした『契約』。

 僕は『理解者』を、リゼットは『身体』を。

 互いに利害が一致した条件だったけれど、詳細を聞いていなかった。

 僕が一方的に求めるものではなかった気がする。

 リゼットも、同じだと思う。たぶんそう思う。

 不安定な気持ちも、寂しさも感じない。

 今はただ少しだけ眠っていたい。


 ♢


「ん〜〜っ! やはり、久しぶりの外は空気が違うな〜!」


 かれこれ()()()? いや、もっとか。

 まぁ、そんなものはどうでもいい。

 私は『身体』を手に入れた。故に身体(これ)(リゼット)だ。

 まさか二つ返事で了承されるとは思ってみなかったが上手くいったことに変わらない。

 そういえば『魔狼病』に蝕まれてたとか言っていたな。


「話を詳しく聞きそびれた。せっかく手に入れたのにまた入れ代わるのは、なんというか癪だな」


 事情はともかく、お互い様ということだな。

 お互いに何も知らないが『契約』を交わした以上に必要な情報は渡していない。

 私が詳しく話す必要はない。


「なーに、一人でブチブチと話をしてるんだい?」

「あァ? それは私に対してか?」

「『私』? 口調や態度に一人称まで違う、明らかに別人と話をしてる気分になる。キミ、誰だい?」

「私はリゼットだ! お前こそ誰だ?」

「テトムだよ。さっき言ったばかり……あ〜、なるほどねー。「キミはその『身体』の持ち主から『身体』を借りたのか」

「ふんっ、借りたのではない。『契約』だ!」

「『契約』? そうなると、その『身体』の持ち主である主人格はどこに行ったのかな? お姉さんに教えて欲しいな」


 どこか舐めているような態度。

 理解してることを敢えて確信を得ようとしてくる。

 ────すごくムカつく。


「話す気にならない。わかっていて話すのはどうかと思うんだが?」

「ふ〜ん、そっか。ならこっちから勝手な偏見を持つことにするよ。ところでさ───」

「ドクターテトム! 緊急事態発生です! 魔獣(リヴィオン)の群れが接近中! ただちに王国内部へ避難を!」


 慌てた様子で白い甲冑の男が勢いよく喋り切った。

 耳を澄ませば何やら近くで複数の足音が響いている。


「わかった。今行く」

「待て、私の話は終わってない。え〜と、どたくっ!」

「ドクターだよ。口調は荒いのに知能は低いのは目覚めたばかりなのか、それとも単純に()()なのか」

「バカにするな! これでも────」


 ────刹那、目の前で血飛沫が宙を舞う。

 赤い雫が飛び散り、血の一滴が頬にポタッと。

 先ほどまで慌てていた白い甲冑の男が糸切れた人形のように倒れた。

 その背後には真っ黒な毛に包まれた人狼が口元から涎を垂らしていて、前足は返り血で濡れている。


「ェ……っ」


 身体の芯から震える。

 怖い、動けない、助けてと頭の中を覆い尽くす。

 無論、この感情は(リゼット)ではなく身体(シエル)だ。

 私は()()()()()()


「逃げるよ、坊や」

「なっ!? 見捨てるのか!? 仲間なんだろっ」

「人間っていうのは生きるためにプラスかマイナスか、どちらが一番記憶に残りやすいほうを選ぶ。私は断然、プラス。だから()()()()

「だ、だからって、目の前で」

「喰われたいならご自由に。私は逃げる」


 確かにこのままだと私も喰われる。

 人狼が一歩ずつ目の前に転がる男に近づいていく。

 自然のことなのか、と言われればそうかもしれない。

 でも────私には見捨てることはできない。


「おりゃっ!!」


 目一杯の力で魔剣を両手で振りかぶる。

 人狼に向けて縦一直線に────。


「────ったぁぃ!?」


 魔剣で切るどころか、逆に弾かれてしまった。

 薪を切る斧で大岩に挑んだかのように硬い。

 肝心の人狼は頭部から出血は愚か、平然として首すら傾げている始末。


「何故だ!? 私はっ、わた、しは……」


 弱いはずがない。私は強いんだ、絶対に。


「私はここで終わるわけにはいかないんだ!」


 この魔剣が私なら、この扱いだってわかってる。

 鈍器みたいに硬くなってしまったのもわかる。

 私自身が一番よく理解していることなのに。

 再び振り下ろす剣先を意図も容易く人狼は自慢の爪で簡単に弾き返す。

 弾かれた衝撃で胴体がガラ空きな私に対し容赦なく攻撃をしてくる人狼。


「ぐっ……!」


 受け身が取れずそのまま地面を転がっていく。

 なんとも情けないものだと自覚してしまうほど今の私はとても()()

 この身体の持ち主であるシエルではなく、魔剣である私自身が弱すぎる。


「ほんとっ、情け無いくらいに腹が立つな」


 私にはやり遂げなければならないことがある。

 誰にも頼めない、私だけにしかできない。

 悪いなシエル。少し荒技を使うが、許してくれ。


「おい、そこの人狼。喜べ、私の最初の試し斬り相手になれることをな」


 魔剣を両手で握り締めて地面に突き刺す。

 そして、腹の底から出した声で思いっきり叫ぶ。


「『輪廻天生(りんねてんしょう)!!』」


 ♢


 リゼットの身体全体を突如、黒い光が包み込む。

 目の前にいた人狼も何かを察してか唸り声を上げる。

 やがて霧のように薄くなり切り裂くように払われると漆黒の片翼が姿を現し少女(リゼット)が顔を出す。

 黒を基に淡紫(たんし)のラインを描く。

 裾から襟端に至るまで服の形を変えていきドレスのような装いへ。

 明るさを滲ませるような暗闇を彷彿とさせるその姿はまるで『()()使()』のようだった。

 両手に握られた魔剣も淡紫の色に染まり、禍々しい色合いを感じさせる。


「────ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」


 痛みからの叫びなのか、または嘆きか。

 それとも()()の咆哮か。

 獣のような叫び声にも似た少女(それは)何者か。

 魔獣(リヴィオン)は初めて見る生き物に身震いを覚えた。


「コロスッ、ゼンブ!! オマエヲモッ!!」


 片言の言葉から滲み出る殺意。

 重々しい足音を一歩、また一歩と響かせ間合いを詰めていく。

 そして、一気に距離を詰めて────斬。


『バウッ!? ゥン?』


 斬られた。確かに身体に剣先が触れた感覚があった。

 目の前の少女(それ)も魔剣も地面を見ている。

 だが、驚くことに痛みがない。


『ゥゥッ……!』


 ふざけた真似だと怒りを露わにする。

 怒気混じりの唸り声を上げ牙を剥き出して右手の鋭い爪を獲物目掛けるが、何故か空を切ってしまう。

 掴めない、というよりもすり抜けている。

 改めて自分の身体をよく見ると()()()()()()()()

 おかしい、意識はあるのに身体が倒れてるなんて。

 少女(それ)に切られたのは間違いではなく本当の出来事。じゃあ、なんで意識だけがはっきりしてる?


「コロス、オマエモ! ゼンブッ、コロシテヤルッ!!」


 振り下ろした魔剣を乱暴に何度も何度も魔獣の肉体を突き刺しては引き裂くを繰り返す。

 その行為は辺り一面を真っ赤な色に染め上げていく。

 魔獣(リヴィオン)の意識は『やめてくれ!』と悲鳴にならない叫び声を上げるも届かない。

 止まらない惨劇。跳ねる返り血と咲く赤い華。

 生も死も関係ないほど溢れる憎悪。

 少女(堕天使)は終わりを知らず終わりを求め、終わりを探す。

 その姿は最早────()()()のように綺麗だった。


 ♢


 ()が目を覚ますと真っ赤な華が咲いていた。

 足元まで覆う血の花びらと落ち葉のように乾いた臓物、骨はボロボロに折れた茎みたいで先が尖ってる。

 両手には魔剣、その刀身は赤黒く乾いている。


 「何がどうなったんだ?」


 真っ先に浮かんだのは『契約』のこと。

 詳しい内容は聞いていなかったが一番鮮明に覚えてるのは、『身体』の提供。

『理解者』となる代わりに僕は『身体』を。

 リゼットに取って目的は済んだのか。

 それとも、一時的な開放感に酔いしれたからなのか。


「まさか───」


 ────僕の『身体』で誰を()()()()

 君から名前をもらった。『シエル』という名前。

 君は約束してくれた。『理解者』になる約束。


「どうして、こんなことっ」


 僕はこんなこと望んでない。

 なのにっ、それなのに、どうしてっ。

 君は何も喋ってくれないんだ、リゼット。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  世界観の構築や、周囲の情景を書くのが上手いと思いました。  ただし説明がやや多いと思うのでもう少し簡略化するか小出しにして読者に続きを読ませるような工夫をしたほうがもっと読まれそうな気も…
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