咎人
氷の国ニーヴルヘイム。
かつてリゾート地として輝かしい歴史は足跡すら残らず、今や魔獣たちの牧場と化していた。
「おいおい! こんなんじゃ、あたしの足元にも及ばねえぞ!? わかってんのかクソ犬共!」
黒い甲冑の女、アイアの怒号が響き渡る。
彼女の目の前には疲弊している魔獣たちが数匹。
先の襲撃で放った群れのごく一部を前にアイアの怒りは爆発寸前となっていた。
「どいつもこいつも理性なんか捨てちまえ! 痛みだ、痛みだけだ! てめぇも、そこのてめぇも! ぜーんぶ全部全部あたしに勝てねえくせに弱ってんじゃねーよ!!」
憤りを隠せず大剣を片手で奮っては地面を抉る。
八つ当たり、とも取れる怒りがアイアの表情からも見て取れた。
先の襲撃で初めて傷を与えた大天使に興味を抱き始めた直後に撤退命令。
ここからが一番の楽しみを奪われてしまったのだ。
それに対しての憤りと怒り、八つ当たり。
魔獣たちも本能でそれを悟り、後退りしてしまう。
「くそ、クソッ! 次はてめぇだ、死ぬ気できやがれ!」
そんな様子を遠くから見つめる眼鏡の男。
名前はティティ・フュー。
《失われた楽園》の一人にして《虚飾》の大罪人。
「やれやれ、中途半端で切り上げてしまったのは申し訳なかったのですが」
「騒がしくしないで欲しいんだけど、どうにかならないワケ?」
「フェルール様、大変申し訳ございません。これは必要な工程なのです。鬱憤が溜まりすぎてどこで爆発するか不明な不発弾になり得るなら、少しでも危険要素は排除しておくべきですから」
「はぁ、めんど。考えるだけでも面倒な話ネ」
ティティの隣をふわりと宙を舞う女性、もとい霊体。
整った髪型とは逆に脇腹から背中まで肌が見える露出の多い服装、膝下から下は半透明。
床や壁、人体すらも通り抜けてしまう彼女もまた《失われた楽園》の一人。
《怠惰》の大罪人、フェルール。
「聞くのめんどくさいけど、次の作戦はどうなったわけ? 考えるほど無駄なことないケド」
「ご心配なく。現在進行形で準備中です」
「へぇーそうなんだ(棒)」
「我らの敵である大天使、未だ嘗てないほどの弱々しい姿でした。慢心を持たずしていかに仕留め計画通りにしていくか。油断大敵です」
「真面目なのねー、めんどくサ」
「それと今回は私が作戦指揮を執らせていただきます。魔獣たちが少なくなってしまったのでその補充を兼ねて」
直後、ティティの背後の城壁が破壊される。
勢いよく吹き荒れる吹雪が城内に流れ込む。
それを気にすることなくズカズカと歩いてきたのはアイア。
右手で大剣を担ぎ左手には虫の息となった魔獣を抱えていた。
「おらよっ」
物を捨てるようにティティのほうへ投げつける。
全身傷だらけで、辛うじて呼吸をしている魔獣は自力で立ち上がる気力すらない。
「三匹だった気がしますが?」
「あたしが誰を殺そうが勝手だろうが」
「そうもいかないんですよ。我々の計画をより綿密にスマートに美しく彩ること、大事ですなことなのできちんと覚えてくださいね」
「はぁ、また面倒くさい話をしてるノネ」
「おいフェルール、てめぇも他人事じゃねえからな。あたし一人にこんなことやらせんな!」
「……はぁ、めんどっ」
重いため息を吐きアイアを睨むフェルール。
「てめぇ喧嘩売ったな?」
「だから嫌いなのよ、察しないバカは」
「お待ちくださいフェルール様、アイア! あなたもわかってる通りフェルール様との力量さが違います。この場所でまともに戦えば大変なことになりますよ!」
「はっ、知ったことかよ。大体な、あんな奴に従ってやる義理なんて」
「あの子を呼ぶことになりますよ?」
三者の間を不穏な空気が通り過ぎる。
数秒の沈黙の後、フェルールは壁の中へと消えてく。
アイアは苦虫を噛み潰したような顔をしてティティを睨みつける。
「チッ、しらけたぜ」
「洒落ですか? 意外ですね」
「次の作戦があんだろ? さっさと教えろ」
はぁ、と息を吐いてティティはメガネを掛け直す。
「もう既に現在進行形で動いて頂いています。少しズレが起きましたが、仕方ありません。これから私は研究室へ篭りますので壁を修復してください」
「んだよ、結局それかよ。お前の能力で簡単に直せないのか?」
「私は忙しいのです。余計な手順を増やされたので、余計に。ご理解いただけましたか?」
「はいはい、壁の破片集めたり片付けてとけりゃいいんだろ? めんどくせぇな」
悪態を吐きながらも散らばる破片を集める。
その様子を確認してティティは床に転がる魔獣へ視線を落とす。
仲間や同僚に対する目線ではなく見下す目つきで。
「……私の手が汚れるだろ、バカが」
「なんか言ったか?」
「あなたに完璧さは求めていません。穴を塞ぐ程度にしておいてください」
「あの女じゃねーが、ちょー! めんどくせぇ仕事だよ!」
「……はぁ」
本日二回目のため息を吐くティティ。
虫の息の魔獣を片手で摘みながら廊下を引き摺る。
自分の手や着ている衣服が汚れるのを極端に嫌がり、潔癖を超えているほどの強迫観念。
「次の段階へ移らなければなりませんね」
ティティの口角がほんの少しだけ上がる。
その笑みはどこか『偽り』を含んだ不気味さだった。
♢
侵略行為から早くも一日が過ぎたネレウス王国。
被害による爪痕は簡単には癒えず、王国内には不穏な空気を漂わせる二人組がいた。
「りゅーく、あれ! あれ、たべたい!」
「はいはい、次は何を食べたいんだ?」
元気に飲食店を指差す片目を隠した幼女と、呆れながらもついていく後ろ髪をかく若い男。
「串焼き? さっき『旬の果物盛り合わせ大盛りパフェ』を食べたのに、よく食えるな」
「はらはちぶんめ? だって、あーちゃんがいってた!」
「余計なこと教えやがったな。あのな、よく食べるのは良いことだ。だが、あまり食べ過ぎると懐が寒くなる」
「りゅーく、さむい?」
「寒い、懐には残り銀貨が数枚しかねえよ。これじゃ安酒くらいしか飲めないんだよ!」
「おさけ、よくない、ボクたちとごはん、たべる!」
「ったく、しゃーねえから一緒に食うか」
幼女と若い男の間をふわりと悪戯のような風が吹く。
片目を隠した前髪が舞い、その下には幼い姿とは裏腹な悍ましいほどの火傷と爛れた肌。
言葉遣いも容姿も、未熟なのにそぐわないほどのそれは何を意味しているのか。
「メガネ野郎からの仕事もそろそろ終わるんだ、ゆっくり食え」
「うん! ゆっくり、よくかむ!」
「あとは『大天使』だけだからな、どんなやつか楽しみだな」
次の争いの火種はすぐそこに迫っていた。




