覚悟の僅差
「オラぁ!! 勢いは言葉だけか!?」
「違う!」
『私たちの勢いは言葉だけじゃない!』
勢いを増していく攻撃に圧倒されるシエル。
素早く重い一撃の連続を受け止めては弾き返す。
俊敏さ、戦闘経験、明らかにシエルには足りていない。
「一人前どころかまともに戦うことすらできてない、傷つく覚悟すらできてなかった素人が! 今更何をほざいてる!」
「正直、今でも怖い。頭に浮かぶ光景もこの先どうなってしまうのか、万が一なんて考えてる。でもっ! 僕は逃げたくない! 自分の弱さも、過去も、現実からも、絶対に逃げたくないんだ!」
現実から『異世界』へ逃げた『過去』があった。
どうしようもない『過去』で現実から目を背けた。
泣き叫ぶだけしか出来なかったこともある。
大人になったから変えられたことなんてない。
だからこそ、『異世界』は眩しい。
「ちょこまかと口を開けば言い訳ばかりか!?」
「っ!?」
振り上げる速度が上がり防ぎきれない。
攻撃する隙がなくなってきてる。
一歩後ろに────いや、逃げるなシエル!
前に進め。後ろに下がるな、前へ行け!
「はあああああああっ!!」
♢
アイゼン・ルーモンドの心境は内心、焦っていた。
押されていたはずなのに押し返されている。
動作も経験も、全てが未熟。素人以下のど素人。
……なのにさっきまでの勢いが嘘のように形を成そうとしてる。
迷いを振り切った真っ直ぐな瞳。
まるで他者への怒りではなく、自身を鼓舞するように剣先を進ませている。
(オレが、押されてる!? ぜってぇ認めねえ!)
得意の武器で自分が圧倒的に有利。
覚悟を持ったなんて、口先のみ。
自分が味わった絶望に比べれば道端の石ころと変わらない。
「ウゼェ、うぜえうぜえうぜぇぁんだよ!! お前が吐く言葉も覚悟も、たった一人で何ができんだ! あァ!?」
「一人じゃない! 僕は、僕とリゼットと一緒に強くなる! だからっ、あなたに勝ちます!」
「だったら徹底的にブチのめしてやる!」
怒りが脳に浸透していき、動きは活発さを増す。
防ぐ余裕すら与えない勢いがシエルの表情を崩していく。
『シエル、一旦下がれ! 体勢を整えろ!』
「うん!」
「させるかっ!」
攻撃が緩んだ隙を見落とさず頭上高く振り上げる。
今のアイゼンの頭に遠慮と手加減は存在しない。
過去からの経験もあっての現在がある。
生半可の動きでは必ず乱れるのは自身で理解している。
それ故にどこで崩れやすいかも予測済み。
「これでッ、終わりだぁぁっ!!」
力強く踏み込んだ足と体重をこめた一撃。
防ぐことも避けることも難しく完全に勝った。
目の前を舞う砂埃が何よりの証拠。
口角が上がるのが自分でもわかった。
(少し、やり過ぎたか?)
我を失う手前であったとはいえ、不味かったか。
骨の数本を折った程度なら多少のトラウマになる。
あのど素人にもいい教訓に───、
「──あ? なんで地面にいねえ?」
振り下ろした先にあるはずの『モノ』がいない。
少なくとも胸の骨は何本か折って地に伏している。
まともに動けるはずが───。
『───全く、お前には私も驚かされるな』
「ごめんリゼット。こればかりは僕も思いつきに近いかな」
声のする方向へ思わず顔を上げる。
アイゼンの瞳に大きく映ったのは右翼で宙に浮かぶシエルの姿があった。
♢
「んでてめぇがオレを見下ろしてんだ、ってかさっきまで地面に立ってたお前がなんで」
「わかりません。でもっ、僕は半端な覚悟なんて持ち合わせていないので!」
内心、少しだけカッコつけてしまった。
さっきまでの流れを変えるとまで行かなくても、ほんのちょっと気持ちが明るい。
前向きな姿勢に右翼が僕に応えてくれた。
そんな気がするんだ。
「……もういい。オレがバカだった。てめぇをぶっ潰す前に一つだけ訂正しといてやる、生半可な覚悟を持ってたのオレのほうだ。悪かったな」
「え?」
「だから、ここからは手加減なしの一撃だ。泣き言なら来世に託すんだな」
持ち上げたハンマーを両手で構える。
上からの攻撃に迎撃する、否、反撃を行うための。
空気が熱せられ周囲がバチバチと火花を浴びていく。
覚悟の据わった視線がこちらを一心に捉える。
正直言ってすっごく、カッコいい。
幼い子がとか、重々しい言葉とか。
発言の一つや態度と行動から感じる凄さ。
語彙力が足りないけど本当に憧れるカッコ良さだ。
『怖いのか? シエル』
「うん。物凄く、今のあの人カッコいいと思う」
『は?』
「え? 違った?」
『細かいことは後に聞く。シエル、勝ち目はあるのか?』
「わかんない。……でも、勝ちたい」
刀身に白銀の光を集めていく。
地面を蹴るように空中から一気に、一直線に。
自分が傷つく『覚悟』も相手を傷つける『覚悟』も背負って、この一撃で!
「ルナティックルシファアア─────ッ!!」
急降下から止まらず速度をそのままに向かっていく。
「ライジングッ、ブレイカー!!」
稲妻を纏った鉄槌が迫ってくる。
大きく振り下ろした剣先から辺り一面が真っ白に染まっていった。
♢
爆音のように響いた闘技場内部での出来事。
土煙に包まれていた人影が漸く姿を現した。
「ったく、手間かけさせやがって」
アイゼン・ルーモンドが悪態をつく。
先程の戦闘において、勝利を収めたのは経験の差か。
あるいは『覚悟』を最初から持っていた者とそうでないものだったからか。
「オレが本気になってなかっただけマシだと思えよな……だが、最後は悪くねーモンだった」
アイゼンが見下ろす先に仰向け状態のシエル。
気絶して変身する前の姿に戻ったが、どうにも違和感が否めない。
その隣に深々と地面に刺さる魔剣も沈黙のまま。
「というか、コイツ───本当に何者なんだ? ただの人間が扱えるはずもない得物抱えてご立派に《輪廻天生》を口にしやがった。あのクソ博士、何か隠してやがんな? ったく、おいミョルニル。てめぇも黙ってねえで一言ぐらい喋れ」
『知らん』
「はぁ!? 三文字で済ませるバカなんていねーんだよ、もっとはっきり答えろ!」
『その男は異質だ。何故、殺さない? 情が湧いたか?』
「なに年寄りクセェこと言ってんだ、誰がこんなやつなんか」
『そうか、ならばよい』
はぁ、と息を吐いてアイゼンは頭を掻く。
地面で眠る男をどうするかよりも悩むことが二つあった。
「ちょっと団長! もしかして、そこにいるのはシエル……そこ! 絶対に動くな! 今行きますから!」
「げっ、地獄耳とはこのことかよ! めんどくせぇ」
「全部聞こえてますからね!」
それは闘技場の使用許可を得ず無断使用したこと。
今気絶している男が新しく『擬似天使』に入団させるかどうか。
追いかけて来るセシルに対してアイゼンは、
「まぁ、オレがみっちり鍛えてやればいいのか」
苦笑いを浮かべながら必死に言い訳を考えることにした。




