徒情ランドリー
溜まりに溜まった洗濯物を乱暴に押し込み、小銭を入れる。四十五分と表示された数字にため息をつきながら、カップ式自動販売機の前に立った。
外の蒸し暑さが嘘のように、キンキンに冷やされた店内。ホットコーヒーでも飲もうか。ボタンを押す前に、チラリと時計を見る。
「……カフェインレスにしておくか」
白い湯気の立つカップを持ちながら、ベンチに座り、スマホを開く。
「あちっ」
想像以上に熱かったコーヒーに、思わず声が出る。ひりつく舌の感覚に、思わず愚痴を溢そうとした時、自動ドアの開く音がした。
「最悪……」
そうぼやきながら入ってきたのは、若い女性だった。ホットパンツから覗く白い太もも。雨に濡れて首に張りつく黒い髪の毛。ビー玉のように透き通った瞳。なんだか目に毒な気がして、さっと目を逸らす。こんな夜更けに、誰かいるなんて思っていなかったのだろう。視界の端で、こちらに気がついた女性が少したじろいだのがわかった。
女性はそそくさと洗濯物を洗濯機に入れ、両替機に向かう。
「あれ」
狼狽える女性。どうやら、何度お札を入れても両替されないようだ。声をかけようか迷っていると、彼女が勢いよく振り返った。
「すみません、もしよろしければ小銭を貸していただけませんか……釣り銭不足で小銭が出てこなくて」
「いいですよ」
自動販売機で飲み物を買って小銭を作るという案は、あえて言わなかった。手を出す彼女の上に、小銭を置く。軽く触れた彼女の手は、少し湿っていた。
「毎日雨ばっかりで嫌になっちゃいますよね。俺の家の洗濯機、こんな時に壊れちゃって」
無事洗濯機が回り始めたタイミングで、女性に話しかける。
「奇遇ですね。私もです。この時期、乾燥機がないと厳しいですよね」
お金を貸したことで警戒心が薄れたのか、女性は当たり前のように俺の隣に座った。ふわりと漂う甘い匂いにクラクラしながらも、俺は平然を装った。
彼女が髪の毛を耳にかけ直すたび、口元を抑えて笑うたび、俺の中で不純な欲望が膨れていく。「お金、返すのは今度でいいよ」とか言えば、また会ってくれるだろうか。
話も盛り上がっている中、俺の洗濯の終わりを知らせる音が大きく鳴り響いた。
「洗濯、終わったみたいですね」
「ああ、そうですね。でも、夜も遅いですし、よければおく……」
「はるか」
「あっ、きょうくん」
自動ドアが開くのと同時に、男が女性に声をかけた。はるかと呼ばれた女性は、きょうくんとやらの元へ、嬉しそうに駆け寄る。
「心配するから、出かけるときはちゃんと言って」
「ごめん。あっ、きょうくん三百円持ってない? あそこの人に貸してもらったんだよね」
「持ってるよ。すみません、ご迷惑をおかけしたようで」
「ああ……いえ……じゃ、俺はこれで」
スラリと長い足をした爽やかな男から、三百円を受け取り、俺は足早に店を後にした。
家に着き、洗濯物を干すことなくリビングに放り投げる。行き場のなくなった熱を、氷を口いっぱいに含み、バリバリと噛み砕くことで誤魔化した。
次の日、俺は朝からトイレに引き篭もった。ようやくお腹が落ち着いた夕方、関東地方の梅雨明けが発表された。
作者は、梅雨がとても好きです。雨に濡れる紫陽花は美しいし、目覚めた時に雨の音が響いているのも心地が良いし、ホットコーヒーがいつもより美味しく感じるし。これを言うと「雨が好きな自分が好きなんでしょ」と言ってくる意地悪な人が多いので、私は好きな季節を聞かれたら「冬」と答えるようにしています。まあ、そもそも梅雨は四季に含まれていないのですが。
花の中で、紫陽花が1番好きなんですよね。土によって色が変わるの、生まれ育った環境によって性格が違う人間みたい。なんて、今思いついただけです。単純に、綺麗だから好きです。
弱性の毒があるところもなんだかいいですよね。葉っぱ、食べると嘔吐、失神、昏睡起こすとかなんとか。致死量を食べるには相当の量が必要みたいですが。
「私が死んだら、棺に紫陽花をたくさん詰めてね」と、数年前から母に言っています。母が忘れていたら、これを読んでくださった誰かが、代わりに詰めてください。
あとがきって世間話をする場所だと思っているけれど合っているかなあ。
読んでくださってありがとうございました。一緒に、梅雨を楽しみましょうね。