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鬼の偉業  作者: 時雨笠ミコト
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鬼が山の中を歩くだけで、周囲の空気が張り詰める。植物すら、自分を拒否していることに鬼は寂しさを覚えた。

しかし、諦める訳にはいかない。何がなんでも雪に会わなくてはいけない理由が彼には会った。

鬼は山の中で他の生き物を探し回り、親子の熊を見つけた。

鬼は熊を驚かせないように、怯えさせないように距離を取った状態で、両手を上にあげて話かけた。

「絶対に傷つけないと約束する。監視もしてもらって構わない。子供を少し貸していただきたい」

 鬼がそういうが早いか、父親の熊が妻と子供を庇うように立ち、即座に拒否した。

「無理に決まっているだろう、私たちの宝をよりにもよって鬼に任せられるか。信じて食われでもしたら悔いても悔やみきれぬ!」

「そこをどうにか頼めぬか」

「話にならん!」

 熊はさっさと踵を返して山の奥深くへと消えて行ってしまった。

鬼はその後も、様々な動物たちに『どうか一時赤子を託してほしい』と頼み続けた。

だが、どんな動物に頼んでも、返ってくる返事はみな同じだった。

総じて否、鬼に我が子を託せるはずがないと、皆一様に拒否をした。

しかし鬼は怒ることはなかった。単純に、気持ちが分かってしまうからだ。

信頼も何もない、見ず知らずの怪物に「自分を信じろ、子供を貸せ」などと言われたら、自分も警戒して逃げるだろう。

「……いかがしたものか」

 打つ手がなくなった鬼は、ウロウロと山の中を徘徊し始めた。

そんな彼の耳に二つ、植物ではなく生き物の発する音が聞こえてきた。

息苦しそうな吐息と、「頑張れ!頑張れ!」という励ましの声。

鬼はそんな声が少し気になって話しかけようとし、自分では怖がられてしまうと思いなおして、気づかれないように覗き込んだ。

覗いた先には、番の兎が一組いた。

妻の方はどうやら身重であるらしく、腹が膨れている。

そして何の準備も間に合わぬままこんな場所で産気づいてしまったらしく、あらい息遣いの妻を夫はひたすら励ましていた。

しかし彼らは草食動物、しかも妊娠出産の最中というあまりにも無防備な状態とあれば、狙う輩は当然出てくる。

 兎を喰らうべく、じわじわと距離を詰めていく獣たちに、当の本人たちはまるで気づいていないらしい。

仕方がないだろう、彼らは腹の中の子供を無事に産むことに必死なのだから。

いつもならば、コレが世の理だと無視していたことだろう。それに今は時間がない。雪に早く会わなければいけなかった。

しかし鬼は何故か、理屈抜きで子や番を守ろうとする兎を随分好ましく思った。

……結果鬼が選んだのは、『兎の番を守る』という行動だった。

鬼は走り出し、兎に飛びかかろうとした獣を殴り殺した。

「……鬼ッ!?」

 兎は鬼の前にすら立ち塞がり、産気づいている妻を守ろうとしたが、鬼は彼らに対し害意がないことを伝えるべく、手を開き肩の位置で固定して見せる。

しかしそう簡単に信用されるはずがなかった。

兎は未だ警戒した状態のまま、鬼に対して質問を投げかける。

「まずは助けていただいたこと、感謝いたします。貴方は鬼と見受けしますが、何故私たちを助けてくださったのですか。対価に子を食わせろというのであれば、申し訳ないが拒否させていただくが」

「いや、対価も何も必要ない。ただ貴方たちの姿が好ましく思え、勝手にしただけのことだ。警戒させて申し訳ない」

 少しだけ態度が軟化した兎に、鬼は可能な限り優しげな微笑みを浮かべ、とある案を提示した。

「貴方たちさえ宜しければ、出産の間守らせていただいても良いだろうか。勿論、対価も何も必要ない」

「……願ってもない、お願いしてもよろしいか。妻ももう限界でしょう」

「では安心されよ、何があろうと指一本触れさせないことを約束しよう」

 そして鬼は、出産の間兎たちを守り、危険のない間は母兎が楽になるように色々としてやった。

父兎が出来ないことができる鬼に、母兎は疲労困憊になりつつも感謝していた。

父兎は見張りや場の整備を手伝うと豪語していたのだが、鬼はずっと働こうとする父兎をつまみ上げ、母兎の横に用意していた寝床に半ば無理やり放り込んだ。

「…何をされます!?」

「もう貴方も休まれよ」

 ばたばたと摘まれた状態のまま暴れる父兎に、鬼は端的に応じる。しかし休めと言われても、父兎は一向に休もうとしなかった。

「いえ、母と子を守るは本来父親の役目!母と子が命をかけて頑張っている時に、私一人休むわけにはいきません!」

「今意地を張って貴方が倒れては元も子もなかろう。貴方は今後も妻子を守らなければいけないのだから、代行が可能な私がいる間に休むべきだ」

 意地を張っていた父兎だが、鬼の正論に何も言い返すことができなかった。

そして、妻の横に作られた臨時の寝床に導かれ、休むようにとゆっくり頭を撫でられる。

「………はい、では、お言葉に甘えて…少し、失礼します…」

 元々限界まで疲労していた父兎の瞼はあっという間に重くなり、父兎は申し訳なさそうに礼を言いながら眠った。

鬼は疲れ切って寝息を立てる父兎を見、そして一時的に陣痛から解放され気絶しかけている母兎を見てから一言呟いた。

「絶対に守ると約束しよう」

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