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その六十 密約

尾張平野を見下ろし語り合う義元と藤吉郎のところに遠慮がちに使いの小姓がやってきた。


「殿・・・・、そろそろ出立の頃合にございますればお何卒お支度を・・・・」


振り返るといつの間にか陣幕もきれいに取り払われ、さっきまで握り飯を頬張っていた鉄砲衆やら荷役の雑兵たちも皆立ち上がって再び隊列を作り始めていた。


藤吉郎も我先に自分のあるべき(・・・・)場所に戻るべく丘を駆け出した。


心臓がどっくんどっくんいった。


・・・・ いよいよだ ・・・・


その頃、信長と織田の主力部隊は熱田神宮から善照寺砦に進み、()を窺っていた。


熱田から善照寺砦までの道のりは双方とも互いに見通すことができない地形であったのだが、信長は各所の寺に突かせた梵鐘によって今川方の所在を掴んでいた。


ここまで敵方に悟られずに接近すれば山林越しに今川方の動静を窺い知ることもできる。


信長の元に休憩中の今川軍に前進の兆しありとの報が入る。


信長は南の空を見上げた。


・・・・ しばし足止めが必要なようだな・・・・


にわかに信長はカン高い声で伝令を呼んだ。


佐々(さっさ)に首尾どおりいたせと伝えよ。骨は必ず拾うてやるとも申し伝えよ」


何のことか分からぬまま伝令役は先頭部隊の佐々政次のもとへ走り出した。


伝令役が走り出すと背中につけた赤い布が風を受けて風船のごとく膨らんだ。


身分の別なく何者もこの赤母衣(ぼろ)衆の行く手をを妨げてはならないというのが信長が家臣に課した掟であった。


佐々政次に覚悟のときがやってきた。


躊躇は無かった。


・・・・ 是すべて身から出た錆。今日、自分がここに潰えることが先々の佐々家のためとなる ・・・・


佐々は信長と命と引き換えに密約を交わしていた。


それは未明の丸根砦に散った佐久間盛重も同じであった。


その密約の謎解きは後ほどに美しく成長した姿で登場するこの物語の最重要人物であるお市(・・)の明晰な頭脳に任せることにいたすことにいたしましょう。


さて、佐々政次の先鋒三百は善照寺砦を出発、途中の中島砦には目もくれず今川軍が見下ろす桶狭間丘陵の麓に忽然とその姿を現した。


にわかに今川軍に緊張が走った。


義元の傍らにすぐさま伝令が飛んできた。


「殿、織田に不穏な動きが見えまする。鳴海城を包囲していた織田の守備隊と思われる三百騎ほどが大高城への進路に割って入ってきました。如何いたしましょう?」


それを聞きつけた酒井大善は早った様子で、「義元殿、あれは織田家譜代の佐々政次という猛者にございまする。見たところ鉄砲も持ち合わせておらない様子。功を焦っての独善にございましょう。奴には清洲城での存念がございますれば露払いの任は是非(それがし)めに・・・・」


義元には、元々が織田信友の家老だった新参者の大善の方が功を焦っているように見えた。


「よし、許す。直盛、大善を先鋒に加えよ。異存は無いな。見事蹴散らして見せよ。」


「ははっ、ありがたき幸せ」


義元からそう命じられた井伊直盛と酒井大善は顔を見合わせて頷き(・・)あった。


大善は後方にぴったり寄り添っている前田利家に向かって檄を飛ばした。


「又左!、ご恩返しのまたとない好機ぞ。貴様の槍捌きを義元様に御披露いたせ」


酒井大善と前田利家は疑われることなく今川の先鋒に潜り込んだ。 


こうして元信長の敵、酒井大善と信長の元小姓だった前田利家は二百の鉄砲隊とともに"今川方"の先鋒として佐々政次との激闘に向かうのであった。

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