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その五十九 義元の遺言

「あの頃・・・・鳴海と大高の城代どもが沓掛城を手土産に寝返ってきたとき、家中の誰もが労せず西尾張が転がり込んできたと喜び申した。しかしながらそれまでは三河を緩衝地帯にそれなりに安定していた遠江(とおとうみ)と尾張の間に新たな火種が生まれたとも云えまする。さきほども申しあげましたように領地というのはただ単に広ければ良いというわけにはゆきませぬ。肝要なのは国境(くにざかい)の安定にございます。鳴海、大高、沓掛の領地が織田禅正忠(だんじょうのちゅう)家から当家に移ったということは、以降は当家がこれらの城の面倒を見てゆかねばならぬということにございまする。それ以来、ほれ、あれに見える大高城や鳴海城への兵馬や兵糧の搬入には随分と苦労をさせられ申した。何しろうつけ殿ときたら本気で城を取り返す気があるのやら無いのやらそれらの城を取り囲むようにいくつもの砦をこしらえて孤立させ、搬入の妨害ばかりに血道をあげておりましたから。おそらくは痺れを切らせた今川にわざとこの地まで出張らせ、頃合を見計らって鳴海、大高、沓掛けがふたたび織田に寝返り深入りした今川を包囲して殲滅するというのが信秀殿とうつけ殿親子の策略だったのでありましょうな」


おおむね義元の読みどおりではあったが、信秀の死後、信長は父親の立てた策略に修正(・・)を加えていた。


「敵ながら見事な策略といわざるを得ぬ、かくの如き策略を巡らせらせた信秀殿はまこもって恐ろしき御仁で御座った・・・・それにひきかえ・・・・」


そこで義元は溜息をついた。


「信長様のことでございますか?」


「如何にも。信秀殿の策略に気が付いたのは義元の力ではござらぬ。信秀殿の策略を内通してきたは何を隠そう上総の介殿ご当人よ」


「・・・・」


藤吉郎は無言であった。


「信秀殿が急死したことでそれまでの計画は中止せざるを得なかったはずにござる。にもかかわらず鳴海の城代の山口教継ら親子は信秀殿が亡くなるや織田を見限り本当に今川に寝返えってきたのでございます。これにはさすがにうつけ殿とて立腹したのであろう。今度は今川に密使を寄越して奴らは信用ならざる者達ゆえ煮るなり焼くなりそちらで好きにいたせと申してきた」


「さては義元殿に貸しを作って講和を有利に図りたかったのではございませぬかな」


「それにしてもつくづく哀れな男よ。人望がないばかりにせっかく父親がお膳立てしてくれた策略を台無しにしたばかりか、哀れ山口親子は当家にて切腹に追い込まれ、その後の鳴海には譜代のの岡部元信が、大高にはつい昨日から婿()の松平元康殿が入って磐石の守りとしておる。父親が何年も掛けて段取りをした今川包囲作戦が消えてなくなったばかりか東尾張の大半を失うはめとなりもうした。いまやうつけ殿に残されておるのは那古屋城と清洲城だけとなってしょもうたは。一時の感情にとらわれ父親が練りあげた策略を自ら敵に明かしぶち壊しにするとは、上総の介とやらは正真正銘の大うつけとしか思えぬわ。父親の才覚の微塵も受け継がれておらぬ・・・・」


義元はまたここで「ふー」とため息をついた。


「偉そうには云えぬか。当家とて同じことよ。なぜに親の才覚がそのまま子に受け継がれぬのであろうかの。どこの領主も皆それで頭を痛めることになる」


「氏真様のことにございますか?」


「如何にも・・・・」


ここで義元は突然今まで思い付かなかった計画を思いついた。


「いや待てよ。あの女子(おなご)が産んだおのこ(・・・)ならばわしの才覚を見事受け継いでくれておるかも知れぬ。氏真はそれ(・・)までの繋ぎが務まれば良い。氏真には良い元康(かろう)が付いてくれておるしな・・・・」


このとき義元が口走ったことは藤吉郎には皆目見当が付かないことであったが、この先藤吉郎はこのときの義元の思いに応えることになるのであった。


そして、それは四十年後に起きる "関が原" への大いなる伏線ともなるのであった。

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