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その五十二 敦盛

熱田神宮の御神体の草薙剣(くさなぎのつるぎ)がきっかけで、信長少年は平家滅亡にも興味を抱いた。


そもそも織田家は越前織田(おた)の庄の神官で平氏の出自を名乗っていた。


越前を治めた室町幕府管領(かんれい)斯波(しば)氏が尾張守護職に赴くときに織田も付き従ったのが尾張守護代となる経緯である。


その後、室町幕府の衰退とともに斯波氏も没落し、尾張は守護代の織田家が実権を握るようになった。


やがて織田家は分裂して尾張上四郡を織田伊勢の守家が、尾張下四郡を織田大和の守家がそれぞれ分割統治するようになった。


信長の織田禅正忠(だんじょうのちゅう)家はその織田大和守家の分家すぎない身分であった。


ところが父信秀の代に交易の権益を梃子に勢力を伸ばし、近隣に領地を広げ、隣国の三河や美濃と争うまでに躍進し、分家の禅正忠家が実力では大和の守家を凌駕した。


信長が清洲の織田信友を討つに至り、大和の守家は滅んだ。


今川に潜入している坂井大膳は織田信友の家老である ・・・・



さて、平家滅亡に話を戻そう。


平家の滅亡を決定付けた一の谷(現在の神戸市須磨区)の戦いでの出来事が平家物語に語り継がれ、それが幸若舞の"敦盛(あつもり)"になった。


信長が好んで舞ったとされる"敦盛"とはこの幸若舞のことである。


なぜ、事あるごとに信長は敦盛を舞ったのだろう?


それも出だしの一節だけを何度も何度も繰り返し舞ったという。


~人間五十年~、の一節を信長が特に好んだからであろうか?


そもそも平家物語で語られる敦盛とは以下のような出来事である。


~十七歳の平敦盛は一ノ谷の戦いに参加していた。義経の奇襲攻撃で平家が劣勢になり、騎馬で海上の船に逃げようとした敦盛を、義経配下の熊谷次郎直実という坂東武者が「敵に後ろを見せるのは卑怯でありましょう、お戻りなされ」と呼び止めた。敦盛が取って返すと、直実は敦盛を馬から組み落とし、首を斬ろうと甲を上げると、我が子と同じ年頃の美しい若者の顔を見て躊躇する。直実は敦盛を助けようと名を尋ねるが、敦盛は「お前のためには良い敵だ、名乗らずとも首を取って人に尋ねよ。すみやかに首を取れ」と答え、直実は涙ながらに敦盛の首を切った~


事実かどうかは定かでないが、悲壮な最期を遂げた敦盛にはある噂がつきまとった。


実は敦盛は平経盛(清盛の弟)の子ではなく、後白河法皇の御落胤であったと。


江戸期には敦盛を御落胤として描いた浄瑠璃や歌舞伎が創作され、現代に至るも歌舞伎の人気演目の一つである。


前半の"歌舞伎・一の谷"では史実そのままに敦盛は熊谷次郎直実に首をはねられる。


ところがそれにつづく"歌舞伎・熊谷陣屋"では、実は敦盛が後白河法皇の御落胤であることを知っていた直実が、同じ年頃の自分の息子の首をはねて敦盛の身代わりにしたという、とんでもないどんでん返しが待っている。


もちろんこれは浄瑠璃作家達の創作であろう、しかし敦盛の"御落胤伝説"が下敷きとなったことには違いない。


熱田神宮のすぐそばで生まれ育ち、父信秀から藤吉郎を与えられた信長も、敦盛の伝説に藤吉郎の身の上を重ね合わせたのではあるまいか ・・・・




やがて夜明けの南東の峰から新たな煙が立ち昇り始めた。


籠城戦で持ち堪えていた鷲津砦もついに陥落した合図である。


信長は階下に控えていた小姓衆を最上階に呼び入れ、その一人に鼓を打たせた。


人間(じんかん)五十年、下天(げてん)のうちをくらぶれば、夢幻の如くなり。一度生を享け滅せぬもののあるべきか~


天守の板の間に"敦盛"の導入部分と鼓の合いの手がこだました。


唄の内容はどうでもよかった。


ただ敦盛を好んだことが人づてに伝承されれば良かった。


敦盛の舞は、後の世に向けた信長の"暗号"であるとともに、藤吉郎が自分を裏切らないための"保険"でもあった。


信長が敦盛を唄い舞うたびに、藤吉郎は自分のことが暗示されていると感じたはずだ。


信長はけっして"敦盛"を手放さないと ・・・・

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