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その五十 合戦前夜

夜更けの清洲城下は開戦前夜とは思えないほどに静まりかえっていた。


それはそうである。


今宵が開戦前夜と知る者は城下に誰一人いなかったのだから。


唯一人、明日の決戦を知る信長は、一人天守に昇り南東の方角を望んだ。


その方角には熱田神宮がある。


記録では西暦一一三年建立とされる最古級のこの社には、三種の神器の一つ草薙剣(くさなぎのつるぎ)が御神体として祭られていた。


熱田神宮は信長が生まれ育った那古野城からは目と鼻の先である。


人一倍好奇心旺盛な信長少年がこんなお宝を見過ごすはずが無かった。


事あるごとに宮司のところに押しかけては草薙剣(くさなぎのつるぎ)を一目見せろと食い下がった。


宮司も実力者の織田禅正忠の跡取りとあっては無碍にも出来ず、ほとほと困り果てていた。


とうとう根負けした宮司は御神体の秘密を信長少年にそっと明かした。


「信長様、くれぐれもあなただけの胸の奥に秘めておいて下さいませ。実は御神体はもうここには無いのです。壇ノ浦の合戦の折、滅び行く平家と共に海に沈んだのです……」


信長少年は合点し、それ以降しつこく付きまとうことはしなくなった。


そして平家滅亡に興味を抱いたらしく、平手に請うて壇ノ浦の合戦について書き記された書物を読み漁った時期があった。


しかし今宵信長が南東を望んだのは別に熱田神宮に願い事をするためではなかった。


信長の視線は熱田の先に向けられていた。


星の無い曇天の夜空を背景に、遠くにかがり火であろう明かりがぽつんぽつんと二つ並んで見えた。


大高城を見下ろす尾根筋に織田が築いた丸根砦とに鷲津砦である。


明日の昼、伊勢湾は大潮をむかえる。


清洲側から大高城への攻め口は河口の増水で阻まれてしまう。


今川は過去に何度もこの大潮を利用して難なく大高城への増援や補給を行なってきた。


今度も間違いなく大潮に乗じて沓掛から大高へ進軍するはずだ。


不慣れな土地を大軍で行軍するともなれば危険な谷筋より見晴らしの良い高台を選ぶのが定石である。


用心深い義元なら尚のこと、間も無く今川の領地となる東尾張一帯を一望できる"桶狭間山"に陣を張り、周辺の安全を隈なく調べ上げた後に悠々と大高に入城するはずである。


信長は何年も前から桶狭間山を決戦場と決め、丘は丸坊主に刈られていた。


それは昔からの禿山の丘陵地帯と思えるように自然に作られていた。


信長は何故わざわざ敵方が布陣しやすいような丘を用意しておいたのだろう?


やがて南東の尾根筋に火の手が上がり夜空を赤々と照らし始めた。


松平元康が攻め立てていた丸根砦が早くも陥落したようである。


信長は砦の守備隊に砦が落ちるときには盛大に火をかけるように命令していた。


ここに桶狭間の戦いの火蓋は切られた。


しかし信長には砦が落とされてもまだ動く気配がなかった。

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