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その五 出奔

日吉が十五になって間もなく、城からの使いが来て夜半を過ぎてから竹阿弥と共に登城することになった。


夜は真っ暗になる城内の廊下を、燭台の小さな明かりが点々と照らしていた。


辺りにはぷんと菜種油の焼けるいい香りが漂っていた。


日吉はなぜかこの匂いが好きだった。


日吉達は上へ上へと誘われた。


初めて上る天守であった。


天守の最上階には数人の男が集めれれていた。


ここは最も密談に適した場所でもある。


床下も天井裏も無く盗み聞きは不可能である。


上座に信秀と並んで普段とは見違えるような着流し姿の信長が、向かって右側に家老の平手政秀が、そして下手には会ったことも無い地侍風の若い武士が二人控えていた。


日吉は竹阿弥と共に家老の平手の向かい側に座した。


平手が日吉の方を見ながら評定の続きを口にした。


「しかし如何に修練を積んできたとは申せ、このような若輩者に家運を左右する大任を預けるは些か無謀ではございますまいか。

それに、義元殿に野心を焚きつけると言いながら、すぐに行動に出られてもこちらの準備が間に合わぬ事とならば厄介でございます」


信秀は、腕組みを解いて言葉を尽くして一同に賛同を求めた。


「今川にとっても家運を掛ける一大事、義元とて決心がつくまでには熟慮に熟慮を重ね何年もかかるであろう。

それに日吉がまだ若年の今だからこそ好機なのだ、よもやこの年で織田が仕込んだ間諜だとは義元とて思いも寄るまい。

何しろ日吉が義元に語ることは全て真実。

相手を陥れようとする者は真実を以って謀らねばならぬ。

嘘はすぐに見透かされる。

そしてこれは何より大事なことであるが義元は儀に厚い良い人間である。

日吉の境遇を聞けば必ずや日吉を御所に誘うことが己の天命と思い至るであろう。


・・・・ 我らはそれを利用する ・・・・


よいか日吉、義元に会うたなら必ずそなたを奉じて上洛を果たすという志をいだかせるのだ。

そして ・・・・ 

いよいよ義元が腰を上げそうになったときを見極め ・・・・ 」


信秀は手に持った扇子で差し、地侍達に発言を促した。


「はは、拉致を装って尾張に舞い戻りまする」


信秀は頷き、「左様、寸でのところで梯子をはずされた義元は怒り狂って尾張に攻めて来よう」


「そのときこそが今川を叩き潰す好機にございますな父上。さる!貴様に成せるか?」


「はい、本当のことを申すだけでよいのですから容易うございます。

信秀様から「"うつけ殿"の家臣になれと云われたので嫌で逃げ出した」、とでも申しまする」


日吉はひょうきんに信長に返した。


そう言われた信長は怒るどころか大層おかしそうに、「さるめ、よう申した」、と日吉を褒めた。


信長と日吉の絶妙な掛け合いを見せられて、座にいた皆が事が上首尾に運ぶと予感させられた。


信秀は日吉を選んだ己が目に間違い無かったと確信した。


「日吉、そこに控える者達は、今日より其の方の家来となる両名である。蜂須加小六!」


「はは、」


「前野将右衛門!」


「はぁー、」 


「どちらも腕っこきの衛士である。そなたの素性についても、公家方の作法にも合い通じておるゆえ万事抜かりはあるまい。

よいか日吉、戦とは悪戯に弓や槍を突き合わせるだけが能ではないぞ。

相手の心を読み、崩し、こちらの意図したとおりに動かす。

さすれば如何なる強敵でも恐るるに足らずだ。

必ず義元の心に上洛への野心を焚き付けて参れ」


日吉は若年の自分にかくの如き練達の家来衆を預けられるとは夢のようであった。


同時にこの任務が織田家の命運を左右する重大な謀略となることも理解した。


それに、日吉には恐れや不安はひとかけらも無かった。


自分はありのままのことを口にすれば良いのだ。


只それだけで後は周りが勝手に動く。


それにしても戦国とは何と面白き時代なのだろう。


もし、何事も無く皇子として御所の穴倉で暮らしていたなら、こんなにも血沸き肉踊るような経験とは無縁であったろう。


日吉は今、己の境遇を心から歓喜した。



この日を境に日吉は二人の衛士と共に尾張から姿を消した。

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