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その四十六 一益

一益(いちます)は寝付けぬ夜をすごしていた。


甲冑を纏ったまま寝入ることなど造作も無いこの男が、なかなかに寝付けぬ理由は昨夜の信長の振る舞いにあった。


昨夜の軍議は内容に乏しいものだった。


すでに今川方は国境(くにざかい)を超え沓掛城にまで迫っている。


先鋒の三河軍は前線基地の大高城への兵糧搬入まで済ませている様子である。


大高城は清洲からは目と鼻の先である。


明日の明け方、伊勢湾は大潮となる。


大潮の頃の大高界隈は川幅が増した河口に浮かぶ海城となる。


清洲側からは容易に近づくことすら叶わぬより堅固な城砦と化すのである。


万事戦略に長けた義元がこの好機を逃すわけがなく、明日には本隊を引き連れ硬い守りの大高城に本拠を移して来よう。


そしていよいよ清洲に圧力を掛けてくることになる。


尾張の危機に幾度も援軍を差し向けてくれた美濃の道三は、子の義龍に討たれ今は無い。


今や帰蝶の故郷、美濃は敵国である。


織田には後も前も無かった。


にもかかわらず主君信長のあの "のん気" さはいったい ・・・・



前夜、鎧戸を大きく開け放しているにもかかわらず夜風がまったく入らず蒸せくりかえるような広間で軍議を開いた信長であった。


各方面から立てられた使者が矢継ぎ早に状況報告を述べた。


「今川の先鋒と見られる三河軍、兵糧を積んだ荷駄を連ねて大高城の増援に入りました」


「明日は大潮ぞ。そうでなくても堅固な大高城に尚更手が出せぬ ・・・・ 」


間諜(くさ)からの内通によれば、義元は沓掛城には逗留せず明日にも大高城へ進軍してくる模様にござります」


信長は何を聞いても退屈そうに扇子をぱちぱちさせるだけで、献策を述べさせることも、策を言い渡すこともなく、今川に立ち向かう覇気など微塵も感じられなかった。


「今宵は蒸すな。明日は昼から一荒れ来るであろう。大潮と相まって鳴海も大高も足元がぬかるんで城兵とて討って出られまい。明日は戦は無しじゃ。今宵はこれでお開きといたす。皆早く引き取ってよく寝ておけ」


家老格の丹羽長秀が慌てて申し述べた。


「空模様など明日にならねばどうころぶか解りませぬ。それにぬかるむのはこちらも一緒でござれば、むしろ大潮の機を突いて大高に進軍してくるのが定石にございましょう。今川の大軍に尾張で一、二に堅固な大高城に入られてしまってはもはや手も足も出せませぬ」


「わめくな長秀、今日は気が乗らぬ。仕舞いじゃ」


そういうと信長はぷいとふてくされたように広間を去ってしまった。


あっけにとられて残された古株の武将格の者達の中には顔をしかめるものが少なくなかった。


「ようやく尾張を平らげたというに、禅正忠もここまでよのう ・・・・ 」


「殿は今川に恭順するおつもりなのよ ・・・・ 」


そう捨て台詞を残して座を引き上げていった。


しかし座の全員が信長を見限った訳では無かった。


・・・・ 殿も芝居が下手よ。明日はきっと勝負を仕掛ける気ぞ ・・・・


・・・・ またいつもの単騎駆けで我々を出し抜くつもりであろう。今度はそうは参らぬ ・・・・


信長の才覚を信ずる若手の武将達は、信長のわざとらしいのん気振りが敵味方を欺く芝居であることを見抜いた。


・・・・ 早く帰って今川方の間諜(くさ)の者に気付かれぬよう出陣の支度だ ・・・・


信長は腹心の武将達にさえ断片的な指示しか与えていなかった。


作戦の全体像が漏れぬ為である。


大高城と対峙する丸根と鷲尾の各砦には、「攻め手が松平ならば撃って出て短期決戦、今川譜代の隊なら砦に籠もって持久戦をしろ」であった。


織田の鉄砲隊を率いる滝川一益(いちます)には、「貴様の隊は誰にも悟られぬように熱田(あつた)の本堂に隠しておけ。それから火縄は必ず "漆" を持たせておくのだぞ」


漆塗りの火縄とは、この頃にはまだあまり出回っていない "雨天" 用の火縄のことである。


一益(いちます)はようやく信長の意図が読み解けてきた。

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