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その四十五 朱塗りの輿

松平元康が大高城の救援に出立したのと入れ替わりに、沓掛城には真新しい朱塗のり輿が運び込まれた。


中から現れたのは着慣れぬ公家装束に身を包んだ藤吉郎である。


藤吉郎はすぐさま城内の接見の間へと案内された。


その(おごそ)かないでたちとは不釣合いな飄々とした仕草で歩む藤吉郎には、謀略の最重要人物であることを覗わせる素振りなど微塵も無かった。


ただただ自分の良き理解者であり庇護者であった義元との再会を心待ちにしているかのように見受けられた。


藤吉郎自身、義元との再会は任務を忘れてしまうほどに嬉しかった。


接見の席で藤吉郎に用意されたのは上座であった。


いくらも待たずにどかどかという足音とともに朝比奈や酒井を従えた義元が現われた。


まんまと今川に入り込んだ利家の姿も大膳の脇にうかがえた。


今だ胸中に疑念の余地を残し緊張した面持ちで現われた義元ではあったが、相も変わらず小柄で貧相ながら愛嬌のある藤吉郎を見つけると我を忘れて駆け寄らずにはいられなかった。


藤吉郎も上席から立ち上がりひしと手と手を握り合った。


「よくぞ御無事で ・・・・ 」


「義元殿、・・・・ お懐かしゅう御座り申す」


藤吉郎が織田の手によって拉致されてより、実に十年ぶりの再会であった。


藤吉郎は二十六歳になっていた。


藤吉郎の豆だらけささくれだらけの手を握り締めたとたん、義元の中に最後まで取り去れなかった疑いの念がさらりと消え失せた。


そこには一朝一夕にはこさえられようはずも無い、藤吉郎の十年の労苦が刻み込まれていたからである。


義元は今更ながらに固く誓った。


・・・・ このお方を御所に誘い親王の地位を取り戻し天子様となすことが己が武人としての天命であると ・・・・


「朝比奈、酒井。余計な心配は無用じゃ。我らはこのまま御所に駆け上るぞ」


興奮に座が沸き上がる中で朝比奈は危機感を強めた。


・・・・ はなしが出来過ぎている ・・・・


尾張の情報源として迎えた酒井大膳とて、元は織田上総の介と藤吉郎に謀られて主君の織田信友を討たれたがゆえ今川の客分としてあることを忘れる訳にはいかなかった。

雪斎殿が御存命でおられればこのような無謀な行軍など思い留まらせたであろう。


「殿、今しばらく吟味されては ・・・・ 」


義元の目に不快感が宿った。


「泰朝、代替わりしたばかりの其の方が功を焦る気もわからぬでもないがでしゃばりすぎるでない。泰能は節度をわきまえておったぞ。織田の出方がそんなに気になるのなら其の方も三河の婿殿とともに目障りな織田の砦を排除せよ。さすればうつけの覚悟の程も知れよう」


藤吉郎は家老の朝比奈泰朝を義元のそばから引き離すことに成功した。


そして義元が当てにする三河軍は、・・・・ 援軍には現れないのである。

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