その四十一 義元の逆鱗
「それはまことか、大膳・・・・」
義元は坂井大膳の言に絶句して天を仰いだ。
問われし大膳は些かも動じることなく頷いた。
「つい先頃まで織田の家中にあって上総介殿の馬回り衆であった者から得た内情に御座りまする。まずもって間違い御座りますまい。義元殿がかつて親王様と見初めし藤という御仁は、上総介に利用されるだけ利用され清洲城と尾張八郡を手に入れ用済みとなるや、何と嘆かわしきかな今は小者として草履取り手綱取りの身分に置かれている由にございます」
義元はまだ信じられぬという様子で、「織田の内情をもたらしたものの名は何と申す。いったい何者か?」
「前田利家という若侍で御座いまする。以前は犬千代と称して上総介殿の小姓から出世し赤母衣衆を務めておりましたが短気で喧嘩早いのが災いして織田の家中を追われてきた者に御座いまする」
「何やら其の方と似たような境遇では御座らぬか?」
義元の軍師、太原雪斎は大膳の話に胡散臭さを感じ取った。
「同類相憐れむと申しまする。犬千代めは今後必ず役に立つと思い手元に留め置いたまで。殿のお気に召さずばすぐさま取って返して始末いたすまで」
義元が反りの合わぬ二人の謀臣を諌めた。
「二人ともそのあたりで収めよ。如何な強国も滅びは内側より訪れる。内輪もめは敵を利するのみぞ」
義元の言葉に雪斎もこの場は矛を収めるよりなかった。
「さて、かつて今川の客分として時来たれば御所に誘うべしとの志を暖めておった藤親王様が織田にさらわれたのみならずあのうつけめの下働きにさせられておると聞いてたれがこのまま捨てておけようか。
朝比奈、雪斎、三河の婿殿に尾張国境に侵攻してうつけに圧力をかけるよう命じよ。藤親王を丁重に返さずば尾張は終わりだと申し伝えよ」
義元は人並みのささやかなる野心を持った義に厚く情に脆い良い武将であった。
信長はそれを利用した。