その二十四 帰蝶
当時、尾張には織田伊勢守家、織田大和守家、そして新興勢力の織田弾正忠家が割拠して均衡を保っていた。
各陣営とも勢力拡大を狙ってはいたが内輪もめは他国、特に美濃を利するだけということは認識していたので、三すくみ状態で表面上は安定していた。
信秀は国内を疲弊させる内戦を経ずに織田弾正忠家を尾張の盟主の座に君臨させようと画策した。
その方策とは隣国との同盟関係を後ろ盾にして尾張国内の支配力を強めるというものだった。
出来るだけ国力を損なわないまま信長の世代に尾張を譲り渡すことが信秀の目標だった。
美濃斎藤家との同盟には定石通り政略結婚で臨もうとした。
駿河今川との緩衝地帯として紛争の絶えない三河と手を結ぶためには、三河から今川を排除してやれば自然と靡いてくるはずだ。
尾張を頂戴するのはそれからでも良い。
先ずは美濃である・・・・・
信秀の使者として美濃に遣わされた家老の平手政秀が消沈の面持ちで那古野城に戻って来たのは天文一七年(1548年)初冬のことであった。
「政秀、此度はごくろうであった。して首尾はどうであった?」
信秀の問いに正秀はうつむきながら。
「利政(道三)殿からの講和の条件は信長様への御長女帰蝶様の輿入れに御座いました」
「ほう、帰蝶とは意外であったな。帰蝶は他家に嫁いだ出戻りであろう。蝮めが足元を見おってこれ幸いと出戻りの娘を織田の正室に押し込む気か」
「利政殿は織田の本気具合を計っておられるのでしょう」
「ふん、ところで帰蝶とやらは小見の方の娘であれば器量はよいのだろうな?」
「そ、それがあいにく帰蝶様はあまり ・・・・ 」
「何か問題があるならすべて申してみよ」
「美濃随一の美しさとたたえられた御母上の面影など欠片も無く器量芳しからぬ姫君に御座います。代々美形が血筋の織田弾正忠家に迎える姫君としては適当とは申せませぬ。利政殿には他にも娘がおりますれば、母親似と評判の妹達の中から御正室を選ばれては如何でありましょうか」
「 ・・・・ 」
信秀は黙って信長の方をながめた。
信長が静かに政秀に問うた。
「すると帰蝶は父親似なのだな?」
「はっ、生き写しに御座いますれば ・・・・」
希望を絶たれた正秀は力なく答えた。
「ならば蝮が一番愛しておる娘は帰蝶であろう。姿かたちなど女の形をしておればよい。喜んで帰蝶を妻に迎えると蝮に伝えよ」
信秀は信長の答えに我が意を得たりと膝を打った。
「良い読みだ。流石は我が嫡男。美形のおなごなど側室、妾女にいくらでも侍らせればよい。平出、斯様に返答致して参れ。今は美濃と組むことこそ大事。帰蝶は美濃一国を背負って来ると心得よ」
「承知仕りまして御座いまする ・・・・ 」
正秀は自分が教育係りとして育て上げた信長が賢く成長したのを見てうれしかった。
そしてこの帰蝶姫、本当に美濃一国を背負って来ることになるのだが・・・・