その二十三 陰謀の定石
犬千代の話を聞き終えた柴田勝家は熟考した末に答えを出した。
「信長様の御厚意、確かに承り申した」
勝家の返答を聞いた犬千代はほっと胸をなでおろした。
信長の寵愛著しい犬千代を使者に立てたことが勝家の信頼を買うのに役立った。
犬千代が信長の衆道相手であることはすでに勝家も知るところだった。
それにこの話は勝家にとっても天から降ってきたような良い話である。
堅実ではあるが凡庸で先の知れた信行の側に身を置くより、破天荒で将来有望な信長から重臣に請われては断る道理は無かった。
信長の実力は清洲の織田信友討伐のときにまざまざと見せつけられていた。
・・・・ 斯波氏を傀儡として尾張半国を治めた信友様を、かくも鮮やかに内側から崩壊させた手腕、到底信行様の敵う相手ではなかろう ・・・・
ただひとつ律儀な勝家が気掛りとするのは、仮にも主君である信行を己が手に掛けなければならないのではないかという懸念であった。
さすがにそこまでは出来ぬ相談だった。
勝家の懸念を悟った小六があとひと押しした。
「ご心配の儀は無用に御座います。信長様は柴田殿のお立場もようく御承知おきで御座います。起こるべくして起こるであろう信行様との家督争いのおりには、柴田殿は我らの主力と睨み合って戦う振りをされておればよろしいのです。『敵の本隊を抑えていた』との大義名分も立ちましょう。その隙に信長様の精鋭部隊は強硬派の林一派を殲滅致しまする。さすれば信行様を擁立せしめんと企てる守旧派の者達は腰砕けとなりましょう。柴田殿は信行様の助命を条件に大手を振って信長様の配下に入られればよろしい」
小六の策を聞いた勝家は安堵した表情で、「信長様は信行様のお命は安堵なされるおつもりなのだな?」、と念を押した。
小六は些かも表情を変えずに断言した。
「勿論に御座います。信行様は信長様と同腹の弟御に御座いまする。此度の反目とて先代からの恩賞に胡坐をかき続けたい旧勢力に担がれただけのこと。信長様に於かれましては潔く降伏されたあかつきに御命の安堵はもとより城主としての存続をも許すとの仰せに御座います」
これで勝家の心は信長側に固まった。