その十六 御落胤
斯波義統の藤吉郎に向けられた何気ない問いに、待ってましたとばかりに将右衛門が反応した。
「義統様を足利将軍家の御一門と見込んで、こちらにおわす藤吉郎様の尊き御血筋の真相をお聞き願いたく存知まする」
突然将右衛門が物々しい言い様で迫ったので義統は少したじろいだ。
この尾張界隈で斯波を凌ぐ血筋や家柄など在りようも無いはずである。
目の前の貧相な若者がいったいどこの何様なのかなど見当もつかなかった。
藤吉郎は自ら自分の出生と生い立ちを義統に語りはじめた。
かつて駿府で今川義元に語ったときと同じ様に。
禁裏の奥深くで露と落ちし天皇家の殊更濃ゆい血筋であることも ・・・・
とつとつと気恥ずかしそうに藤吉郎が語った事柄は全て事実そのものであった。
真実だけが持つ迫真の現実感に義統も疑うことなく藤吉郎の話を信じた。
いや、・・・・ 信じたかったのだろう。
かつて室町幕府の管領職まで務め、時の権勢を欲しいままに牛耳った斯波氏の名門の誉れも、戦国の世となって以降、下克上の波に呑まれて今や地に落ちる寸前であった。
遥か御所に於いては方仁親王が天皇への即位を待つばかりとなっているのに朝廷には資金が乏しく、即位の礼が執り行えずにいた。
方仁親王には先頃第一皇子も授かっていたが、ここで多額の上納金と共にすでに成人している御落胤を御所に誘えば、親王への名誉回復も容易かろうし、ゆくゆくは天子様となることも夢幻ではない。
藤吉郎の話を聞き終えた義統はようやく自分にも運気が回って来たと小躍りしたい心持ちだった。
藤吉郎の血筋と自分の家名に信長の財力がまとまれば、尾張一国どころか天下にも手が届こう ・・・・
昂ぶる気持ちを抑えきれず、義統の方から身を乗り出して切り出した。
「それで信長殿はわしにどうせよと申しておるのじゃ ・・・・ 」
野心の火が義統の目を曇らせた。
信長と藤吉郎の調略は半ば達せられた。