その十 再会
今川家に賓客として迎えられることとなった日吉は、本来であれば駿府の今川屋敷なり城下の武家屋敷に住居を与えられるところであった。
しかし人の出入りが多い今川屋敷はもとより、他国の商人の往来も多い駿府に留め置いては、秘しておきたい日吉の存在を隣国の北条や武田に悟られてしまう恐れがあった。
義元の正室は武田晴信の姉であり、その父の武田信虎とて今は甲斐を追われて今川の客分となっていた。
とても日吉を駿府に置いておくわけにはいかない。
秘密の漏洩を嫌った義元の計らいで、日吉の身柄は遠江の頭蛇寺城の松下之綱の元に預けられることとなった。
之綱は支城の城主ながら由緒ある近江源氏の末裔で、日吉を秘匿させるにはうってつけの人物であった。
これより日吉は名を藤親王、俗称藤吉郎と改め之綱の与力衆という身分を騙った。
義元も之綱も藤吉郎の仮の姓を考えようとしたが藤吉郎はそれを固辞した。
「御所の主になる者に姓など要らぬ ・・・・ 」、と。
義元も之綱もそれはそうであると得心して藤吉郎の言い分に従った。
そうして藤吉郎が今川に橋頭堡を築いた頃、尾張と今川の国境で騒動が勃発した。
織田方で三河に突出した安祥城を義元の軍師、太原雪斎が落城せしめ、城主の織田信広を人質として得た。
これにより三河松平竹千代との人質交換が成立し三河の支配権は織田から今川に移ることとなった。
ようやく織田の人質から開放された竹千代は、しかし岡崎城を素通りして駿府に送られることとなった。
またもや人質である。
程なく竹千代を馬に乗せた一行が遠江の街道を東に向かうこととなった。
藤吉郎は将来共に信長様の家来として出世を競うかもしれぬ竹千代に強い興味を持った。
取り立ててすることも無く無為に過ごしていた藤吉郎は之綱に願い出て、竹千代の領内通過の警護役を買って出た。
受け持ちの宿場で待つ藤吉郎の視界に竹千代を護送する一群が見えてきた。
子供一人護送するにしては随分と大袈裟な人数が随行していた。
二年前に織田に出し抜かれた反動であろうことは容易に察せられた。
ここで警護役を引継ぎ、蜂須加と前野を先頭に藤吉郎は竹千代と馬を並べた。
竹千代のすぐ後ろには竹千代より三つ四つ年嵩の小姓が一人、抜け目無く藤吉郎の挙動を見張っていた。
「お久しぶりでござるな」
「 ? ・・・・ 」
竹千代にはまだ年若い藤吉郎が警護の隊長らしいことが意外そうであった。
それにこやつは自分を見知っている。
「織田様の城内で何度かお見かけしたことがござった。そなたはいつも信長様に泣かされておったであろう」
「 ・・・・ あなた様は?」
「わしか?、わしは藤吉郎と申す。やがて竹千代殿とは同僚となるであろう。いや、 ・・・・ もしかしたら敵同士かな?。はっはっは」
いくら聡明な竹千代であっても藤吉郎の言葉の意味など皆目分かろうはずがなかった。
「ところで、すぐ後ろから付いて来る小姓は何奴だ?」
「当家の家老、鳥居忠吉の子で元忠と申す忠義者じゃ」
「ふーん、忠義者とな。しかし気を付けられよ、なかなか抜け目の無さそうな面相をしておる」
「余計なこと」
と言いつつ竹千代も元忠には同じ印象を持っていた。
竹千代はこの藤吉郎と名乗った年齢も正体も不詳な小男のことをしばらく記憶に留めた。
竹千代八歳、藤吉郎十六歳のときでありました。