前世の記憶は消えてしまいましたが
大好きな腕の中にいる私は、断罪されてしまった公爵家令嬢アイリス。
紆余曲折あって、今は大魔道士フェリアス様の婚約者になっています。
「本当に、忘れてしまったの。アイリス」
「フェリアス様が、牢屋に助けに来てくれたことも、私が閉じ込められている間、いつも会いに来てくれたことも覚えてますよ?」
「……じゃあ、いいか」
フェリアス様が、そんなことを聞いてくるのは、もう何回目だろうか。
まったく意味が分からない。
夢の中に時々出てくる、金属の細長い箱が走る街道や、魔法のない世界の不思議な仕組みくらい訳が分からない。
「――――私が、違う世界の人だったって本当ですか?」
時々見る夢は、私と関係があるようにはどうしても思えない。
「――――いいんだ。ようやくアイリスが、完全にこの世界の人間になったってことだろうから。俺は幸せだ」
「……以前と違う私になってしまったかもしれないのに?」
「たぶん、どこの誰に聞いても、アイリスはアイリスのままだと言うだろう」
私は、フェリアス様の屋敷の外に、最近全く出ていない。
そんな、どこかとらわれたような生活も、私にとっては幸せで……。
つまり、どこか私はおかしいのかもしれないと思う。
「――――いっそ、誰にも見せずにここにいて。俺だけを見てほしい」
相変わらず、フェリアス様の言動は重苦しい、そして過剰なほど砂糖が多い。
「いいですよ」
「えっ?! ……本当に」
それなのに、私が肯定すれば、なぜか一歩後ろに下がってしまう。
かわいいのに、どこかヘタレ……。ヘタレってどんな意味だったかしら?
「どこか遠くで、二人で過ごしてもいいですよ」
「そう……。じゃあ、結婚式が終わったら、しばらく二人だけの時間を過ごそうか」
「喜んで」
まあ、結婚式の招待状を送ったとたん、S級冒険者のガーランドさんも、魔術師団長のリリードさんも、駆け付けると言っていた。もうすぐ、訪問の知らせが来るに違いない。
ロイとまーくんは、二人で公爵家の嫡男の仕事をこなしているらしい。
ウサギのぬいぐるみの姿では目立ちすぎるからと、まーくんは最近は専ら執事見習の格好をした美少年として過ごしている。
しばらく、騒がしくなりそう……。
フェリアス様と、二人きりも悪くないけれど、フェリアス様もまんざらではなさそうだ。
「――――これからも、一緒にいてくれますか?」
「俺が頼む側だ」
「ふふ……。じゃあ、一緒にいてあげますから……キスしてくれますか?」
ずっと、一緒にいられますように。
私たちは、少し早い誓いの口づけをした。
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イラストは木ノ下きの先生に描いていただきました。加筆改稿書き下ろしたっぷりの電子書籍版もどうぞよろしくお願いします(*´▽`*)