鏡の中の世界
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しばらくすると、フェリアス様が転移魔法を使って迎えに来た。
今回の遠征先は、国境付近と聞いていましたが、どれくらいの距離を転移してきたんですか?
「――――フェリアス様、無理は禁物です」
「いやな予感がしたから……。何か、トラブルが起きそうになった?」
平和に本を読んでいただけですよ? どうして、それでトラブルが起こるというんです?
「――――ああ、でも鏡」
その瞬間、フェリアス様がピタリと動きを止める。
そして、黙ったまま私の手を引いた。
「鏡?」
フェリアス様は、子ども時代から何回か私の部屋を訪れている。
だから、気がつかないはずがないのに。
「――――俺が気がつかないなんて、明らかにおかしいな」
「フェリアス……あの鏡から」
「ああ、アイリスにかけられていた魔法と同じ種類のものを感じる」
フェリアス様が、鏡の方へと近づいていく。
私には危険に近づいてはいけないと言いながら……。
「――――ただの、鏡だ」
「フェリアス様! ダメですよ。むやみに近づいて何かあったらどうするんですか」
そう言って、私が近づいた瞬間。鏡の中から手が伸びて、掴まれたような気がした。
振り返った時、鏡に映ったのは私の姿……。
そう思ったのもつかの間、よく見れば色合いは同じだけれど、違う人間だった。
「レナス……」
その瞬間、私の体は鏡に引き込まれていた。
否、私は、レナスの中に。
「アイリス!」
フェリアス様の声が何度も響いては消えていく。
「フェリアス様……」
気がつけば、私はあの白銀の魔力を持った筆頭魔術師の前に立っていた。
恐らくレナスの体のまま。
――――今日はフードをかぶっていないのね?
フェリアス様と同じ、黒い髪に蒼い瞳。
白銀の魔力。
「――――リーティア? それ、誰の名前?」
目の前にいる人を確かに私は知っていた。
「ラウル……師匠さん」
「今日は、変わった呼び方をするんだね?」
この人が、いつかの夢の中の世界に出てきた筆頭魔術師であることは確実だった。
そして、リーティアの思い人であることも。
「どうしてここにいるんですか?」
「……え? ひどいな、俺たちは結婚して共に暮らしているのに。本当にどうしたんだ? リーティア」
リーティアが入っている体は、公爵家令嬢レナスのもの。
それなのに、この家は随分とこじんまりとしている。
「……一緒に?」
「――――そうだ。俺は、君のことを生贄にしたりしない」
微笑んだ師匠さんの笑顔は、どこかフェリアス様の笑顔を思い起こさせた。
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イラストは木ノ下きの先生に描いていただきました。加筆改稿書き下ろしたっぷりの電子書籍版もどうぞよろしくお願いします(*´▽`*)