もう眠り姫になんてならない
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私は人知れずため息をついた。
まーくんが、相変わらず無茶なことをして眠ってしまったのは相変わらずだとしても、ロイが心配だ。
「――――アイリス? また、ロイのこと心配しているの」
「フェリアス様」
「でも、今日だけは俺のことだけ考えて。ロイの護衛には、ガーランドに行ってもらってるから」
「ガーランドさんをですか?」
筆頭魔術師に魔術を習い、S級冒険者を護衛にする公爵家令息。
私のせいで落ちてしまった公爵家の威光。ロイが完全に回復している気がする。
だって、S級冒険者と筆頭魔術師をバックにつけることができるなんて、王家だって難しいことなのだから。
「フェリアス様……。そう言えば、その後師匠さんと連絡取れたんですか?」
「いや……。もともと、根無し草のような人だから。海底神殿にいたのは謎だけど」
――――俺の、眠り姫。
確かに師匠さんはそう言った。そして、目を瞑るまるで目の前で起きているかのように海底神殿が沈んでいく姿が目に浮かぶ。その白波も、波の音も……。
やっぱりあそこにいた人は、師匠さんに間違いない。私はそう確信し始めている。
「フェリアス様……」
「アイリスは、あまり首を突っ込んではいけない問題な気がする」
「え?」
「波乱が起きる予感しかしない」
フェリアス様が深刻な様子で、私の瞳を覗き込む。
そこまで心配されるほど、何かをしようとしているわけでもないのに。
でも、気になるのは仕方がないと思う。
なぜか、リーティアと師匠さんには深い関係がある気がしてならないから。
「――――以前、師匠はアイリスのことを眠り姫と表現していた。そして、海底神殿で眠っているように見えた女性のことも眠り姫だと」
「そう……ですね」
そういえば、忘れていた。リーティアの嘆きを私は夢の中で聞いたことがある。
私の夢の中と、リーティアの世界はなぜかつながっているのではないかと思う時がある。
そう、まるで私がなぜか、あの懐かしい世界からこの世界に来てしまった時のように。
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「ごめんなさい。あなたの体を奪ってしまった」
――――あなたのせいではない。だって、これは運命なのだから。
「あなたの目的は私と同じね……。それに、好きになった人も」
――――そうね。私はあの人を守りたい。ただそれだけ。
気がつくとまた、鏡を前にして私によく似た色合いの女性の前に立っていた。
たぶんこの人は、私と血がつながっている。そして、目の前にいる女性は私には鏡の中にいるようにしか見えない。私は、自分の体を自由に動かすことが叶わないから。
――――まーくんが、デュランが、魔人の姫と呼ぶ人。
「そうよ。私はあの世界から来てしまった。あなたの体を奪ってしまったの。そして、あの人が愛するあなたを永遠に消してしまった」
――――でも、たぶんあの人は私のことを愛してはいない。あの人が私のことを愛し始めたのは、あなたと入れ替わってからのことなのだから。
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「――――アイリス!」
ひどく焦った様子のフェリアス様が、私の目の前にいた。
私はいつの間にか、白昼夢を見ていたのだろうか。
でも、たぶん実際にあったことだ。これは誰の記憶なのだろうか?
「フェリアス様?」
ずいぶん久しぶりに、フェリアス様に会った気がする。
ずっと会いたかった……。
そんな気持ちになるのはなぜだろう。
「――――頼むから、そんな風に急に……」
「フェリアス様?」
「デュランがかけた、呪いの影響が残っているのか」
たぶん、それだけではないと思うのに、上手くそのことが説明できないのがもどかしい。
私が時々入り込んでしまう夢の世界は、私に危害を与えるだけではなかったから。
「――――やっぱり、どうしてもこの呪いを解かないと……」
「フェリアス様」
「アイリス?」
私は、フェリアス様に抱き着いた。
ハーブの香りがする。フェリアス様の香り……。
引き留めなかったら、フェリアス様のことだから一人でなんとかしようとしてしまうだろう。そんなの嫌だから。私がもしかしたら、あの人みたいに眠ったままになってしまうのだとしても。
「行かないでください」
「アイリスがもし以前のようになってしまったら、俺はもうきっと」
「それなら、私も連れて行ってください」
フェリアス様一人の方が、強いし私なんかがついて行くより安全なのかもしれない。それでも楽天的になるには、私はフェリアス様のことを知りすぎてしまった。
完璧なのに……筆頭魔術師で、大魔道士で、名誉も地位も、富だって思いのままになる人なのに。
私がいないと、この人はダメなんだって。ずっと私のことを待っていたんだって。もう十分すぎるほどに思い知らされてしまっている。
――――でも、それなら師匠さんは?
あんなに明るい言葉で、それでいてきっと周りの人間を必要以上には決して近づけようとしない師匠さん。師匠さんは、ずっと待っているのだろうか?
フェリアス様が私に縋るように腕を回すと同時にそのやわらかい黒髪が、私の頬に触れる。
「フェリアス様のことを、もう一人にはしないです」
「約束は……もうしたくない」
「そうですね。では、証明できるようにずっと一緒にいましょう。だから置いて……行かないで?」
その日私たちは、お互いの存在を確かめるみたいに一緒に眠った。
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