事後処理に暗躍する魔術師と記憶
✳︎ ✳︎ ✳︎
目が覚めると、フェリアス様はすでにいなかった。
私はきちんと夜着に着替えた状態で、ベッドに横たわっていた。
いつのまに着替えたのだろう。それにベッドに誰が移動してくれたのか……。
その時、扉が叩かれ、侍女長のルシアが入ってきた。他の侍女達はどこにいるのだろう?気になる。
「昨日はお二人ともお疲れのようでしたね。ちなみに着替えは私がしましたのでご安心ください」
「そ、そうだと思っていたわ!」
私は動揺を押し隠そうとして失敗した。
ということは、ベッドに運んでくれたのもルシアだったのだろうか。
意外と力持ちなのね?
「ベッドに運んだのは、フェリアス様です。アイリス様を愛しいものを抱きしめるように抱える姿、とくと拝見させていただきました」
「え?!何言ってるのルシア」
「──差し出がましいことを申しました。お許しくださいませ」
そう言いながらも、ルシアはどこか楽しそうにしている。
フェリアス様は、少しは休むことができたのだろうか。
そうならいい。私のもとで羽を休めてくれるなら。
「朝食を召し上がりますか?」
「ええ、軽めのものでお願い。一人で着替えられるから」
「いいえ、手伝わせていただきます。本日はこちらのお召し物などはいかがでしょうか」
クローゼットからルシアが出してきたのは私の瞳の色と同じアイスブルーのドレスだった。エンパイアラインで締め付けが少なく着心地がよさそうだ。
チラッと見えたクローゼットには、すでに色とりどりのドレスが並んでいた。
いつのまに用意したのだろうか。いや、まさかすでに用意されていたのか。
このドレスも、昨日のドレスもサイズが誂えたかのようにピッタリだ。
計画的犯行の香りがした。
思わず攫ってきた人が、ドレスをすでに準備しているなんてことがあるのだろうか。
フェリアス様の言動は、時々嘘が混ざっている。
たぶん私たちは、以前会ったことがあるのだ。
私が忘れてしまっているだけの話で。
そんなことを考えているうちに、支度は終わり食卓には温かいご飯と海苔らしきもの、甘い卵焼きになんと味噌汁が並んでいた。
「そう、朝食ってこういうので良いんですよね」
またしても感動してしまった私は、直前まで考えていたことをなぜか忘れてしまった。
何を考えようとしていたのか思い出そうとすればするほど、深い沼の底にその考えが沈んで行ってしまうようだ。
違和感だけが残るのに、どうしても思い出せなくてもどかしさだけが募る。
「そういえば、フェリアス様はもうお出かけになったの?」
「事後処理をするとおっしゃっていました。今頃楽しく暗躍されているかと」
楽しく暗躍……?
「……お元気そうだった?」
「それはもう、いまだかつて見たことがないくらい元気でしたよ」
それならよかった。昨日は本当に顔色が悪かったものね。
なんで、いつも無理を通そうとするのかしら。
いつもって、いつのことだったかしら。
ここ数日の私は、どうもおかしいようだ。
そもそも、悪役令嬢の役割を無理に演じさせられていたような期間私には心の支えがあった。
それに、自由にできる時間があったことは覚えているのに、その時何をしていたかが良く思い出せない。
なんだか、いつもその時間を心の支えに生きてきた気がするのに、断罪に間に合わなかったショックで忘れてしまったのだろうか。
でも、その違和感すら考えたそばから忘れて行っている気がする。
「そういえば、そろそろ退屈なのだけど。それに、実家に置いてきた化粧品」
「取りに戻るのは難しいと思います」
「即答!というより、私化粧品は手作り派なのよね。材料そろえられるかしら?」
「たとえ大陸の外れに1年に一回だけ咲く花であろうと、手に入れて見せますわ」
たぶんそこまで、貴重な材料は必要ない。
しかもその口ぶりだと、ルシアが自分で探しに行きそうだけど、気のせい……だよね?
そこまですると、化粧水の範疇を越え老いの速度を抑えることができる霊薬ができてしまいそうだ。
「アルコールに漬けたハーブとか、あと上級魔術師が出した魔力入りのお水くらいでいいの。あと、クリームのために油が少しと蜜蝋が欲しいわ」
「ああ、それならフェリアス様の実験室に全てありそうですね」
さすが、筆頭魔術師。実験ももちろん自分で全てするのね。今度、研究見学がしたい。
しかし、用意された材料は予想の斜め上をいったものだった。
アルコールに漬けたエリクサーの材料と言われている銀色に輝く月写しの花。
魔蜂の女王の巣からとった蜜蝋。
不老長寿の妙薬としてしられる仙人桃の種からとった油。
きれいなお水はフェリアス様が魔法で出した物らしくなぜか銀色に輝いている。
これで作ったものを化粧水と呼んでいいのだろうか?宝石なんかよりよほど価値があるアイテムばかりだ。
勝手に使って怒られないだろうか?
それでも私の知的好奇心が、やってみたいと叫んでいる。
そして、いつもの手順で作ったはずの化粧水とクリームは、普段の手作り化粧品どころか、前世で使ったことのある某有名ブランドの化粧水とクリームはなんだったのかというほどの効能だった。
塗った瞬間から、肌荒れも乾燥も瞬く間に消えていく。試しに髪の毛にも少し塗ったらつやつやの仕上がりになった。
これはすでに、塗るエリクサーと呼んでも良いのではないだろうか。
試しにささくれと手荒れに塗ってみたところ、即完治した。子どもの頃ついた古傷も消えた。
「うわ。世の中に出してはいけない品質のものが出来上がってしまったわ。たぶんこれ上級傷薬よりも効果が上だわ。水……水が違うのかしら?」
でも、化粧品と薬は共通する部分も多い。
自分だけ使う分には、特に問題ないだろう。
私は安易な考えで、それを用意されていた私好みの可愛らしい装飾のガラス瓶に詰め込んだ。
✳︎ ✳︎ ✳︎
そうこうしているうちに、フェリアス様が帰宅された。フェリアス様の手には薔薇の花束が抱えられている。
「フェリアス様。おかえりなさい?」
「――。──た、ただいま」
何故か固まったまま私を見つめていたフェリアス様は、ようやく返事をしてくれた。「アイリスからのおかえりの破壊力」というつぶやきは、私には聞こえなかった。
薔薇の花束を手渡された私は、気になってたことを質問する。
「フェリアス様、事後処理って」
「ルシアか……アイリスに余計なことを」
「あの、私のせいで危ないことしてませんよね?」
「──もちろん、してない」
あっ、これは危険な橋渡ってるやつ。
悪役令嬢として客観的な人間観察には優れているつもりだ。
「……どうしてあなたはいつも」
「え、いつもって」
「え、私……?」
「……そうだよな。思い出すはずないんだった」
その言葉の意味を聞こうとしたのに、強く抱きしめられてしまって聞きそびれてしまう。
「あわあわ?!」
「……恋人候補だって、これぐらいならいいよね?」
でも、危ないことをしているなら止めたい。止めたいのにこの状況、どういうことですか?!
そうだ!抱きしめられた衝撃のせいか、聞かないといけないことを思い出した。
「フェリアス様、私たちどこかで会いましたか?」
「アイリス……会ったよ。何度も」
「じゃあ、何で私は……つっ?」
突然、私を強い頭痛が襲う。大切な何かを思い出したいのに。
「アイリス、ごめん。思い出さないでいいから」
──いつか思い出して?
そんな声がフェリアス様の声に重なって聞こえてきた気がした。
フェリアス様の手が私の髪を優しくすいて、魔法の光が私に注がれる。
「……フェリアス様?私いったい何を?」
急に起こった頭痛は治まっていた。
私は何を言おうとしていたのだろうか。
「大丈夫?」
フェリアス様の笑顔は、何かを隠しているような陰を含んでいるように思えて。
「フェリアス様が心配です」
「大丈夫、アイリスは何も心配しなくて良い。アイリスだけは必ず幸せにするから」
私だけじゃなくてフェリアス様も……。
そう言おうとしたのに急激な眠気が、私の意識を奪ってしまった。
フェリアス「アイリス、何か欲しいものあるって言ってた?」
ルシア「実験室の材料を所望されお渡ししたところ、化粧水を作ると言いながら、エリクサーの劣化版を作り上げておられました」
フェリアス「え?天才なのかな?」
最後までご覧いただきありがとうございました。
『☆☆☆☆☆』からの評価やブクマいただけるととてもうれしいです。