S級冒険者と公爵令嬢
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赤い瞳の魔人は、たぶん魔人の世界に戻された。
だから、今日は平和な一日を過ごせるはずだ。
やっと、一緒に過ごせると思ったのに、フェリアス様は今日は筆頭魔術師としての仕事に出かけなければいけないらしい。
「王都破壊……いや、国外逃亡。それとも、離島に建国」
フェリアス様が、最近ではあまり見かけなくなった少しうつろな暗い瞳をしていたので「王都の平和を守ってください。応援していますね」と言ってみたら、ほんとにしぶしぶと出かけて行った。
そもそも、フェリアス様が王様になんてなったら、一緒にいる時間がもっと減ってしまうじゃないか。それは絶対阻止しよう。
そんな幸せな時間。
しかし今日は私にも仕事がある。
だって、そろそろ利子を考えたら、エリクサーの50本くらい作らなくてはいけないだろうから。
「――――それに、なんだかこの石がさみしそう」
私は、ネックレスの魔石を見つめる。
たぶんこのネックレスにとって、対の存在だった氷のような色の魔石は粉々に砕けてしまった。ロイがおかげで助かったことには感謝しかない。でも、片割れを無くした石は、とても寂しそうに見えた。
海底神殿にあったという人魚の涙と触れ合った時、なぜかリーティアと筆頭魔術師のマントを羽織った男性の幻影を見た。過去のデュランも。
たぶん、今も海底に沈んでいる神殿には、きっと真実を知るための秘密があるに違いない。
そもそも、今は海底神殿だけれど、あの筆頭魔術師の男性の魔法で沈むまでは普通の神殿だったはずだ。
「――――利子そして賄賂……完璧だわ」
そう、今日は一日かかってひたすら化粧水を作成していた。
材料は稀少なものばかり。同じものは出来なかったから色とりどりだ。
どの化粧水が、どんな性能を持っているのかはさっぱりわからない。
――――わからないけれど、原材料名はちゃんと表示してあるから、S級冒険者であるガーランドさんならきっと何とかしてくれるだろう。
エリクサー(効能不明)の完成品は50本ある。まあ、利子を含めて10本のエリクサー(効能不明)で残り40本に関しては賄賂だ。
これで、海底神殿についての情報を得ることに決めた。
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「それで、お嬢ちゃんが来てくれたのは嬉しいんだが」
ガーランドさんは、心底困ったという顔で腕を組んでいた。
「遅くなってすみませんでした」
「ああ、それはいい。通常であれば材料集めから始めて一年待ちなんてざらな業界だ」
「それは良かったです。では、前回の材料と利子込みで10本でいいですか」
「貰いすぎなんだが……。それで、聞いていいのか? 聞かない方が良い気がするが、残り……40本はいったい」
ガーランドさんへの賄賂です! そう答えたいところだけれど、まずは交渉だ。
できれば、フェリアス様へ新しい装飾品も贈りたい。
今度は、フェリアス様が自分で買うのではなくて、私の稼いだお金で。
――――といっても、材料は全てフェリアス様持ちだけれど。
「――――はっきり言います。海底神殿について教えてください。それから、フェリアス様にあげる装飾品のための魔石が欲しいです」
「……海底神殿か。そう言えばちょうど時期だな」
「え?」
「そうか! 行くか!」
善は急げといった感じで、私の手を引いてどこかに出かけようとするガーランドさん。冒険者というのは、みんなこんな感じなのだろうか?
そのまま、ガーランドさんのお店から外に出ると、息を切らせたリリーさんが現れた。
いや? 今日はリリードさんのほうだ。
「バカか! ガーランドお前、フェリアスに殺されるぞ!」
「ん? 俺とお前が組めば、何とか撃退できるだろ」
「――――俺たちとフェリアスが戦うなんて王都が消滅する未来しか浮かばない」
リリードさんは、お仕事の方は良いのだろうか。リリーチュールと、魔術師団の掛け持ちは忙しいと思うのだけれど。
それに、どうして二人とフェリアス様が戦うなんていう展開になりかけているのか。
「お! せっかくだから送ってくれよ。海底神殿まで」
「おい、魔術師団の遠征先。わかって言ってるだろ?」
「ああ。お前が居残りなのは、俺の監視のためか? じゃあ、ちょうどいいから一緒に行こう」
「ちょうどいいって……。はあ……仕方ないか。連絡してくるから少し待っていてくれ」
そういって、肩を落としたリリードさんは私たちから離れていった。
そんなリリードさんの姿に少し違和感を感じる。
リリーさんなら、たぶんガーランドさんを殴ってでも止めそうな勢いがあるのに、リリードさんにはそれがない……?
戻ってきたリリードさんは「はあ、あとが恐ろしい……」とつぶやいていた。いったい誰と話してきたのだろうか。
「じゃ、行くか」
そして、私は状況が全くつかめないまま、ガーランドさんに手を引かれて出かけることになってしまったのだった。
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