公爵家令息とぬいぐるみ
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その日、シェラザード公爵家に激震が走った。
シェラザード公爵は、ロイが攫われて、総力を挙げて探していたのに見つからず、大陸中に捜索網を広げようとしていた。
その時、金色の光と紫色の光とともに、ロイが捜索隊の目の前に現れたのだ。
「――――ロイ」
父である公爵に抱きしめられたロイは、少し恥ずかしそうに身じろぎした。
「ご心配をおかけして申し訳ありません」
「それよりも……。今の魔法は」
「ごくひじこう。です! 父様」
そんな難しい単語を発しておきながら、なぜかうさぎのぬいぐるみを抱きしめるロイ。
「そのぬいぐるみは……」
そう、そのぬいぐるみを持っていたのは長女のアイリスだった。それを、ロイが持っていることで点と点が繋がる。
「そうか」
大魔道士であるフェリアスが、ロイのことを救ってくれたのだろうと、シェラザード公爵は納得した。アイリスを救っただけでなく、ロイのことまで。
「頭が上がらないな」
「父様? シェール公爵家への訪問は間に合いますか」
「ああ、十分間に合う。さ、準備をしてくるように」
しかし、違和感を感じずにはいられない。
ロイの魔力はアイリスと同じ金色をしていたはずだ。それなのに、今現れた時、一緒に見えた魔力は紫色だった。そして、大魔道士であるフェリアスの魔力が珍しい白銀なのは周知の事実。
「――――誰の魔力だ」
その違和感の答えが、まさかロイが抱きしめるぬいぐるみにあるなんて、誰が思うだろうか。
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「大丈夫? マーリン」
「ああ……さすがに、病み上がりにこれはきつい」
ロイの抱きしめるうさぎのぬいぐるみは、ぐったりしていた。
「僕のために……ごめんね?」
「――――ロイ」
「はい」
「簡単に謝るな。――――こういう時はありがとうと言え」
ロイはもう一度、うさぎのぬいぐるみを抱きしめた。
「ありがとう。マーリン」
車いす生活の中で、誰からも期待されずにロイは卑屈になりかけたことも多い。
それでも、アイリスが自分のことを案じていると知った日から、前を向くことにした。
そして、奇跡が起こった。
今、自分は歩くことができる。そして、姉であるアイリスもあの時のアイリスのように変わった。
「――――ねえ、マーリン。僕、自分が勝手に動くのに何もできなかったんだ」
「……ああ」
「……ねえ、まさかアイリス姉様は」
「お前の考え、間違ってないと思うぞ」
強く、強くロイはうさぎのぬいぐるみを抱きしめた。
はっきりいって、さっきまでの経験はとても恐ろしいものだったから。
『見えているよね……。ロイ、姉さまは大丈夫だから。ロイの事、絶対に助けてみせるから』
そして、アイリスはそんなロイの状態がわかってでもいるように声をかけてきた。
それが意味するのは。
そして、アイリスが変わる前、ロイが今みたいに優しいアイリスに会ったのは、あの声をかけてもらったたった一度だけ。
「どうしてなの? どうしてアイリス姉様だけが」
「――――ロイ」
「なんで、そんなひどいこと」
「……少なくとも、お前のせいじゃない」
うさぎのぬいぐるみが、ロイの瞳を覗き込む。
――――あれ? このうさぎのぬいぐるみの目は、青かったはず?
今になってロイは不思議に思う。うさぎのぬいぐるみの目が紫色に変化している。
「とりあえず、俺のこと手放すな」
「わかった」
――――さすがに、もうぬいぐるみを手放さない年ではないけれど。
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その日から、ロイとぬいぐるみは、ほとんどいつも一緒に過ごすようになった。
寝るときも、食べる時もいつも一緒だ。お風呂に入れようとしたら、逃げられたけど。
時々、単独行動に出かけるぬいぐるみ。
でも、王都で動くうさぎのぬいぐるみの噂も聞かないから、たぶんうまくやっているんだろうと、ロイは考える。
そして、そんな日はたいがい魔力が尽きかけて戻ってくるから、魔力を分けてあげる。
「ちっ。魔人が魔力を貰うのは、大きすぎる恩義なんだけどなっ」
「え?」
「なんでもない!」
ロイが魔力を分け与えると、うさぎのぬいぐるみは、元気いっぱい飛び跳ねてベッドに潜り込んでしまった。
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