聖女と魔人の魔法
「なんだお前は?」
デュランが怪訝そうに魔人うさぎを見つめる。
「アイリス……。逃げる用意をしておけよ?」
「まーくん、ロイは」
「ロイはフェリアスが助け出した。アイリスの瞳の色のネックレスを砕いて」
――――そうすると、フェリアス様を守ってくれるものは。
「今は、ここから逃げ出すことに集中しろ。俺が目覚めるまでここに来るなって言ったのに、約束破ったんだから、それくらいの言うことは聞いてくれ?」
「ごめんね……。わかった」
といっても、どう逃げていいのか見当もつかない。
その時、ポシェットにさっき作ったエリクサーがあることに気が付く。ここまで持ってくることができていたらしい。
フェリアス様は、光魔法は最強の攻撃魔法を持っているって言っていた。
エリクサーを思いっきり体に振りかける。フェリアス様の魔力。私の魔力は安定しないけれど、もしかしたらフェリアス様の魔力があれば……。
フェリアス様を魔力暴走から助けた時の感覚を思い出す。二人の魔力が混ざって流れていくようなあの感覚を。
「アイリス……ちっ。この格好で時間稼ぎか?!」
魔人うさぎが、紫色の剣を出す。
可愛い魔人うさぎ。うさぎのぬいぐるみに合わせたような可愛らしいサイズの剣。
どう考えても、デュランにかないそうもない。
「そうか……お前この間の。リーティアの」
「だまれ! 勝手にネタばらししてんじゃねぇ!」
魔人うさぎは、飛び跳ねてデュランへと向かっていく。そして簡単に吹き飛ばされる。
「まーくん!」
「集中しろ! 魔力暴走を起こしたら、この空間ごと吹き飛ぶやつだぞ」
私は、まーくんを信じることにした。
フェリアス様の魔力と私の魔力が一つになって流れていく、あの感覚をもう一度思い出す。
――――仕方がないアイリス。本当に、すぐに無茶ばかりする。
その瞬間、フェリアス様の腕が私の体にそっと絡んだ。そんな気がした。
「うん、出来る……絶対に」
金色の魔力は、確かに私の中にある。フェリアス様の、白銀の魔力を巡らして、フェリアス様の魔法の制御力を……。
その瞬間、私はとんでもない言葉を思い出してしまった。
『――――俺は、攻撃魔法の制御が得意じゃない』
王都を破壊してしまうのも、攻撃魔法の制御が苦手故……。
そう、フェリアス様は筆頭魔術師でありながら、攻撃魔法の制御だけは苦手なのだ。
――――フェリアス様はいつでもオーバーキルが基本なのだ。
「おい、アイリス! 集中しろ!」
焦ったようなまーくんの声が聞こえる。
――――そこ、思い出さなくても良かったと思う。フェリアス様!
白銀の光と、金色の光が混ざって周囲を包み込む。
私は、魔力の波にのまれていく。
――――この感覚知ってる。幼いアイリスも経験した……。
「魔力暴走……」
このままきっと、攻撃魔法は失敗してしまう。
助けに来てくれたまーくんまで、巻き込んでしまう。
諦めかけたその時に、魔人うさぎが「ちっ遅いぞ!」と叫んだ。
「アイリス?」
少しだけ掠れた、そしてほんの少し気だるげな、フェリアス様の声が聞こえる。
そっと唇に、柔らかい感触が重なる。
「アイリスなら出来る。……出来なくてもこのまま、ずっとアイリスのそばにいるから」
蒼いその瞳が目に映ったとたんに、自分がどうしたらいいのかがはっきりしていく。そう、リーティアは光魔法が得意だった。たぶんこれは、魔人の世界の魔法だ。
「お願い……帰って魔人の国に」
扉が現れて、開く。その先には、どこか懐かしい街並みが見えた。
魔人の国と、私の故郷の景色は、とてもよく似ている。
でも、私の今は遠い故郷には魔人はいない。それに魔法だってない。
だからあれは、私の国とは違う。
私が、帰りたい場所は。
フェリアス様の瞳が、不安そうに目の前で揺れていた。
「アイリス……帰りたい?」
「帰りたいです」
「――――それなら」
「私、フェリアス様と一緒に、大好きなあの部屋に帰りたい」
そういうと、フェリアス様は本当にほっとしたように微笑んだ。
そのまま私たちは、もう一度口づけをする。
気が付くと、フェリアス様と一緒にいつもの部屋にいた。
横では、ロイがぼんやりと「どうして僕、ここにいるんだろう」とあたりを見回していた。
そして、魔人うさぎはピョンピョンとその横で飛び跳ねていた。
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