筆頭魔術師の暗躍
アイリスを助け出してから、彼女の地位と名誉を守るため、以前から準備していたことを行動に移した。
大魔道士になるため、古の大魔道士と呼ばれるラウルに弟子入りしたのもその準備の一つだった。全属性を使うことができるのが、大魔道士の最低限の条件。
あまり得意ではない光魔法も、最低限は使えるようになった。回復魔法だけは、性に合わないのか使えなかったけれど。
自分に合わない属性魔法の習得は、魔力暴走の危険と隣り合わせだ。
それでも、命を賭けることに躊躇いはなかった。
「あとは王宮と公爵家か」
陛下に謁見する。こういう時には、王宮とは別の権限を持つ大魔道士は便利だ。
公にはされていないが、王族だけが知る不文律には大魔道士の取り扱いが定められている。
本当なら、王国の全てを壊してアイリスを助け出したい。その方が簡単だ。
それなのに、そんなことを考えるたびに、アイリスの微笑みや泣き顔が脳裏をチラついた。
「……行くか」
筆頭魔術師としては、何度も謁見したことがある国王。だが今回は違う。
謁見室で跪かない俺に、近衛騎士が不敬を問おうとする。
「筆頭魔術師としてではなく、大魔道士フェリアスとして会いに参りました」
その一言で、国王の雰囲気がガラリと変わる。
壇上から降りてきた国王が「人払いを」と指示を出す。
大魔道士は、たとえ国王に対してであっても跪く必要はない。それがこの国の不文律。
「大魔道士フェリアス殿。望みは」
「公爵家令嬢アイリスの自由、そして堕とされた名誉の回復」
「貴殿ならすでに情報を得ているはず。なぜアイリス嬢を……」
「知っています。魔人は俺が倒し、扉も塞いでみせます。それなら問題ないのでは?」
国王が暗い表情で否定する。
「国民を守るため、一人のために危険を冒すことはできない」
「では、魔人が来る前に王都は氷漬けになり永久に人の住めない凍土になるでしょう」
「――――そこまでの決意か。アイリス嬢と大魔道士殿の接点はなかったはず。何が貴殿をそこまで」
「陛下は知らなくて良い話です」
アイリスとの思い出は、俺だけのものだ。彼女が全て忘れてしまった今では、俺の記憶の中にだけ存在する。俺の大事な……。
――――誰にも触れられたくない。
冷たい冷気が俺の周囲を包んでいく。アイリスに助けてもらってから、魔力暴走は起きていない。
だが、アイリスのことになるといつも俺の魔力は不安定になる。
「分かった」
約束を取り付け、俺は謁見室を後にした。
思ったより、国王に会うまで手間取った。
初めから大魔道士の名を出せば早かったかもしれないが……。噂が広まるにはまだ時期尚早だ。
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家に帰ると、アイリスはまだ起きていた。
「すぐに片付けようと思っていたのに、だいぶかかってしまったね。アイリス、退屈していなかった?」
筆頭魔術師であることを周囲に知らしめるマントは、アイリスの側では必要ない。俺は本当は忌々しいそのマントを脱ぎ捨てて、ソファーへとかけた。
「あの、食事がどれも私好みで素晴らしかったです。ありがとうございました」
アイリスとの会話の中で、出てきた食べ物にそっくりの物が東の国にはあると噂に聞いた。探すのには苦労したけれど「アイリスに喜んでもらえて良かった」と自然と笑顔になった。
「ぴゃ?!」
可愛らしい声。
「……どうしたの、アイリス?」
時々、アイリスが上げる少しおかしな声。可愛らしくて好ましい。
「おかしなアイリス。でも、そんなアイリスも可愛いな」
「ひゃあ?!や……やめてください」
君が愛しくて仕方がない。
こんなふうに自分が笑えるなんて知らなかった。
「そうだ、明日は一緒に王宮へ行くよ?もちろん俺がエスコートする」
「お……王宮にですか?」
「そう、ドレスも宝石も最高級品を用意してあるから心配しなくていい」
「心配してるとしたら、そこではないのですが」
知っている。
でも、アイリスを全てから守る。
そのために手に入れた力だから。
「大丈夫、俺に任せてくれればいいから。必ず全てからアイリスを守ってみせる」
アイリスを守ることを心に誓い、自分でも不思議なほど自然に、俺はアイリスに笑いかけた。
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