首席卒業の魔術師と公爵令嬢
魔術師養成学校を首席で卒業して、魔術師団に入団した。
これは、すべて彼女を助けるため。
彼女を助けるためでなければ、こんな場所に来ることはない。
この国は、俺と同じ白銀の魔力を持った姉を見捨てた。
こんな国に、尽くすなんてとてもじゃないけれど考えられなかった。
……それでも。
「フェリアス様。魔術師養成学校首席で卒業したんですよね。おめでとうございます」
「アイリス……良く知っていたね」
「いちおう、公爵家の情報網があるから。私の自由にはならないけれど」
――――じゃあ、私が戻ってもいつも会うのは難しくなりますね。
アイリスは、寂しそうに言った。
……逆だ。
彼女が表に出てこられる期間は、どんどん開いていく。
アイリスが表に出てきた時は、すぐにそれがわかるようにしている。
だから、何があってもアイリスに会えないなんてことはない。
……俺はいつでも、アイリスの傍に。
「ね、フェリアス様も気が付いていますよね……」
「アイリス?」
「初めの時は、数カ月おきに会えたのに、今回は一年ぶりですね……」
「――――アイリス」
アイリスの笑顔は少しだけ歪んでいて、無理しているのがわかってしまう。
そんな彼女を今すぐ助けることができないのがもどかしかった。
「――――私、王太子の婚約者になって……。それでね?物語が始まってしまったから、たぶんこれから3年間会えないと思うんです」
「そう……じゃあ、3年後に会おう」
「――――会えるといいですね」
「アイリス……約束する。3年で魔術師の頂点に上り詰めて見せる。そしてアイリスを……」
アイリスの瞳から、真珠のような涙が零れ落ちる。
「もう、時間みたい」
アイリスと会えない。会えないだけで、毎日が真っ暗闇になるように感じる。
「――必ず助けに来るから、そのための力を得るから」
「……無理しないで。幸せになって?」
アイリスこそ、誰より不安だろうに。そして、幸せになる権利はアイリスだってもちろん持っているのに。
後ろ髪引かれるように、公爵家の部屋から転移魔法で去る。
次に会えるのは3年後だ。
それまでに、どんな手を使っても筆頭魔術師の地位に立つ。そして、大魔道士の称号を得る。
――――そう心に誓う。
ここまでに調べられたのは、シェラザード公爵家の長女は、何度も断罪され、何かに利用されているということだけだった。おそらくアイリスもそうなのだろう。
そして、アイリスが表に出ることができないという不可思議な魔法。
おそらく、資料の所々に書き留められた魔人の存在が関係しているに違いない。
「アイリス……必ず助けて見せる」
そのために、たとえ世界が滅びても、俺が破滅しようと。
直前まで湛えていた優しげな微笑みをみせることはもうない。
氷の魔術師と言われても、冷酷非道だと言われても、一向にかまわなかった。
そして、3年の歳月を待たずに、筆頭魔術師としての地位を確実なものにする。
「魔人の世界と、生贄の聖女」
たどり着いた結論は、そこにあった。
アイリスがなぜ、自分が破滅の運命を迎えるのだと知っていたのか。それすらはっきりしないのに。
それでも、初めて会った日に手を差しのべた太陽のような温かさを守りたいと俺は心に決める。
✳︎ ✳︎ ✳︎
そしてその日は訪れる。
地下牢に囚われる美しい少女が、一粒の涙を流した。
見ればわかる。ようやく魔法の一部が解かれて、彼女が自由になったのだと。
そして、彼女もこの3年間で、自分の役割を知ってしまったのだと。
「アイリス」
一人で泣く彼女の姿がたまらなく愛しくて、強く抱きしめた。
「アイリス、この時を……待っていた」
「フェリアス様、一目でいいから会いたかったです」
その言葉だけで、何でもできる。アイリスを抱きしめる力をより一層強くする。
「アイリス。君をこの世界の生贄になんかしない。必ず救って見せるから、俺と一緒に来て?」
「――っ。うれしいですフェリアス様。……でも、そんなことを言うなんてフェリアス様も気づいているんですよね」
「たとえこの世界が滅んでも、アイリスだけは守って見せる」
でも、きっとアイリスが俺を選んでくれないのはわかり切っていた。
その覚悟を決めてしまった、美しい瞳は俺を映していなくて。
それでも、彼女の願いを叶えることは俺には出来なくて。
「でも、私は守られるだけなんて嫌です。……世界を巻き込んでまで生き延びることはできないです。だからフェリアス様も私のこと、忘れてくれませんか」
「残酷で不可能なことを言うんだね。アイリス」
せめて彼女の前で、愛しいと伝えるために微笑む。
「世界かアイリスなら、俺は簡単にアイリスを選ぶよ。そのために、大魔導士の力を得たのだから。君を忘れることはできないけれど、かわりに俺は忘れられても、憎まれても構わない」
俺のことも忘れていいから。俺が居なくなった世界でもいい。幸せに笑っていてくれるなら……。
この感情をなんていうのか。今の俺にはわからないけれど。
愛しいアイリスを抱きしめて魔法を使う。
彼女のためだけに用意した、彼女を守るための小さな部屋。
「でも、すべて終わったら、いつか思い出してほしいな……」
彼女を守った先に、少しでも思い出してもらえるなら。
すべてを思い出した彼女が言う。
「――それなら、今から私をフェリアス様の婚約者にしてください」
そんな日が、訪れることを今はまだ知らないまま、俺は部屋を後にした。
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