悪役令嬢の弟
公爵家嫡男に生まれながら、僕に興味を示す人間はいない。
生まれながらに足が悪く、歩くことができない僕は公爵家の人間として認められることはなかった。
傲慢な姉。僕に興味を示さない父。
だけど、あの日の出来事だけが僕を支える大事な思い出だ。
「……ロイ。ごめんね」
「アイリス姉さま?」
ある日、いつも僕をいないものとして扱っていたアイリス姉さまが、僕の瞳を真正面から見つめて言った。
「ごめんねロイ。私はあなたのことが本当は大好きなの」
「姉さま……急にどうしたんですか」
その瞬間、アイリス姉さまに抱きしめられた。まるで、ハーブのような良い香りが僕の鼻を掠めた。ずっとあこがれていたけれど、公爵家の令嬢として完璧で、僕の事など眼中にない姉さまがそんなことを言うのが信じられなかった。
「きっとこれからも、私は公爵家の令嬢としての立場を守らなくてはいけない。きっとロイの事を傷つけてしまう」
「アイリス姉さま……?」
いつもと全く違うアイリス姉さま。近寄りがたくて、誰よりも公爵家令嬢にふさわしいアイリス姉さまの瞳が、今はまるで不安につぶされそうとでもいうように密やかに揺れていた。
そっと、アイリス姉さまが僕の事を抱きしめた。
「ごめんね。きっとこれからも……。それでも、本当の私はロイの事をいつも応援しているの」
「アイリス姉さま」
冷たく誰も信じられなかった心。きっと、この後は姉さまは元の公爵家令嬢に戻ってしまう、そんな予感がした。それでも。
「姉さま……。今の姉さまが僕は好きです」
「――――っ、ありがとう。大好きロイ」
公爵家に生まれたのに、僕だけが不幸なのだと思っていた。
でも、今目の前にいるアイリス姉さまは、僕よりもなぜかずっと多くのものを抱えているような気がした。
「ロイ……受け取って」
アイリス姉さまの金色の魔力が僕を包んだ。いつも僕を苛んでいた両足の痛みがその瞬間からきれいさっぱりと消えてしまう。
「これくらいしかできないの。ごめんね?いつかきっとロイの事を助けて見せるから」
この瞬間、アイリス姉さまが僕の中で女神のような存在になった。
「ごめんね?きっとロイの事公爵家令嬢としての私は傷つけるの。でも、本心だけは知っていてほしいから……。ロイ、大好きよ」
なぜだろう。これからきっとどんなことがあっても、この瞬間のアイリス姉さまの事を信じられる気がした。
「一度諦めて、それでも希望を手に入れた人間は強い……」
微笑んだアイリス姉さまが呟いた。
それは、これから先、僕の座右の銘になる。
いつか、アイリス姉さまが自分らしく生きていける日まで、僕はアイリス姉さまの事を信じ続けると心に誓った。
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