5本のエリクサー
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私は今、働いている。
前世の記憶がある私にとって、労働とは己の居場所を再確認するための大切な作業なのだ。
「アイリス様?こちらでよろしいですか」
次々と作業台に乗せられる貴重な素材。
魔女にしか育てられないという七色の花。密林のさらに奥の滝にある滝壺に住んでいるという魚の星のように煌めく鱗。深海に沈んだ神殿に住むという人魚の涙からできた宝石。
こんなふうに使ってはいけないものばかりだと思うのに。『ここにはなんでもあるさ。それにここにないものは手に入れれば良い』と言っていたのは、ただの事実でしかなかったようだ。
「さすがS級冒険者だわ」
魔石を売ってくれたS級冒険者のガーランドさんとの約束を、すっかり忘れていたのは秘密だ。
忘れていたら、大量の素材とともに「効能を上げる研究でもしているのか?」と催促のメッセージが届けられた。
なぜかフェリアス様が「あいつ……アイリスに手紙を書くなんて」と忌々しげにメッセージカードを凍らせて握りつぶしてしまったのには少し引いた。
督促とか業務連絡に近かったと思うけれど。フェリアス様の心は時々三帖一間くらいのレベルで狭くなる。
「はっ、ごめん……。ところで俺も今度手紙書いていいかな」
自分のしでかしたことに気がついたらしいフェリアス様が私に謝罪する。そして毎日一緒にいるのに手紙とは。
「交換日記でもしますか?」
私の半分冗談まじりの提案に、フェリアス様は全力で頷いた。まあ、解決したことにしよう。
フェリアス様の作った白銀に輝く水は、今回も基材として使わせていただいている。
そして何と、蒸留器や攪拌のための道具、フラスコなど、回復魔法以外は使えない私のために、フェリアス様が色々用意してくれた。
フェリアス様は、素材の蒸留や混合など全て魔法で行ってしまうため、研究室には一般的な道具がなかったのだ。
仕方ないのでお鍋で代用していたのも秘密だ。
「そういえば、ガーランドさんはこの魔石も海底神殿で手に入れたって言ってたよね」
人魚の涙をそっと手のひらに乗せて眺めていると、なんだか魔石に触れたいと言っているような気がした。
コツンと硬質な音を立てて、胸元に蒼く光る魔石と人魚の涙が触れ合った瞬間、深海の蒼と浅い海のエメラルドグリーンの光が部屋中を包み込む。
――――しまった。また、何かを引き起こしてしまった。
後悔しても遅い。これ、魔人のいる夢に入り込んでしまう時の感覚にとても似ている。
誰かのため息が聞こえてきたような気がする。
『どうしてアイリスは毎度毎度、無意識のくせに危険に飛び込むのかな?』
たぶんため息の主、まーくんが、ひどく呆れた声で私の耳元で話しかけた気がした。
そうですね?としか言いようがない。でも、なぜそうなってしまうのかは私にもよくわからない。
そしてその直後、私は知らない神殿の前に立っていた。
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