筆頭魔術師は公爵の元で。そんな未来。
そのあとは、三人で食卓を囲んだ。
シェラザード公爵家では、特別な場合を除いて一緒に食事を取る習慣がない。
月に一度の家族会議で集まるくらいだ。ロイも寂しい思いをしているのではないだろうか。
「こんな風にアイリス姉様やフェリアス兄様と食事ができるなんて嬉しいです」
目の前にあるのは、クロワッサンと目玉焼き、オレンジジュースだけなのに、目をキラキラと輝かせるロイ。
貴族社会の一般的な食事風景ではない。これは、庶民の食事風景に近い。
たぶん、貴族より幸せな、家族の団欒の時間。
「ああ……こういうのも、いいな」
フェリアス様がポツリとつぶやく。フェリアス様は貴族じゃないけれど、こういう風に食事をしたことはなかったのだろうか?
思わずじっと見てしまった私を、フェリアス様は穏やかな表情のまま見つめ返す。
少し不躾だったかもしれない。
「俺の家族が気になるの?」
「ふぇっ!ごめんなさい」
やっぱり不躾な視線だったようだ。
でも、初めて会った時道端で誰にも寄り添われずにうずくまっていたフェリアス様の家族のことを聞くのは、憚られる。
「姉がいたよ」
「お姉様が?」
「ああ、俺と同じで高い魔力を持って生まれた。そして……」
フェリアス様は、笑顔のままだったけれど、私はその先に続く言葉がわかってしまった。
だってフェリアス様も私と出会わなければたぶん。
平民の魔力持ちにも、官職や魔術師への道は開かれている。でも、実際に成り上がる平民はごくわずかだ。
その理由は、幼い頃の魔力暴走を防ぐ術がないから。だからたぶん、フェリアス様のお姉様は。
「楽しい食事の席を暗い雰囲気にしてしまったね?ごめん、アイリス」
黙って聞いていたロイが急に立ち上がる。いつも、礼儀正しいのに食事中に立つなんて珍しい。
「フェリアス様!僕が魔術師になったら、平民の魔力を持った人を助けます」
フェリアス様が、めずらしく音を立ててカップをソーサーに置いた。こんなに動揺するなんて、本当に珍しい。
「フェリアス様!だから僕を弟子にしてください」
「ロイ……」
フェリアス様が、ロイの頭を撫でてつぶやく。
「それなら俺は、ロイが魔術師になったら君の元で働こうかな?」
このまま運命が歪まなければ、公爵になるであろう幼い弟は、その意味をたぶんわかっていない。
公爵が筆頭魔術師を手元に置くことが、どれだけ大きい影響を貴族社会に与えるのかを。
そして、フェリアス様はもちろん分かって言っている。
それでも。
それでも、今は微笑ましい家族の会話に、私は微笑むことにした。
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