弟と魔術師
フェリアス様と久しぶりに向き合って食事をする。私の好きな半熟の目玉焼きも、醤油もテーブルに備え付けられた。
「もっと豪華なものだって、アイリスのためなら用意するのに」
フェリアス様が、たぶん本気でそんなことを言うけれど、私はこれが好きだ。そもそも醤油は、夢にまで見た魔法の調味料なんだから。
「それよりフェリアス様は、朝はコーヒーだけなんですね?」
「そうだね。まあ、アイリスと一緒なら食べてもいいけど」
魔力を多く持つ人間は、エネルギーの一部を魔力で補っているため、そこまで多くのものを食べなくてもいい。
「もったいない。こんなに美味しいのに」
悪役令嬢アイリスも、公爵家の豪華な食事にあまり手をつけなかった。私としては、シンプルな食事が好きだけど、いつも勿体無いと思っていた。
「ところで、まーくんはいつ目覚めるんですかね?」
「他の男のことを考えてほしくないな……。まあ、今日目覚めるかもしれないし数年後かもしれない」
いつ目覚めるのかは、わからないってことなのね。
「――――目覚めないかもしれない」
「えっ?!」
まーくんの「奥の手」という言葉が、頭の中でガンガンとこだます。私は、くったりとした感触が、最近は逆に不安を掻き立てる、うさぎのぬいぐるみを強く抱きしめた。
「そんな顔しないでアイリス。なんとかするから」
「……フェリアス様こそそんな顔しないでください」
いつのまにか、まーくんは、私にとってかけがえのない存在になってしまったらしい。
明らかに、フェリアス様に対しての恋慕とは違うけれど、それでも大事な弟のようで。
「そういえば、アイリスの弟が今日来るって言っていたな」
「えっ、ロイが?」
しかし、筆頭魔術師の家に、公爵家長男が来るともなれば、準備が必要だったのでは。いくら姉弟といっても、それだけで済まないのが貴族社会というものなのだから。
その瞬間、侍女のルシアが控えめにドアをノックした後に入ってきた。
「シェラザード公爵家よりロイ様がお見えになりました」
「えっ、もう?!」
ルシアの後ろから、年相応の笑顔でロイが入ってくる。その足取りはしっかりしていて、つい先日まで車椅子で過ごしていたなんて信じられないほどだった。
「ロイ!よく来てくれたわ。それにしても、もうそんなに歩けるようになったの?」
「アイリス姉様、お会いできてうれしいです。フェリアス兄様が、魔力で動く方法を教えてくださったんですよ」
満面の笑顔。ロイがこんなふうに笑うの、見たことがなかった。いつも陰気な表情で子どもらしくない言動ばかりだったのに。
たぶん、これは全部フェリアス様のおかげ。
「そうだったの……。ありがとうございますフェリアス様。でも、一言くらい教えてくれても」
「ごめんなさい姉様。僕が姉様を驚かせたいから、黙っていて欲しいと頼んだんです」
フェリアス様の表情は、穏やかだった。こんなふうに、少しずつフェリアス様の周りが幸せで溢れるといいのに。
「魔法……使えるようになったの?」
ロイの魔力も私と同じ金色をしていた。まーくんが言っていた、魔人の王族の血を引く証の魔力。
「アイリス姉様、今はまだ」
途端にしゅんとしてしまったロイ。でも、シェラザード公爵家は、聖女だけでなく聖騎士も多く輩出している。
ロイには、その資格がある。生まれつき足が悪かったために、その未来が閉ざされただけで今なら。
「ロイは、将来について考えているの?」
「はい!フェリアス様みたいな魔術師になりたいです!」
「え?……聖騎士ではなく?」
フェリアス様も、ロイの答えが予想外だったのかどこか狼狽えた様子だ。
「だって、今まで見てきた人たちの中で、フェリアス様が一番強いしカッコいいです」
フェリアス様が、珍しく満面の笑みで「光栄だ」と心底嬉しそうに答えた。
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