白銀の魔力
以前、フェリアス様と一緒に来た店の奥。そのさらに奥は、怪しげな実験場のようになっていた。少しだけ席をはずし、次に現れたリリーさんは魔術師団の制服に身を包んでいた。
「あの、ここは」
「闇魔法の研究所だ」
なぜかすっかり口調が変わってしまったリリーさんは、長くのばしていた髪の毛を一つにくくった。
「……あの、リリーさん?」
「この格好の時は、リリードと呼ぶように」
身長が高いとか、手が大きいと思っていたけれど、今のリリード魔術師団長はすっかり職位に似つかわしい印象になっている。
「どうした?何か言いたいことがあるのか」
「いえ、今はありません。フェリアス様を助ける方が大事なので」
「そうだな。何事も優先順位を間違えてはいけない」
ふっと笑ったリリード魔術師団長は、とてもカッコいい。……というよりさっきまで、何でこの人の事を女性だと思い込んでいたんだろう。
「俺の目までごまかすなんて、本当にそこが知れない闇魔法の腕だな」
そうつぶやくまーくんを興味深い目で見るリリード魔術師団長。
「まあ、そもそもその器をフェリアスと作ったのは私だからな」
「……なるほど。道理ですべてお見通しだったってわけだ」
「ああ、だがアイリス公爵令嬢が祖父からこのぬいぐるみを貰ったと思い込むように魔改造したのは、フェリアスだからな?勘違いしないように」
ですよね……。私が思っていたことなんて、リリード魔術師団長は見抜いてしまうようだ。というより、まだ心を読まれているのだろうか。
「さ、アイリス嬢、そこに横になりなさい。あと、フェリアスの皮をかぶった魔人君もね」
「マーリンという名前がある」
「……マーリン。キミの力も貸してもらえるか」
「仕方ないな」
名前を呼ばれると、フェリアス様の姿をしたまーくんがニヤリと笑う。中の人が違うだけで、フェリアス様がまるで違う人に見えるのが不思議だ。
私とまーくんは、硬い台の上に並んで横になる。まるで香木を焚いているような、少し鼻につく甘さのある香りがすると、急激な眠気が訪れる。
「おやすみ……ちゃんと目覚めるんだよ?」
リリード魔術師団長の声が遠くから聞こえる。
目を覚ますと、魔人が現れた夢の中のような暗闇の中に一人立っていた。
その直後、冷たい水滴が落ちる音が聞こえて目を開けると私は地下牢にいた。
「ここ……断罪された後に閉じ込められた地下牢」
水滴が滴って冷たい、硬い石の床。
フェリアス様が迎えに来てくれたから、少しの時間しかいなかったけれど間違いない。
「アイリス、迎えに来たよ?」
「誰……」
「忘れてしまったの?」
目の前にいるのは、銀の髪に柘榴石のように赤い瞳の魔人だった。
「あなたが私を悪役令嬢の中に閉じ込めていたの?」
「……悪役令嬢というのが良くわからないけれど、たしかにアイリスを隠すために外に出られないようにはしたね」
私を隠す……?いったい誰から。
「結局、すぐに気づかれてしまったけれど」
誰に、気が付かれたというのか。
そもそも、私が悪役令嬢の中にいることに気が付いてくれたのはフェリアス様だけだったのに。
「あの、白銀の魔力。王族の血を引く魔人の姫をこの世界に留めてしまった忌々しい男の」
白銀の魔力……。そんな色の魔力を持っている人を、私は一人しか知らない。
「でも、もういいだろう?一緒に魔人の世界に帰ろう。だって君は俺の」
思わず柘榴石のような瞳を見つめてしまった瞬間から、私は体の自由を奪われてしまった。そのまま、魔人の顔がゆっくりと近づいてくる。
――――やだ!助けて、フェリアス様!
その瞬間、白銀の魔力が地下牢を満たして、幻だったかのように周囲の景色が解けるように消えていく。
「アイリスに触れるな」
「――――本当に忌々しい。あと少しで、囚われた彼女を連れて帰ることができたのに」
光がますます強くなって、周囲がまばゆい白銀で埋め尽くされていく。私の手を掴んだフェリアス様が、私の手を引いて抱きしめる。
「迎えに来てくれてありがとう。アイリス」
そう言ったフェリアス様は、私を強く抱きしめたまま耳元でそう囁いた。