筆頭魔術師は悪役令嬢の秘密を知っている
✳︎ ✳︎ ✳︎
夜遅くなって、フェリアス様が帰宅された。
「すぐに片付けようと思っていたのに、だいぶかかってしまったね。アイリス、退屈していなかった?」
フェリアス様は、マントを脱いでソファーにそれをバサリと掛ける。そんな姿さえフェリアス様がするだけで、まるで絵画のようだった。そして無表情のままだったけれど私を気遣う言葉をかけてくれる。
ちなみに昼食は、焼き魚とご飯が出てきたのだ。さすがに味噌汁はなかったけれど、私の秘密を知っているとしか思えなかった。
──控えめに言って最高だった。
でも私の方は、フェリアス様が筆頭魔術師ということしか知らないのに。彼は私の生い立ちを全て知っているかのような素振りを見せる。
「あの、食事がどれも私好みで素晴らしかったです。ありがとうございました」
そういうと「アイリスに喜んでもらえて良かった」と、満面の笑みでフェリアス様が微笑む。
「ぴゃ?!」
「……どうしたの、アイリス?」
いえ、ご尊顔がまぶしすぎたからだと思います。王国中のご令嬢が一瞬で恋に落ちる笑顔だったと思うのに、まったく自分ではそのことわかっていなそうですよね?!
「おかしなアイリス。でも、そんなアイリスも可愛いな」
「ひゃあ?!や……やめてください」
耳が、頬が熱い。まるで、灼熱の太陽に焼かれてしまったみたいだ。そんな私が愛しくて仕方がないとでもいうように、幸せそうにフェリアス様が笑う。
攻撃力が高すぎて、私はもはや瀕死状態だ。
「そうだ、明日は一緒に王宮へ行くよ?もちろん俺がエスコートする」
「お……王宮にですか?」
「そう、ドレスも宝石も最高級品を用意してあるから心配しなくていい」
「心配してるとしたら、そこではないのですが」
王宮なんかに行ったら、断罪の続きが行われるだけなのではないだろうか。
私に対して婚約破棄を言い渡した時の王太子の冷たい瞳と、周囲の嘲笑が浮かんで私の心は折れてしまいそうになる。
「大丈夫、俺に任せてくれればいいから。必ず全てからアイリスを守ってみせる」
フェリアス様が、私の頬にそっと手を寄せる。なんだか甘いその瞳にゾクゾクとして体が小さく震えてしまった。
折れそうになっていた心から、長年私を蝕んでいた不安が泡雪が解けるように消えていく。
「ただ、王太子やその周りの人間とはもう話さないでほしい」
「え……なんでですか」
「アイリスの婚約者でいるだけでも、許せなかったのに。その幸運を捨てた後にまで君に話しかける権利なんてあんな奴らにはない。そんなことされたらすべて破壊しそうな気がするから……」
頬から手を滑らせて、私の淡い金色の髪にそっと口づけをするフェリアス様。
その笑顔は穏やかで慈愛に満ちていて、私の事が本当に好きだと言っているみたいで。
でも、なんだか表情と物騒すぎる物言いのバランスがおかしいですフェリアス様?!
もしかして、私が暴走を止める係ですか?貴族令嬢としてのマナーとか学業ならいざ知らず、筆頭魔術師を止められるほどの実力なんてないですよ?
「あの……冗談ですよね?」
「嫌なの?……もしそうなら俺のことをちゃんと止めてアイリス」
どうしよう!やっぱり頼まれてしまった!
「非力な令嬢でしかない私には、荷が重いです」
「大丈夫。君を傷つけることだけはないと誓うよ。それに、俺を殺せるのも君だけだアイリス」
──筆頭魔術師様の私には全く身に覚えがない愛らしきものが重すぎるのですが?!
「私が、フェリアス様を殺す理由がありません」
「そうだね。……終わりにするとしても、アイリスの手を汚すわけにはいかないからね」
そう言ったフェリアス様は、もしかしたら何かを抱えているのかもしれない。それでも、私に笑いかける姿からは、そのことよりもずっと強く私の幸せを願ってくれていることが感じられる。
だから、私は勇気を出して聞くことができなかった疑問を聞いてみることにした。
「どうして、フェリアス様は私を助けてくれるんですか」
フェリアス様の私の髪に触れていた手の動きが止まる。そのままうつむいてしまったため表情はうかがえないけれど。
「君が俺をただ死を待つだけの運命から救ってくれたから。アイリス、あの日から君だけが俺のすべてだ」
「私には覚えがないのですが……」
「そうだね。そうだとしても、俺の中からは消えない事実なんだ。あの日誓った通りに君を守って見せるよ」
なんだかそれって、フェリアス様が自分を犠牲にして私を助けるように聞こえてしまう。
私はフェリアス様のことを、良く知らないのに。
「私は守られるだけなんて嫌です」
その瞬間、フェリアス様が顔をあげて本当に驚いたように私を見つめる。
「……驚かされるな。アイリスは同じことを言うんだね。まるで、あの日をやり直しているみたいだ」
フェリアス様が言うあの日なんて私の記憶にはない。こんな忘れたくても忘れるなんてできなさそうな人との思い出が、記憶にかけらも残らないなんてことがありえるのだろうか。
「アイリスさえいれば何もいらない」
「フェリアス様……」
「アイリスは俺に何を望むの?君のために力を得た。君のためにここまでたどり着いた。……君の願いならどんなことでも」
私の願いってなんだろう。断罪を逃れたいとか、幸せになりたいとか、本当に愛する人に出会いたいとか。たくさん願いがあったはず。
ああ、でも今は自分よりも私のことを優先しようとしているらしいこの人のことを願いたい気がする。
どうしてだろう、ずっと昔から幸せになって欲しいと、そう願い続けていたのだと、確信に近い思いを抱いてしまうのは。
「フェリアス様、それならちゃんと幸せになってほしいです」
「……どうしてそんなことを。俺なんかよりもっと他に何かあるだろう?」
「フェリアス様は幸せになりたくないんですか?」
「幸せに?────想像するのが難しいな」
じゃあ、どうしたらフェリアス様は、幸せになるのだろうか。そもそも、私自身が普通の幸せというものを知らない気がする。
そんなことを真剣に考えている私をじっと見つめていたフェリアス様が呟いた。
「もしもアイリスが俺の隣で笑っていてくれたら……いや、願いすぎか。どこかでアイリスが笑っていてくれたら……きっとそれが幸せだな」
なんだか、フェリアス様の思う幸せはとても微笑ましかった。短期間で筆頭魔術師になるようなお方は世界征服でもしないと幸せになれないのかと思ったのに。
しかも、そんなにも小さな夢なのに願いすぎだなんて……。その幸せが叶うかどうかは、私の気持ち次第じゃないですか。
私はもしかしたら、この人のことを好きになるのかもしれない。
そんな予感がする。
今現在、閉じ込められていて、フェリアス様の言動はかなりいろいろと重いけれど。
なんだか、自分が笑っていて、隣でそれを見て微笑むフェリアス様の姿が浮かんでしまった。
確かにそれは、幸せというのだろうと思った。
最後までご覧いただきありがとうございました。
『☆☆☆☆☆』からの評価やブクマいただけるととてもうれしいです。
それから、ヤンデレ好きな方は、ぜひ感想下さい♪