聖女の血統
うさぎのぬいぐるみを抱きしめたまま、部屋に入る。
部屋のソファーに、マーリンがドカッと腰掛ける。
「まあ、フェリアスが何とかするだろうけどな」
「でも、まーくんと戦った時みたいに、もし乗っ取られたりしたら」
「ふん。あれは奥の手だ。それに俺の特殊能力だから」
「……そうなの?」
銀の髪とアメジスト色の瞳をした少年は、じっとこちらを眺めている。
「そういえば、魔人は聖女を傷つけないって何の話?」
「魔人は、聖女に助けられたから」
今は、この世界に魔人はいない。乙女ゲームの世界でも最後にバッドエンドになった時だけ、破滅の象徴として登場するだけだった。
それならどうしてこの世界にいないのだろうか。
「それと聖女がどう関係しているの?」
「そもそも、この世界の人間は魔法を持っていなかったんだよ」
「──じゃあ、この世界の人間にも魔人の血が入っているってこと?」
「……アイリスは時々、妙に察しが良くてギャップに戸惑うよ。でも、血というよりは魔人の魂っていうやつかな」
マーリンは座っていたソファーから立ち上がると、私が座るベッドの隣に腰掛ける。
うつむいたマーリンのまつ毛が、銀色で長いことに気が付いて私は少しドキッとしてしまった。
「それと聖女に何の関係があるの」
「その金色の魔力は、魔人の世界の王族の魂の色を色濃く受け継いでいる証明だ」
確かに私の魔力は金色だ。そして、癒しの力を持っている。
癒しの力を持った聖女は何人かいるけれど、金の魔力というのはたぶんシェラザード公爵家しか、聞いたことがない。
「……シェラザード公爵家の長女達が、何度も扉を閉めるために生贄になっていたっていうのと関係あるのかな」
「そもそも、扉を閉じて魔人を救ったのは俺たちの王族の魂を継いだ聖女だからな」
私の前にも、シェラザード公爵家の長女達は、魔人のいる世界との扉を閉じるために生贄に捧げられていたと聞いている。
でも、この世界の人間が救われるために扉を閉めたのだと思ったのに、魔人を救うために扉を閉めた?話が食い違っている気がする。
「まあ、過去の話しだ。それに、双方の伝承や意見が食い違うなんて良くある話さ」
……こちら側からの見方で言えば、魔人と関係する金色の魔力を持った女性が我が家に生まれた時に、生贄に捧げられていたということなのか。
「私の体の自由が奪われたのは……」
「それはたぶん、俺より前にこの世界に来た……おっと帰って来たみたいだな」
まーくんが口をつぐんで、私の隣から離れていった。
「どうだった?」
「アイリスを監視しているようだったけど、逃げられた」
フェリアス様は、何事もなかったかのようにそこに立っている。
私は本当にほっとして、フェリアス様の前に立った。
フェリアス様は、そんな私を見つめ少し笑うと抱きしめてくれた。
「ご無事で良かったです」
「アイリスにすぐ帰るって約束したからね」
もし、フェリアス様がまた怪我をしたり、乗っ取られていたらどうしようと心配していたから、本当に良かった。
「さて、魔人。アイリスを守ってくれていたことは感謝する。それで、望みは?」
頭を掻いて、マーリンがフェリアスに告げる。
「……銀の髪に紫の瞳なんて魔人だって言っているようなものだ。しばらくこれの中に入ってアイリスの傍にいる」
「……」
「そんな顔するなよ。少なくともアイリスが守れる可能性は上がる」
「──そうだな」
マーリンは、黒いうさぎのぬいぐるみを手にすると、消えてしまった。
その代わり、魔人うさぎがちょこちょこと動き出す。
「アイリス、この体は移動には不便なんだから、ちゃんと連れ歩いてくれよな?」
大人になって、外出に必ず魔人うさぎを連れ歩く公爵家令嬢。
ある意味有名になりそうだ。
それでも、どう考えてもぬいぐるみの体は手足が短くて、たしかに移動が大変そうだ。
「分かった。まーくんありがとう」
「聖女を守るのは、魔人として当然だからな」
今日はフェリアス様の魔力は安定しているみたいだ。
なぜかフェリアス様に抱きしめられたままで会話をしているけれど。
「アイリス……俺もそばにいたい」
「フェリアス様?ではまた、お出かけに連れて行ってくれますか」
「ああ、アイリスが望むならどこへでも」
そう言うと、フェリアス様は抱きしめる力を一層強くした。
できれば、今度は魔法で移動するのではなく、フェリアス様と一緒に歩きたい。
その願いが叶うように願いながら、私はそっと目を閉じた。
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イラストは木ノ下きの先生に描いていただきました。加筆改稿書き下ろしたっぷりの電子書籍版もどうぞよろしくお願いします(*´▽`*)