魔人の少年
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リリーチュールからの帰り道。
手を繋いで歩いていると、急に強く抱きしめられる。
こ、こんな大通りで?!
何故か通行人は誰もいないけど!
「あ、あの。フェリアス様?!」
「……見られている」
「えっ?」
そういえば、まとわりつくような視線?
肩の上をよじ登って、ポフリと私の腕に収まった魔人うさぎが、私たちの間に入り込んでくる。
魔人うさぎの毛も何故か逆立ってモフモフになっていた。
「魔人……今からお前にかけた魔法を解く」
「は?俺を元に戻したら世界を滅ぼすかもしれないぞ?」
「アイリスが無事ならそれでも構わない」
「ああ、そういう奴だったな……。魔人の方が常識があるんじゃないか」
魔人うさぎを元に戻すなんて、考えられる原因は一つしかない。
「フェリアス様!私も」
そこまで言って、優しげに細められたフェリアス様の瞳に捕らえられる。
私も……何ができるというのだろうか。
「心配しないでアイリス。すぐ帰るから」
「──っ。心配くらいさせて下さい!」
「──嬉しいな」
まるで時が止まってしまったみたいに、微笑むフェリアス様の顔を見つめる。
溢れそうな涙、それだけは流すまいと唇を引き結んだ。
時が再び動き出す、フェリアス様の表情は笑顔のままなのに、纏う雰囲気が一瞬で変化する。
「行ってくる」
頬に触れるだけの口づけを受け、一人取り残されて、呆然と空を見上げる。
「……ほら、ことが起こる前に帰るぞ」
振り返ると、夢の中にいた銀の髪にアメジストの瞳の少年が、憮然とした表情で手を差し伸べていた。
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屋敷にはルシアが待っていてくれた。
なぜかいつものお仕着せなのに、その腰には剣が下がっている。
「……ルシア?」
「アイリス様。お守りいたしますから部屋の中に。それからアイリス様に不埒なことをしたら即討伐しますよ。そこの魔人」
「只者じゃないと思っていたけど。さっきのオーナーといい、フェリアスの周りは常識外れが多い」
なるほど、強くないのは私だけなのかもしれない。
私にも悪役令嬢チートは与えられないのだろうか。
命懸けの修行というやつにチャレンジした方が良いかしら。
そんな思案顔の私に、何を思ったのかルシアが「たぶん、アイリス様はそのままが良いと思います」と言って優しく微笑みかけた。
そして、私の手を引く魔人。ただのフェリアス様色のうさぎのぬいぐるみは、今は私の腕の中に。
「守ってやるから心配するな。アイリス以外の人間までは責任取れないけどな」
「まーくん……」
「この姿の時は、マーリンと呼べ」
「やっぱり本名でもまーくんなんだね……」
ひどく嫌そうに、まーくんがこちらを見つめた。
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